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その17


「皆で楽しんでるところに、急にお邪魔してごめんね。しかも小さい子供と一緒で」恐縮した面持ちで入ってくる賢児。

「いらっしゃいませ!」

 塩谷、加奈子、中山、水木が一斉に声をかける。


 今日は玲香の家で、同期入社4人プラス加奈子の5人での定例飲み会なのだ。

「お、おじゃまします…。小一時間で迎えが来ると思うから」

 そう言う賢児の脚の横から、紗由がひょっこり顔を出したかと思うと、賢児の前にぴょんと飛びだし、そこにいる人間たちの顔を見渡した。

「かわいー!」再び一斉に叫ぶ塩谷たち。


“何でこいつら、こんなに息がぴったりなんだ?”怪訝な顔をしながらも、口から出るのは通り一遍の保護者の言葉だ。

「ほら、紗由、ご挨拶して」

「こんにちは! さいおんじさゆです。もうすぐ、よっちゅです!」右足を前に踏み出し、右手で数字の4を示す得意のポーズで挨拶する紗由。


「うわあ。お持ち帰りしてえ」

 うれしそうに叫ぶ塩谷を、賢児がギロリとにらむ。

「…なんちゃって」小さな声でうつむく塩谷。


「紗由ちゃん、いらっしゃーい」

 二人のグラスと飲み物を持って玲香が現れると、紗由が一目散に駆け寄る。

「れいかちゃんだぁ。こんにちわあ」玲香にしがみつく紗由。

「はい。紗由ちゃんの大好きなグレープフルーツジュースよ」

「ありがとう!」

 顔をくしゃくしゃにして笑う紗由を見ながら、加奈子が思わずつぶやく。


「はあ…。綺麗な子って、顔をくしゃくしゃにしても綺麗なのねえ…」

「加奈がやったら、ただの皺くちゃババアだもんなあ」うなずきながら塩谷が言うと、加奈子がすさまじい形相でにらむ。


「おねえさん、だあれ?」加奈子のほうを見て、紗由がたずねると、加奈子は一瞬のうちにいつもの妖艶な表情に戻って答えた。

「遠山加奈子です。玲香ちゃんのお友達です。よろしくね、紗由ちゃん」

「おともだちだ…。あのね、さゆのおともだちも、かなこちゃんだよ」目を丸くして加奈子を見つめる紗由。

「あら。紗由ちゃんのお友達と同じ名前なのね。嬉しいわ」


「ぼ、僕は、塩谷春樹です。玲香ちゃんのお友達です」

 割り込むように塩谷が自己紹介すると、紗由は彼の顔をじーっと見ながら首を振った。

「だめ」

「え?」

「おとこのこは、だめ。賢ちゃんがおこるもん」腰に手を当て、すっくと立ち上がる紗由。

「紗由。何言ってんだよ。…ごめんね、塩谷くん。気にしないで」焦って紗由を抱きかかえ、自分のひざに座らせる賢児。

「あ、はい。気にはなりますが、気にしないように努力します」真面目な顔で答える塩谷。


「はい! 僕、自己紹介します。えーと、水木耕太郎です。塩谷くんのお友達です」

 水木の言葉に、こっくりとうなずく紗由。

「…よかったぁ。合格みたい」塩谷にVサインをする水木。


「僕は、中山弾です。ええと…誰のお友達がいいかなあ」

「ひろゆきさんのおともだちだ!」中山を見ながら叫ぶ紗由。

「ひろゆきさん?」中山が不思議そうに首をかしげる。

「ええと、それ、うちの父」玲香が答える。

「うーん、玲香ちゃんのお父さんには会ったことないなあ」紗由を見ながら、中山がやさしく言う。

「…うんとね、しょうたくんのおともだち」


「しょうたくん?」さらに首をかしげる中山。

「あ、それ、うちの甥っ子」

「玲香ちゃんの家族シリーズなのかな」中山がくすりと笑う。

「グランパも、おともだちだよ!」

「グランパは、前の社長」重ねて解説する玲香。

「あはは。みんな会ったことないよ」

「顔が似てるわけでもないわよね」加奈子が言う。


「賢児さま、どうかなさいました?」難しそうな顔で何かを考えている様子の賢児を、玲香が覗き込む。

「うん? いや、何でもない。…紗由、ほら、お兄さんを困らせるな」

「みんな、おともだち」

「そうだな。それがいいな」ニッコリしながら紗由の頭の撫でる賢児。

「みんな、お友達なんだよな…」

 だが、このとき、賢児の言葉の本当の意味を理解できているのは、その場には二人しかいなかった。


  *  *  *


 賢児と紗由が帰り、中山と水木が追加の飲み物を買いに出ると、塩谷が険しい顔で、玲香をじっと見つめた。

「高橋、俺たちに何か言うこと、あるでしょ?」

「ちょっと。そんな怖い顔しなくてもいいじゃない」とがめる加奈子。

「俺はいいよ、別に。でも、結婚話まで出てるなら、加奈に黙ってることはないじゃないか」不機嫌そうな塩谷。

「やだ。あれは紗由ちゃんの…口癖みたいなものだから」慌てて手を振る玲香。


「すごい口癖よねえ」“玲香ちゃんは賢ちゃんのお嫁しゃん”という紗由のセリフを思い出して、くすっと笑う加奈子。「みんなビビッちゃって、ストレートに聞けなかったわよね」

