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18/19

その18


「あと40分くらいは、かかりそうです」保の秘書の楡沢が、ため息混じりに周子に報告をする。

「こっちの車に乗っていただけばよかったわね」壁の時計を見ながら周子が言う。

 今日のパーティは、保が支援者への感謝を込めてということで開かれる、大規模な懇親会だった。保は、このような催し物がある時には、その前に箱根神社でお参りをすることにしており、今回も一家で神社に出向いた。ところが、東京へ向かう途中、二手に分かれて乗車した車のうち、保が乗った車のほうだけ、事故渋滞に巻き込まれてしまったのだ。


「親父が到着するまで待つの?」賢児が聞く。

「とりあえず始めましょう。まずは楡沢さん、それから賢児さんのご挨拶でつないで…あとは、ご挨拶を予定しているお客様に何かあったときのためにと思って、10分くらいのプライベートビデオなら用意してあるから、それを流して、私が解説を入れるわ」

「さすが。用意がいいね、周子さん」ウインクする賢児。


「それ以外にも、時間つなぎなら多少は準備があるし、何とかなるでしょう。…いざという時には、“賢ちゃんのお嫁しゃん”を発表しようか、紗由」

「およめしゃーん!」

 周子が言うと、紗由が黄色いワンピースをひらひらさせながら、うれしそうに答える。

「それなら、お義父様が来なくても閉会の1時まで場が持ちそう」ペロッと舌を出す周子。

「それじゃ、また俺が怒られるよ。順番が違うって」

「で、その後に、お義父様が玲香さんに平謝り…と」


 笑いあう二人を横目で見ながら、玲香は思った。“この二人、ピンチのときにワクワクしているように見えるところ、ちょっと似てるかも…?”

「…でも、賢ちゃんが玲香さんを連れてテーブルを回ってくれれば、マダムたちが興味津々で噂話に花が咲いて、40分くらい、すぐだと思うわ。…玲香さん、よろしくね」玲香の手を握る周子。

「は、はい…」

“そうか、このスーツ、そういう目的だったのね…”


 今日、玲香が着ているスーツは、周子や紗由の服と色違いの生地で作られたものだった。ちょっと変わった織り込み方がされている生地のため、見る角度によって色が微妙に変化する。シンプルなデザインながら人目を引くし、一目で彼女らとお揃いだとわかる。玲香の出席とスーツの新調を薦めた周子の頭の中には、いろんな思惑があったものと思われた。

「紗由と龍の婚約発表のほうが盛り上がりそうだけど、残念ながら、龍も兄貴も親父の車だしなあ」

 行きの車では、保、賢児、玲香の3人と、涼一、周子、龍、紗由の4人で分乗していたのだが、帰りは、紗由がずっと玲香と手をつないで歩いていたこともあり、賢児、玲香、紗由、周子で一台、保、涼一、龍で一台という振り分けになっていた。


「紗由がトイレに行きたいって言わなかったら、こっちも遅れてたんだよな」

「紗由は、いい子ねえ」紗由の頭をなでる周子。

「はい!」紗由が元気に返事をする。

 賢児たちの車は、紗由のトイレ休憩のため、保たちの車より10分くらい遅れていたのだが、保たちはその間に事故渋滞に巻き込まれ、賢児たちはインターを出てすぐに高速を降りてから東京まで戻ってきたため、保たちより早めに到着していた。


「まあ、とにかく時間だから、始めましょうか。楡沢さん、いろいろすみませんが、よろしくお願いいたします」周子は深々と第一秘書の楡沢に頭を下げると、紗由の手を引き、控え室を出て会場に向かった。


  *  *  *


 賢児と玲香がドアを開くと、会場は、かれこれ300人の人たちの熱気と、ざわめきに包まれていた。

「すごいですねえ!…ゴージャスなマダムばっかりです。…あ、感心するのは、そこじゃなかった…ですね」恥ずかしそうに微笑む玲香。

「いや、周子さんが言ってたよ。年に一度のこのパーティに来れば、有名デザイナーの最新作が一挙にわかるって」

 賢児の言葉に、ぷっと吹き出す玲香。

 しばらくすると楡沢が壇上に立った。だが玲香は、その挨拶を聞きながらも、周囲の人々の様子を何気なく観察していた。


 挨拶の途中、玲香のいる場所から一番近くのドアが開き、視界の片隅に一人の男性の姿が入ってきた。玲香の傍を通り過ぎたとき、覚えがあるコロンの香りが鼻をくすぐる。振り向く玲香。だが、あっという間に人にまぎれてしまい、顔までは確認できなかった。

