空は綺麗ですよ
サラサラと草木の葉が擦れ合う音が耳に入る。
森を抜けるとそこは小さな草原になっていて、私はすっかり目の前に広がる景色に目を奪われていた。
ずっと先まで続く森の緑と晴れ渡った青い空。
リリーの言っていた通りこの先は崖になっていてこれ以上進むことはできないが、上から見下ろす森がこれほどまでに壮観な眺めだとは知らなかった。
隣に立つアリア様を見ると、彼女も私と同じように目の前の光景に見入っているようだった。
小さく開いた口を閉じることも忘れ、景色を目に焼き付けんとばかりに凝視するその姿に思わず笑みがこぼれる。
「アリア様、時間もちょうどいいですしここで昼食にしましょうか。」
そこで見られていることに気が付いたのか、アリア様は慌てて口を閉じて顔を横に逸らした。
日頃から苦労をかけられてはいるが、やはり可愛らしいお方である。
崖から少し離れた木陰でお弁当を広げて昼食をとっている最中、ふと気になっていたことをアリア様に尋ねてみる。
「アリア様は雲がお好きだと小耳に挟んだのですが、そうなのですか?」
「そんな情報どこから聞いたのよ。……そうね、昔から雲を眺めるのは好きだったわ。」
少し恥ずかしそうに答えるアリア様の頬はほんのり赤い。
どうやら今でも雲が好きなのは変わらないようだ。
「ふふっ、雲を眺めているのは楽しいですからね。」
「ええ、空を漂う様子は見ていて飽きないわ。…風の向くまま自由に空を旅するのは、さぞ気持ちがいいのでしょうね。」
「……アリア様は、雲が羨ましいのですか?」
「!!………そう、なのかもしれないわね。」
なぜそんな質問をしたのか自分でも分からなかったが、どこか寂しそうなアリア様の顔にそれ以上はなにも言うことができなかった。
昼食が終わり青空の下でゆったりと過ごしていると、段々と風の強さが増して雲の動きが早くなってきた。
アリア様とピクニックへ行く目標は達成できたのだし、今日はこのくらいで帰るのがいいだろう。
「アリア様、もうそろそろお屋敷へ戻りましょうか。外出初日ですからお疲れでしょう。」
「そうね。……初日ってことは、この次もあるってこと…?」
「もちろんです。このような素敵な場所も見つけたことですし、これからは定期的に外出するようにしましょう。」
「嫌だって言ってるのに…。あなたってほんと私の言うことを聞かないわよね。」
そうは言いながらも本気で反対してこないのは、今日のピクニックを少しは楽しいと思ってくれたからだろうか。
ジト目でこちらを見つめるアリア様を嬉しさからニコニコと見つめ返す。
「こんな侍女はお嫌いですか?」
「……お節介で生意気で侍女としての出来も悪いし最悪よ。……でも、いないよりはマシだわ。」
その言葉に緩んだ頬がさらに緩む。
外に出たがらないアリア様をなんとか外出させるべく悪戦苦闘すること三ヶ月と少し。
その間にアリア様から嫌われてしまったかもしれないと不安に思っていたが、今の言葉を聞く限りどうやら大丈夫なようだ。
"いないよりはマシ"とはつまり、"居たほうがいい"ということだろう。
少々自分の都合のいいように解釈している自覚はあるが、なんにせよ喜ばしいことである。
「…その間抜けな顔を早く戻しなさい。帰るわよ。」
アリア様は不機嫌そうにプイッと顔を逸らすと、私を置いて歩き出してしまった。
急いで荷物を纏めて追いかけるが、結局緩んだ頬はその後もしばらく緩みっぱなしであった。