「すごいのは、そんなのが口癖の姪っ子を、ここに連れてくる社長のほうだって。二人の仲を話題にしてくれと言わんばかりじゃん」加奈子に同意を求める塩谷。

「今日は、たまたま紗由ちゃんが来たがっただけで…」赤くなってうつむく玲香。


「ずいぶん、なついてるわよね。玲ちゃんに、お土産まで持ってきてたし。ビー玉詰め合わせなんて、かわいい」加奈子が、ふふっと笑う。

「紗由ちゃん、お前に会いに来たんだろ。なのに社長は紗由ちゃんほったらかしで、お前にべったりなんだもんな。困ったお人じゃ」

「そのおかげで、春樹たちは紗由ちゃんに相手してもらえたんじゃない。紗由ちゃんがお遊戯会の練習用のポンポン持って踊って見せたときなんか、口が半開きだったくせに」

「そ、そうだった?…って、加奈、どっちの味方なんだよ」口を尖らす塩谷。

「正義の味方」


「そういう二人はどうなってるの? そっちからも報告聞けるか、楽しみにしてるのに」

「あー、もっと言ってやって」塩谷が真剣な表情で玲香ににじりよる。

「もう。春樹は黙ってて。まだ駄目だって言ったでしょ」加奈子が言う。

「何でなの、加奈ちゃん」

「自分なりに仕事を、やるべきことをきちんとしてから、そういうことは考えたいの。あと1年は結婚は考えられない」

「はいはい、わかりました。1年でも10年でも待ちますから」塩谷が口を尖らす。

「それはどうも」


 妖艶に微笑む加奈子から目をそらすようにして、塩谷が玲香が言った。

「…えーと、とにかく何か進展があったら、ちゃんと報告するように」

「そんな、せかさないの。結婚ていうのは、二人の気持ちだけで走らせていい話じゃないのよ。相手が相手だから、玲ちゃんにだって立場上言えないこと、きっと出てくるわよ」

「…まあな。加奈がいいんなら、いいけど。それにしても、オカマの勘はバカにならないな。進子ちゃんの言ってたとおりだもんなあ…」


「本当ね。話が何か進んだら、進子ちゃんにもちゃんと報告しなくちゃダメよ。彼の憧れの人、横取りしちゃったんだから」笑いながら玲香の顔を覗き込む加奈子。

「横取りって、ちょっと違うぞ、日本語が」

「心配かけてごめんね。報告するようなことができたら、二人には真っ先に話すから」上目遣いに二人を見る玲香。


「…でも、紗由ちゃんて、ちょっと不思議な感じするよな。突然、突拍子もないこと言い出すしさ」

「子供ってそんなもんじゃないの」加奈子が言う。

「まあな。翔太だって、あの年齢の頃は“加奈ちゃん、お花よりきれい!”とか、わけわからんこと言ってたもんな」

 加奈子が塩谷の腕を思い切りつねる。

「いででっ!」


「でも、気にはなるわよね。弾さんが、うちの会社に来たことあるかどうか聞いてたけど、やっぱり彼女がそうなのかしら…」

「紗由ちゃんは何て答えてたの?」玲香が少し緊張した声で聞く。

「兄様がゲームするとか、兄様がお客様にごあいさつだとか、兄様のことばかりで、よくわかんなかったわ」

「もう一回聞いたら、これから父様の会社に行くんだと言ってたよ」苦笑いする塩谷。

「そう」少し安心する玲香。


「ま、ミズキンが描いた似顔絵で確認できるから、別に無理に聞き出す必要もないけどな」

「似顔絵って?」

「弾さんがミズキンに、紗由ちゃんの顔描いてあげなよって言って。上手に描けたほうを彼女にあげたの」