“この香りって…”

「賢児さま、あの…」

「そろそろ出番かな。じゃあ、ちょっとご挨拶してくるよ。食べ物でもつまんでてね」

 賢児はそう言うと、司会席にいる周子のほうへと歩いて行った。

「行ってらっしゃいませ」


 玲香は賢児の背中を見送りながら、もう一度辺りを見回した。さっきの男性を見つけることができず、壇上に体を向けようとしたとき、玲香の手に何かやわらかいものが触れた。

「紗由ちゃん!」

 振り向くと、そこには玲香の手を握り、にこにこしながら見上げている紗由がいた。

「けんちゃんが、ごあいさつするの」

「そ、そうね。賢ちゃんのご挨拶よね」

 振り向くと、ちょうど賢児が壇上に上がろうとしているところだった。玲香は、そっと紗由の手を握り返し、壇上の彼を見つめた。


  *  *  *


「お疲れ様でした…。とっても、素敵でした」

「でした!」

 戻ってきた賢児を、玲香と紗由が出迎える。

「にいさまと、どっちが素敵だ?」紗由を抱え上げる賢児。

「にいさま!」

 速攻で答える紗由に、くすりと笑う玲香。

「はい、はい。そんなこと聞くだけ無駄でしたよ」

「紗由ちゃんには、にいさまより素敵な人は存在しないんですよ、きっと」


「にいさま、こない」賢児の腕の中で、会場をきょろきょろと見渡す紗由。

「もうちょっと待ってような」あやすようにして、紗由を抱きなおす賢児。

「…さゆ、ちょっといってくる。おりる」

「どこ行くんだよ。かあさまは忙しいから、邪魔しちゃだめなんだぞ」

「おてつだい」

 紗由は壇上近くにいる周子にむかって大きく手を振ると、賢児の腕から降りた。

「いってきまーす!」

「紗由…ちゃん?」


 紗由は、人々の間をすり抜けるように壇上に向かってダッシュし、スタスタと登ると、低めになっていたスタンドマイクを倒してマイク部分を取り上げた。キーンというハレーションが会場に鳴り響き、一同が壇上の紗由に気づいた。ざわざわとする場内。

「じいじがこないので、さゆがえんぜつをします!」

 マイクをぎゅっと握り締め、紗由が会場にいる人々を見渡す。

「…ちょっと、紗由!…」


 あわてて壇上に駆け寄ろうとする賢児を、司会席から飛んできた周子が遮った。

「ここは任せて」

 周子は紗由の傍に駆け寄り、マイクで紗由に話しかけた。

「そうだよねえ。じいじ、まだ来ないから、紗由が皆さんに代わりにご挨拶したいよねえ」

 周子の言葉に、こくんとうなずく紗由。

「義父は常々申しております。目の前の方々に喜んでいただこうという気持ちが、あらゆる行動の基本でありたいと。これは、国民の皆様への思いであることはもちろん、日頃ご支援いただいている皆様方への気持ちでもあるかと存じます。

 不肖の娘ではございますが、西園寺の遺伝子が、皆様を退屈させておくことを許さないのかもしれません。今しばらく、お相手をしていただければ、ありがたく存じます」

 そう言って深く頭を下げる周子。


 それを待っていたかのように、紗由がお辞儀をすると、会場から拍手が沸き起こった。

「さいおんじさゆでごじゃいます」改めてお辞儀をする紗由。会場をぐるりと見渡すと、右脚を大きく前に出す。

 会場のあちこちから、「かわいいわねえ」という声が聞こえてくる。


「さゆはあ、おおきくなったらあ、およめしゃんになるでごじゃいます!」

「紗由ちゃーん!」後援会会長から声がかかる。

「にっぽんのみらいはあ!」紗由が右手のこぶしを大きく振り回す。

「およめしゃんでごじゃいます!」振り回していた手を、ピタッとそこで止める紗由。

 その仕草が、保が演説時に行う身振り手振りとそっくりだったため、会場から一斉に笑いが起こる。

「紗由ちゃーん!」会場のあちこちから起こる掛け声。


「どーか、ひとちゅ、みなさまのおちからでえ、さゆをおよめしゃんにしてください! おねがいしますでござるます」

 紗由は再び深々と頭を下げると、すたすたと壇上を後にした。拍手に包まれる会場。どさくさに紛れて、「お嫁さんになってー!」と叫ぶ輩もいる。保の到着が遅れることを聞いて、ややテンションが下がり気味だった会場は一気に盛り上がった。


