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平民侍女は引きこもり令嬢を更生させたい  作者: いとまる。
屋敷編
6/39

未来は分からないですよ




頬を撫でる風が冷たくなり、少しの肌寒さを感じる。

崖下に広がる森の緑もだいぶ少なくなっていて、冬の訪れが近いのだとぼんやりと思った。

南部といえど冬には雪が降るこの地はもうしばらくすれば外に出るのも億劫になるほど寒くなるだろう。


「セレナ、崖の近くにいると危ないわよ?」


しばらくその場に突っ立っていると後ろからアリア様の心配そうな声が聞こえた。

どうやら景色を眺めている内に前へ進み過ぎていたようだ。


「申し訳ございません、アリア様。ぼーっとしてました。」

「あなたってたまにそうなるわよね。そんなことだといつか本当に崖から落ちるわよ。」

「…そうならぬよう気を付けます…。」


アリア様から呆れた視線を向けられ、思わず身を竦める。

以前とは立場が逆転したそのやりとりが少しだけ気まずい。

初めてこの場所に来た日から数ヶ月が経ち、アリア様とはだいぶ打ち解けてきたと思う。

あれから毎日とはいかないものの、アリア様は頻繁にこの場所へ通うようになった。

その影響かは分からないが、心做しか出会った頃よりもアリア様の表情は明るくなり態度も柔らかくなった気がする。

この場所を教えてくれたリリーには本当に感謝だ。


「ねえ、セレナ。あなたって魔力を持っているのよね?」


木陰で休んでいたアリア様の隣に腰を下ろすと、ふいにそんな質問を受けた。


「…?確かに魔力はありますが、突然どうしたんですか?」

「いえ、別に何かあるわけじゃないけど…。なんとなく、聞いてみただけよ。」


歯切れ悪く答えるアリア様が気になって隣を見てみるが、その視線は先程と変わらず空に向けられたままだった。

しばしの沈黙の後、再びアリア様が口を開いた。


「…あなたは自分に魔力があると知った時、その先どのような生き方をしようと思ったの?」

「どのような生き方…ですか。」

「平民で魔力を持つ者は大抵が貴族の養子になると聞いたことがあるわ。他にも有名な魔法使いに弟子入りしたりとか、色々あるでしょう。」


そこでようやくその質問の意図に気付く。

多くが魔力を持たない平民の中で希少な魔力持ちとして生まれた私。

魔法を扱えるのが当たり前の家系に生まれながらそれが出来ないアリア様。

状況は全く違うが、私とアリア様は周りと違うという一点においてはどこか似ているのだ。

だからこそ私に聞きたかったのだろう。

彼女自身がどのように生きていけばいいのか、悩んでいるが故に。


「そうですね…。私が自分に魔力があると知ったのは6歳の時でした。貴族や魔法使いにあまり興味がなかった私にとっては、正直それは煩わしいものでしかありませんでした。」


アリア様からしてみればそれは贅沢に思えるだろう。

だが、私が望んでいたのは普通の日常だった。

母がいて、父がいて、妹がいる。

裕福な暮らしではなかったものの、そんな日々を大切にしていた。


「魔力があることで他の子達とは違う目で見られることも多くありましたが、そんなのは自分の一部分でしかないと思うのです。私には私だけの人生があり、夢があります。ただ、自分の信じる道を歩んでいきたいと、今も昔もそう思っています。」


「…そう。あなたは自分の考えをちゃんと持っているのね。……私とは大違いだわ。」


悲しげな声音で呟くアリア様に何か言わなければと思うが、かける言葉が見つからない。


「魔法が使えない私はセレンディア家の騎士になることができないわ。それに、落ちこぼれの私には嫁ぐ先もないでしょう。今はまだここに置いてもらえているけれど、この生活もいつまで続くか分からないわ。」

「……当主様に雇われている身ではありますが、私の主人はアリア様です。この先どうなろうと、私はアリア様のおそばにいますよ。」


そう言うとアリア様は驚いたような顔でこちらに視線を向けた。

真剣な顔でその目を見つめ返していると、強ばっていたアリア様の表情は少しずつ柔らかくなっていった。


「ふふっ、それはあなたの信じる道で合っているのかしら?」

「合っていますよ。このお屋敷に来たのは偶然ですが、今では私の意思でアリア様にお仕えしたいと感じているのです。」

「……そう。セレナは変わり者なのね。」


穏やかに微笑むアリア様には先程までの悲しげな雰囲気はない。

私がアリア様にしてやれることは少ないが、それでも私だけは彼女の味方であり、その力になりたいと思う。


「アリア様、もうそろそろ日が落ち始めますので、今日は帰りましょうか。」

「そうね、さすがに夜は少し冷えるわ。」


荷物を纏め、先を歩くアリア様を追いながらその背中を見つめる。

強さだけに価値を置き、アリア様自身の事をちゃんと見ようともしないこの家にいて、彼女は幸せになれるのだろうか。

漠然とした不安が胸を覆うが、今はどうする事もできないのが現実だ。


「セレナ、置いていくわよ?」


考え込んでいたせいか、いつの間にかアリア様との距離はだいぶ離されていた。

数ヶ月前までは嫌々私に着いてくるだけだったというのに、凄まじい進歩である。

未来への不安はあるが、今はアリア様が引きこもりを卒業し始めたことを素直に喜ぼう。

暗い気持ちを切り替えて、不思議そうな視線を向けるアリア様の元へと駆け寄った。


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