「来週、木村さんにまた会うから、残りの一枚を見せてみる」

「命の恩人の美少女の正体、わかるかもね。弾さんは、そのつもりでミズキンに2枚描かせたのよね、きっと」


 そのとき、缶ビールを山ほど抱えた中山と水木が帰ってきた。

「ただいまー」

「おかえりぃ」塩谷がビールの袋を受け取る。「今さあ、ちょうど似顔絵の話してたとこ」

「…冷えてるグラス持って来るね」席を立ち、キッチンへ行く玲香。

“似顔絵見せたら、きっと紗由ちゃんだとわかっちゃうだろうな…。こんな状況のときに、ややこしいことにならないといいけど…”


「玲ちゃん」

 背中で響く加奈子の声に、玲香がびくっとする。

「玲ちゃん、もしかして何か知ってるの?」

「え?…」

「何かちょっと変。前回もそうだったけど、この件、あまり話に乗ってこないわよね」

「そんなこと、ないわよ。塩ちゃんの命の恩人だもん。気になってるわよ」グラスをお盆に乗せながら玲香が言う。

「…じゃあ、そういうことでいいか。…でも、何か困ったことあるんだったら言ってね」 そう言うと、加奈子は玲香からお盆を取り上げ、リビングへ向かった。

「加奈ちゃん…」


 玲香は小さな声で、加奈子の後姿に“ありがとう”と告げると、エプロンのポケットからスマホを取り出し、賢児にメッセージを入れた。とにかく、似顔絵の件は賢児に報告しておいたほうがいいだろうと思ったからだ。

 玲香は、できれば加奈子には隠し事はしたくなかった。もちろん西園寺家のことを、すべて話すわけにはいかないのもわかっていたが。


 来月の保のパーティーには、紗由も含め一家揃って出席の予定になっていた。その前に紗由のことを特定されて、妙な噂になるのは一家にとっても困るだろう。それならいっそ、二人に訳を話して協力してもらうという手もあるのかもしれない。

 玲香は、さっき紗由が「おみやげ」と言って自分に渡したビー玉の詰まったビンを眺めながら、小さくため息をついた。


 謎の美少女の噂自体は、前回の飲み会以降、社員の間にもかなり広がっていた。ただ、会社の前にある公園が怪談めいた話も多い場所だったので、噴水で溺れた少女の霊じゃないかといった噂まで出てきており、半ば都市伝説めいた様相を呈していた。

“都市伝説化して終わりと思ってたんだけどなあ、紗由ちゃんの件は。…仕方ない、とりあえず賢児さまからの指示待ちってことで”

 玲香は冷凍庫から自分の分にとビアジョッキを取り出すと、それを見せびらかすように回しながら、リビングへと戻った。


  *  *  *


 迎えに来た涼一と、彼の研究室に寄ってから帰宅した賢児は、さっきの玲香の家での紗由の言葉を思い出していた。

「何かが同じなんだな…彼らの」

 深く息を吐きながら、ソファーに座ろうとしたとき、ふと先日見た光景が脳裏に甦った。

“何なんだろうな…”


 この前は、意味がわからない光景を目の当たりにして、圧倒されたような感覚にとらわれ、思わずそのまま閉じてしまったソファーだったが、賢児は何となく、もう一度開けてみることにした。目の前に広がる一面の雪塩。その上には水晶が5つ。笹の葉もある。

「うーん…」腕組みをして、それらを見つめる賢児。


“ちょっと深さがあるな、これ。下にも何かあるのか?”