 戻ってきた紗由を連れて、すかさずテーブルを周り始める周子に、玲香は感嘆のため息を漏らした。

「やっぱり、すご過ぎます、あの母子…!」

「まいったな。いつもやってる、じいじの物まねだよ」苦笑いする賢児。

「紗由ちゃんの黄色い車事件、パーティーの前にばれなくて本当にラッキーでしたね。くわえてこれじゃあ、大騒ぎになっちゃいます」

「そうだな。取引先の人間が彼女の顔に関して記憶がないっていうのが幸いだったよ。…にしても、さすがは周子さん。ここまで計算済みか…」


「アクシデントじゃなくて、仕込みってことですか?」改めて驚く玲香。

「それくらいは当たり前にやりそうだからな。…言わなかったっけ。元々、周子さんは親父の跡を継ぐだろうって言われてた人だから」

「そうなんですか? 紗由ちゃんが生まれる前から、秘書をなさってたとは聞いてますけど」目を丸くする玲香。

「うん…。まあ、その話はまた追々ね。機会があったら、龍の演説も聴いてやって。たぶん俺より上手」賢児は玲香にウインクすると、周子たちと反対側のテーブルへと向かった。

「龍くんも、ああなんですか?」さらに驚きながらも、玲香も後に続く。


 賢児が一人の男性に、その背後から話しかける。

「有川先生、いかがですか、西園寺保、自慢の孫と嫁は」

「いやあ、二人とも嫁にしたいし、後継者に指名したいね」

 そう言って振り向いたのは、同じく衆議院議員の有川建造だった。

「本日は、お忙しい中おいでいただきましたのに、肝心の父が遅れておりまして申し訳ございません」

「とんでもない。正直、父君の生真面目な演説より好みだ」

「まったくもって同感です」

 笑いあう有川と賢児。


「いや、でも、賢児君。紗由ちゃんの言うことは、けっこう重要なことだよ。少子化や婚姻率、離婚率等を考えると、日本の未来はお嫁さんにかかっているというのは、あながち間違いではないからね」

「そうですね。紗由くらいの女の子が普通に抱く“お嫁さんになりたい”という思いを、大人になっても素直に持ち続けられる社会にすることが、大切なのかもしれないですね」

「そうそう。そうなんだよね。小さい子が抱く夢、これを実現できる社会が、いい社会なんだよ。…今回の演説、次の街頭演説のネタにさせてもらおうかな」有川は、賢児の肩をぱんぱん叩きながら笑った。


