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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです


 くーちゃんは、重い身体を引きずって、ゲストハウスに帰りました。


 太陽は西の山稜にかかり、辺りはすっかり茜色。

 東の空を見ると、夜の暗い紺色が少しずつ近づいていました。


 水と岩の竜を作ってから、くーちゃんは、これまでにない感覚に襲われていました。


 川の水をかぶって濡れたわけではない——天使の身体は水にも濡れないようになっています——それなのに、身体が震えて仕方がない。くーちゃんの身体に、いったい何が起こったのでしょう。


 この感覚の正体を知るには、現状、祖父江さんに聞くしかありません。夕方近くまで川沿いをうろうろと歩いて、ようやく、ゲストハウスに帰る決心をつけました。


 ゲストハウスは、とても静かでした。


 玄関にも、宿泊棟にも、人の気配がありません。


 くーちゃんはおそるおそる、本館に入りました。 


 そこで、セナがどうして、すぐに家に帰ろうとしなかったのか、わかった気がしました——彼はきっと、大切な靴を履かずに帰ったことを、おかあさんに知られたくなかったのでしょう。


 リビングに足を踏み入れたとたん、さっきまでの不可思議な感覚が薄れました。代わりに、また別の感覚がやってきます。むき出しの両手足には、冬の風ではなく、ぽかぽかとした感覚が広がっていました。その正体は、天井近くに設置されている空調の風でした。


 廊下から祖父江さんがやってきます。祖父江さんは少し困ったような笑顔を浮かべて、くーちゃんに言いました。


「今朝のご家族、キャンセルされました」


 キャンセル、というのが、くーちゃんにはわかりません。が、なんとなく、あの人たちはここに泊まらないのだとわかりました。くーちゃんは、はじめて、祖父江さんに申し訳なく思いました。


 しかし、祖父江さんはくーちゃんを責めず、穏やかに言います。


「寒そうね」

「さむそう?」

「ええ。人間が、暖かいとか、寒いとか言っている、あの寒いです」


 そうか、これが「寒い」か……人間は、冬の空気が肌に突き刺さるこの感覚を、寒い、と言っていたのか。


「天使の力を使いましたね」


 くーちゃんはおずおずとうなずきます。


「力を使えば使うほど、身体に貯めこんでいた気配が消えて、そういうことになります。これまでなら平気だったことが、平気ではなくなるんです」


 祖父江さんは、くーちゃんをテーブルに座らせて、暖かいお茶を出しました。これまでずっと、祖父江さんが用意してくれていたお茶と、同じものです。口をつけると、胸の奥から空気が抜けました。一口飲むたびに、お腹の奥がぽかぽかとしてきます。


 相変わらず、お腹が空いているわけでも、喉が乾いているわけでもありません。

 ですが、この一杯のお茶が、とてもありがたいものに思えました。


「……ごめんなさい」


 祖父江さんはやわらかい声音で「怒ってませんよ」と言います。


「わたしは、なんとも思っていません」


 それからしばらくして、タロウくんとナルちゃんが帰ってきました。

 タロウくんはくーちゃんに興味がないようで、すぐに自室に戻ってしまいます。

 ナルちゃんは、くーちゃんがリビングで暖かそうにしているのを見て、昔なじみの仲間を見つけたように、うれしそうに抱き着いてきました。


 なにがそんなにうれしいのか、くーちゃんにはわかりませんでした。



             ——第1章 了——

閲覧ありがとうございます!

次回もよろしくお願いしますm(__)m

内容が気に入れば、どうぞ、SNS等で広めてください。


*順次投稿していきます。

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