 上側の水晶の横の部分の雪塩に指を入れると、指先に何かが当たる感触がした。そっと掘ってみると、そこには写真が埋められているようだった。静かにそれを引き出す賢児。

「これは…」

 他の水晶の周りも掘り出してみると、そこから出てきたのは、見覚えのある幼子たちの姿だった。水晶の隣にあった、半分埋まった笹の葉も掘り起こしてみる賢児。

「短冊…?」

 短冊の文字、そして6枚の写真をしばらく眺めていた賢児は、ふと何かを決意したかのように、上を向いた。そして、写真と笹を元の場所に丁寧に戻し、ソファーを閉じると、保の部屋へと向かった。


  *  *  *


「だから、これまでの情報を踏まえて、俺が出した結論が、それなんだ」

 賢児の言葉に、保はうつむき、黙ったままだった。

「ソファーの下は一面、雪塩だった。その上に置かれていた5つの水晶。その横には笹の葉のついた竹。

 見つけたときは、それだけかと思った。でも、さっき、もう一度見たときに塩を掘ってみたら、あったんだ。水晶の下に、写真が。龍の赤ん坊の時の写真。紗由の赤ん坊の時の写真。兄貴の赤ん坊の時の写真。俺の赤ん坊の時の写真。亡くなった天馬の赤ん坊の時の写真。

 …そして、多分あれは親父の赤ん坊の時の写真だ。…ひとつ足りないけど、でも皆、伯母さんと血がつながった者たちの写真だ。何かの儀式が施されているっていうことだ。そうだろ?」

 賢児がきつく詰問するにもかかわらず、保は組んだ両手の先を見つめているだけだった。


「そして、あの竹。掘ってみたら、短冊の付いた笹の葉の部分が出てきた。“神様、保ちゃんを連れて行かないでください”“おねえちゃんをふつうの人にしてあげてください”あれは、親父と伯母さんが書いたものなんだろ?」

 賢児の質問に、こぶしを握り締める保。

「“命”って男でもなれるんじゃないのか。親父を“命”にしたくなかった伯母さんが、その願いを込めて書いた短冊なんだろ?

 そして、伯母さんの辛さを思いやって、神様にお願いをした親父の言葉なんだろ? あの水晶は、俺たちがそうならないように、封じたということなんだろ?」

「お前がそう思うのはわかった。私には言うことはない」保はそう言うと、立ち上がりドアへ向かった。


「言うことはないんじゃなくて、言っちゃいけないんじゃないのか? 玲香が言ってた。神様は時々、交換条件を出すことがあるんだって。…もしそうなら、言わなくてもいい。ただ、俺の言うことを聞いていてくれ」

 賢児の言葉に、保はドアノブにかけた手を引っ込めて、ソファーに戻った。

「わかった」


「皆、紗由可愛さで、見誤っていたんだよ。紗由の能力どうこう言うなら、龍はとっくにその程度、いや、それ以上の能力があったんだ。

 でもおそらく、伯母さんの元で育てられたから、世間での身の処し方というか、力のことを言わないでおくとか、そういう躾はされてたんだろう。あいつはこっちが聞かない限り、何一つ余計なことは言わなかった」

 賢児は立ち上がると、保の横に座った。

「そして、伯母さんや伯父さんが、特に伯父さんは社長職を投げ打ってまで、この家や土地を親父に譲ってまで、姿をくらましたんだ。誰かのために二人がそこまでするとしたら、それは紗由のためじゃない。龍のためだよ」


 賢児の顔をじっと見つめる保。

「龍を“命”にしないために、伯母さんたちは、どこかに何かをしに行った。そういうことなんじゃないのか?