「ところで、後ろのその可愛い彼女はどなただい?」玲香の顔とスーツに目をやりながら、賢児に聞く有川。

「彼女は、僕の…」

 一瞬あいた間に割り込むように、玲香が有川に挨拶をする。

「秘書をいたしております、高橋と申します。よろしくお願いいたします」

「…いや、それは、まあ2番目の肩書きでして……」

 辺りを見回しながら、有川の耳元に近づく賢児。ひそひそ声で囁く。

「生涯の伴侶にと考えている女性です」


「おお、それはそれは。とうとう、洋子ちゃんのブーケの成果が現れたんだね。…高橋さん、賢児君のこと、よろしくお願いしますよ」

「はい。承知いたしました」ひそひそ話の内容はよく聞こえなかったが、玲香がハキハキと返事をする。

「その際には、改めてご挨拶にお伺いしますので。失礼いたします」

 再び頭を下げる賢児に続いて、玲香も頭を下げる。


「賢児君、久しぶりだね」

「ご無沙汰しております」

 後ろから声がかかり、別の客との談笑が始まる。玲香は少し下がって、その会話に耳を傾けていた。


  *  *  *


「大丈夫? ちょっと疲れたかな」次々とテーブルを回っていたので、賢児が玲香を気遣って聞いた。

「大丈夫です。うちも、一応客商売ですから」にっこり笑う玲香。

「そうか。客さばきは俺よりお手の物か」

「ふふ。つい、グラスを、どんどん片付けそうになります」

「え? グラスをどんどん空けそう?」

「そんなこと言うと、本当にしちゃいますよ」

 楽しそうに笑う二人。


「ご到着まで…あと20分くらいでしょうか」

「そうだな…」腕時計を見る賢児。

「あの、賢児さま。さっき、賢児さまが壇上に上がられる前に、会場に入っていらっしゃった男性なんですけど…」

「男性?」

「はい。顔は見えなかったんですけど、傍を通ったときにした香りが、社長…前社長がつけていらっしゃったものと同じで…」

「伯父さんの?」


「はい。私、以前、社長と一度だけお話をしたことがあるんです。つけていらしたコロンがちょっと変わった香りだったので、お聞きしました。そうしたら、奥様が調香してくださったオリジナルだとおっしゃっていました。…その香りだったんです」

 玲香の言葉に、賢児があたりを見渡す。

「この人数で人が動き回ってると、ちょっと見じゃわかんないな。でも、そろそろ帰ると言っていた時期だな。本人かもしれない」

「もしかしたら、伯母様もご一緒に…」

「このメンバー、半分以上が伯母さんのこと知ってるから、すぐわかりそうだけど。…でも、伯父さんは、親父がらみのパーティーにはそんなに出ないからなあ…」


「賢児さん、ごきげんよう」

 ゆったりとした声で話しかけてきたのは、糸山洋子だった。

「洋子おば様。いらっしゃいませ」賢児が頭を下げる。

「玲香さんも、ごきげんよう。ふふ、よくお似合いだわ、そのスーツ。やっぱり、ライトグレーに白いカラーで正解ね」

「その節はお世話になりまして、ありがとうございました。こちらからご挨拶にうかがうべきところを、恐れ入ります」

 玲香は深々と頭を下げた。玲香が着ているスーツを作ったのは洋子なのだ。

「あら、いいのよ。賢児さんのお供で大変でしょう。でも、玲香さんも周子さんも紗由ちゃんも、私の服を美しく着こなしてくれて、うれしい限りよ。

 …そう言えば、華織さんだけ、まだお見掛けしてないけど、保先生とご一緒なのかしら。あのワインレッドは自信作だから、私も楽しみにして…あら、いけない。しゃべり過ぎちゃったわ」

「おば様、それって…」


 洋子に問いただそうとする賢児をさえぎり、玲香が言う。

「ワインレッドなんですね!」

「ええ、そうなのよ。…もうすぐお見えになるでしょうから、もう、いいわよね」

「はい。もうすぐお見えになるわけですから。ワインレッドなんですか…」繰り返す玲香。

「でもね、一週間前のご注文だったから、それはそれは苦労したわ」

「一週間前ですか。それはさぞかし大変なことで…」


「そうなの。突然で驚いたわ」

「驚きますよね」

「周子さんからは、今回華織さんはご欠席とうかがってたのに、サプライズで出席するから秘密でドレス作ってなんて、ご本人から連絡が来るんですもの」

「サプライズとなると…」少し間を持たせるように言う玲香。

「そうそう、そこなの。最初はいつものグリーンにしてくれと言われたんだけど、どうせサプライズだったら違う色がいいと思って。…私も早く見たいわ」


「おば様、少し探してまいりますので、ゆっくりなさっていてください」

 にっこり笑ってその場を離れようとする賢児。玲香もおじぎをすると、「ワインレッド、ワインレッド…」とつぶやき周囲を見回しながら、賢児の後に従って洋子の傍を離れた。


「やっぱり、さっき玲香が言ってた男性は伯父さんだったんだな。彼女、玲香に乗せられて、しゃべっちゃってたな」くすっと笑う賢児。「ふだん顧客のことに関しては口が堅いんだぜ、あの人」

「カウンセリングの技法に“繰り返し”というのがあるんです。クライアントの言葉を繰り返して、続きを相手に語らせるというのが。それと、相手が強調している言葉を中心に話を回せば、相手も話しやすくなりますから。洋子先生、だいぶワインレッドのドレスが気にかかっていらっしゃったようでしたので」