 翔太が言ってたよ。…翔太は、特定の条件下では、その手の能力の強弱を読み取れて、彼が言うには、龍は紗由など比べ物にならないくらい力が強いって。

 それと、これは紗由自身が言ってたことだけど、神様が話しかけているのは自分にじゃなくて龍にだと。

 ただ、龍はそれを清流に行った日まで、認知していなかったか、無視していたか、とにかく神様からの呼びかけに応じていなかったらしい。その理由までは、俺にはわからないけどな。それで、神様が話しかけるのを聞いていた紗由が、代わりに話してたんだ。つまり、翻訳機だったのは、龍じゃなくて紗由のほう。

 そうそう、翔太は親父のことも言ってたよ。胸の辺りがフタされてるみたいだけれど、漏れてきている力だけでも、紗由よりも強いって。場合によっては一番だって」


「少々甘く見ていたかな、七代目を」フッと笑う保。

「親父は、伯母さん以外の人を皆甘く見てるよ」

「…そうかもしれん」


「だけど、わからないことは、まだいくつかある。

 ひとつは、じゃあ紗由は今後どうなるのかということ。これは龍次第なのかもしれないけどな。気になったのは、紗由の写真の上にだけ、水晶が置かれていなかったことだ。

 紗由の力が現れたのは、伯母さんたちがいなくなった前後からだ。もしかして、紗由のフタをはずしていったということなのか? 何のために?

 そして二つ目。なぜ伯父さんや律子叔母さんも一緒に姿を消したのかということだよ。

 “命”関係のことで出かけるのなら、伯母さん一人で事足りるはずだ。会社で責任ある立場にあった二人が、辞めると言い出して数日で、しかも俺が帰国する前に辞めるなんて…。

 確かに、伯父さんはいずれ俺に会社を継がせるつもりだったし、俺もそのつもりで働いてきた。でも、伯父さんは言ってたんだ。私が70になって、お前が30になったら、バトンタッチしよう、そうしたら私は前からやりたかったことに着手するって。なぜそれが2年早まったのかがわからない」


「会社の件は、大変だったな。お前はよく頑張ったし、今も頑張ってるようだ。2年くらいは多めに見てやってくれ」

「伯父さんの件は、親父は事情を承知しているってことか」厳しい目つきで保を見る賢児。「まあ、いい。それと3つめ。これも伯父さんのことだよ。伯父さんは、もしかして巫女寄せ宿の人間なんじゃないのか? 昔、事件があってから行方知れずだという宿の人間」

 賢児の言葉に、驚いたように顔を上げる保。


「やっぱり、そうか」

「そう思う理由は?」

「名前だよ。伯父さんの名前」

「名前?」保が怪訝そうな顔をする。


「親父は、それに関しては知らないのか。玲香が教えてくれたんだ。宿に生まれた人間の名前には一定の法則性があるって。女の子は音楽に関係する名前、男の子は踊り、つまり跳んだりはねたりに関係する字を取って名前をつける。

 で、紗由がこの前、玲香んちに行った時、妙なことを言ったんだ。中山弾くんという新入社員に向かって、飛呂之さんと翔太と躍太郎伯父さんの友達だって。

 彼は3人と面識がなかった。ただ、この4人には共通点がある。名前が、宿の男の子の法則通りだっていうことだよ。伯父さんの妹である律子叔母さんの名前も法則に適ってる」


 天井を見上げた保が、小さく息を吐き出す。

「話はそれで全部か」

「翔太は龍のことをすごく心配してた。今ここで変に龍から情報を引き出したら、内容次第では兄貴との関係がぎくしゃくし兼ねないとね。俺もそう思う。

 だから、俺はこれ以上の詮索はしない。兄貴にも、翔太と伯母さんの電話の件を伝えて、そう言っておいた。その代わり、伯母さんたちが戻ったら、兄貴が納得するまで、きっちり説明をしてもらう」


「わかった」それだけ言うと、保は再び立ち上がった。

「それから…ありがとう」

「ん?」

「俺たちのこと、いつも守ってくれて」

「お前は…本当に昔からやさしい子だ」

 賢児は、父親より先にドアノブに手を掛け開くと、出て行く彼の後姿を静かに見送った。


  *  *  *


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