「なるほど。それが“ワインレッド”か。それにしても…どこまで人騒がせなんだよ、伯母さんたちは」賢児が少し苛立たしげに、ため息をつく。

「いきなりご登場だと、涼一さんが何て思われるかが、ちょっと心配ですね」

「まったくだ。とりあえず、周子さんには知らせておこう」


 司会席に周子の姿がないので、賢児が席にいた楡沢の妻・美香に聞くと、ちょうど保たちが到着して、控え室まで出迎えに行ったとのことだった。紗由を任された彼女は、紗由がちょこまかと動き回るため、息が上がりそうな様子で紗由を追いかけていた。

「紗由ちゃん、小母さんと一緒にいましょうね」

「いや! ひとりであそぶ」

「こら、紗由。いい子にしてないと、にいさまに叱られるぞ」

「…いいこにする」

 ぱたぱたと走り回っていたのをやめ、椅子にちょこんと座る紗由。

「すみません、楡沢さん。すぐに連れて来ますので、もう少しだけお願いします」

 頭を下げる賢児。玲香も頭を下げる。二人は足早に控え室に向かった。


  *  *  *


「紗由ちゃんでも、あんなふうに人見知りというか、することがあるんですね」

「うーん。何だろうな。楡沢夫妻は、じいじに仕事を入れちゃって、じいじと自分を遊べなくしちゃう人なんだろうな。それにしても、思ったより早かったな、親父たち。…とりあえず、伯母さんが来るかもしれないぐらいには伝えておこう。本当にサプライズ登場されると、その後が心配だしな」

「そうですね」


 賢児が控え室のドアをノックして、中に入ると、保がこちらを向いた。

「ああ、賢児か」

「親父、お疲れ。…あのさ、実はちょっと小耳に挟んだんだけど…」

 賢児が足早に保に近づこうとすると、保の前に立ちはだかるかのように、一人の女性が立ち上がった。「賢ちゃん、お久しぶり」


「伯母さん!」

 目を丸くする賢児をよそに、華織は入り口付近に立っていた玲香のほうへ歩いて行った。

「初めまして」

「お目にかかるのは二度目です」会釈して顔を上げた玲香が、華織の目をじっと見る。

「覚えていて下さったの?」うれしそうに微笑む華織。

「もちろんです。…私の人生を変えた方ですから」

「ごめんなさいね…玲香さん」

「いいえ。感謝しております」微笑む玲香。


「ちょっと、伯母さん。これって、いったいどういう…」

 賢児が話に割り込もうとすると、今度は別の男性が振り返り、玲香に声を掛けた。

「高橋さん、久しぶりだね」

「社長…。ご無沙汰しております」慌てて頭を下げる玲香。

「もう、社長じゃないよ」

「伯父さん!…」

「賢児、伯母さんが言うには、お前の推理は、多少の漏れはあったらしいが、触れていた内容に関しては、ほぼ完璧だそうだ。…おっと、悪いが詳しい説明は後だ。皆さん、親父をお待ちかねだろ」賢児を諭すように見つめる涼一。

「ああ。申し訳ないが、今は行かせてもらうよ、賢児」


 保が立ち上がると、周子の先導で、保、涼一、龍が部屋を出た。

「じゃあ、私たちも行くわね。…このスーツ、洋子先生にお見せしないと」

 華織は、賢児の肩に軽く触れると、躍太郎の腕をとり、部屋を後にした。


「どうなってるんだ?…」ぽかんと口をあけて佇む賢児。

「涼一さんは、事情をご承知のようでしたね。しかも当初の予定より、皆さんの到着が早い。ということは、ドライブイン付近で動けなくなっていた先生方を、伯母様が別の車でピックアップして、送って来られたのかもしれないですね。話はその車内で聞いたのでは」

「こういうとき冷静だよな…名探偵コナンは」

 気が抜けたように、さっきまで華織が座っていたソファーに腰掛ける賢児。


「でも、周子さんは話を聞く時間が短時間しかなかったはずですから、それであの様子なのを考えると、紗由ちゃんに関しては心配がなくなったということじゃないでしょうか」

「そうだな…。兄貴も落ち着いているようだったし」

「それから、もうひとつ」玲香が賢児を見つめる。

「何?」

「ちょっと動揺気味の賢児さまは、カワイイです」かがみこみ、賢児に軽く口付ける玲香。「さあ、私たちも参りましょう」

 玲香は賢児の手を取り、部屋を出た。


  *  *  *


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