↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/19

その19


「まずは、おかえり」険しい表情で賢児が華織に言う。

「賢ちゃん。ただいま。…ありがとう、あなたと周子さんと龍だけよ、おかえりって言ってくれたのは」にっこりと微笑む華織。

「聞きたいことは山ほどあるけど、まず確認したいのは二点だ。紗由がこれからどうなるのかと、龍がこれからどうなるのか」賢児が険しい顔で華織に尋ねる。


「紗由は普通の生活に戻れるわ。…龍は……正確には、8年後にならないとわからないし、そのずっと先のことは彼次第ね」

 華織が答えると、保が立ち上がって詰め寄った。

「わからないって、どういうことだ。二人とも大丈夫だと言ったじゃないか」


「大丈夫だよ、保くん。龍が15になるまで華織が命を続ければ、その間はとりあえず、それで済む」

「保ちゃん、あと8年くらいは生きてると思うわ、私」弟に向かって微笑みかける華織。

「二人が大丈夫というのは、そういうことか…」華織の顔を一瞥すると、視線を床に落として座り込む保。「姉さんが…また、やるのか。じゃあ次は…」

「…だから、保ちゃんには、すぐには言いたくなかったの。すごく心配するでしょ」華織が溜め息混じりに躍太郎を見つめる。


「伯母さん、ごめん。全然話が見えない。兄貴たちはわかってるの?」

 賢児が言い終わるか終わらないかのうちに、涼一が華織の傍へ歩み寄った。

「龍の身に、将来何か起こるかもしれないってことか? きちんと説明してくれないか」

「つまり、こういうことだよ」躍太郎が説明を始めた。


「華織と僕が家を空けた理由は、現時点で龍を“命”にせずに済むようにするためだ。紗由は…現段階では龍ほどの力は備えていない。今回、期間限定ということで、紗由の能力が高まるように少し細工をさせてもらったがね。そのために、涼一たちには心配かけて済まなかったが」躍太郎が頭を下げる。

「あのね涼ちゃん。紗由のことで、こんなに心配かけるはずじゃなかったの。紗由には“命”になるほどの力はないというデモンストレーションを機関にするために、封じていたものを期間限定で解いたの。でも、途中でちょっと、妙なことになっちゃったみたいで…」

「妙なこと?」


「龍のほうは、逆に能力を閉じておいたのよ、普段より。

 ただ、何かあったとき困るから…機関との交渉中、それと次のステップへの手続き中は、外界から遮断されて、通常の通信手段では連絡が取れないの。

 だから、龍と連絡が取れるように、羽龍…あ、“うりゅう”というのは、羽の生えた龍の人形で、翡翠でできた龍の口に水晶の玉が入っているものなの。命の証とも言えるものよ」


「それって、光彦さんが見たという、伯父さんの首にかかっていた龍だね」賢児が聞く。

「光彦さん…ああ、清流のお婿さんね。そうよ、一度、飛呂之さんとご一緒のところをお見かけしたわ。飛呂之さんは、すぐわかった。昔と同じ、やさしい目をしてたから。飛呂之さんからもらった花びらは、今も私の宝物よ」


「華織、思い出話は後にして」躍太郎が注意する。

「…ごめんなさい。どこまで話したかしら…そう、羽龍ね。龍には、羽龍の水晶だけを持たせておいたの。電話機みたいな、と言ったらわかりやすいかしら。それがあれば、龍とはいつでも連絡できるはずだったの。寂しい思いもさせなくて済んだはずだった」

「ところが、龍とうまく通信できなくなった。水晶が、龍の元からなくなったんだろうな。ところが、紗由が受け取ってるみたいだったんだよ、こちらからの呼びかけを。そこまで開いているとは思ってなかったんだが…」


「あの、水晶って、もしかして…」玲香がつぶやく。

「どうかした?」玲香に聞く賢児。

「これじゃないでしょうか?…」バッグからハンカチを取り出して広げる玲香。

 その水晶を、華織が手に取り確認する。

「これだわ。どうして玲香さんが持っているの?」驚いて玲香を見る華織。


「紗由ちゃんにもらったんです。この前、うちに遊びに来たときに、おみやげだと言って、ビー玉がたくさん入ったガラスのビンをくれました。

 今朝、そのビンを倒してしまって、そうしたら、このルチルクォーツが入っていて…。明らかに高そうなものでしたし、黄色ですし、何かの拍子に紛れてしまったのかしらと思ってお持ちしたんです。

 でも、すみません、今日はちょっとバタバタしてたので、うっかり忘れていました…」玲香が華織に頭を下げる。


「いいのよ、玲香さん。今日は本当に慌しかったし、あなたもお疲れでしょう? でもこれ、紗由が羽龍から持ってったってことなのかしら?」

「伯母様、申し訳ありません。でも、紗由は人のものを黙って盗るようなことは…」頭を下げたまま、うつむく周子。

「迷惑をかけておいて悪いけど、俺も紗由がやったとは思えないな…」涼一も納得が行かない様子だ。

「紗由は、にいさまに叱られるのが一番嫌だからなあ。それに、そのおみやげを持って行ったときだって、俺が玲香のグラスのビールを飲んだら、紗由に怒られたぜ。人のものを勝手にとっちゃダメだって」賢児が言う。

「でも、だとしたら、その水晶は、どうやって紗由の手元に…?」首をかしげる涼一。


 皆がその答えにたどり着けずにいたとき、リビングのドアが開いた。

「ごめんなさい。僕がやったの」

「龍!」驚く涼一。

「おまえが?…なんでまた…」賢児も龍の顔を見つめる。


「それがあれば、おばあさまが留守の間にも話ができるのはうれしかったけど…。そういうことは他の人に話しちゃいけない決まりだったから。

 …とうさまは紗由のこと、すごく心配してて、かあさまは、とうさまが辛そうなのを、辛そうに見てて…」うつむき黙り込む龍。


「龍くん、もしかして、話を聞かなくてすむように自分で玉を手放したの?」

 玲香がたずねると、龍はこくんとうなずいた。

「嫌だったんだ、とうさまとかあさまに黙ってるの。ウソついてるみたいで。だから、話が聞けなくなればいいと思ったんだ」

「それで、紗由のビー玉入れに隠したのか」涼一が龍の顔を覗き込む。

「おばあさまは、出かけるときに、一ヵ月で帰るって言ってたから。それに、紗由が玲香ちゃんにあげちゃうなんて思わなかったから」泣きそうな顔になる龍。


「…ありがとう、龍。とうさまとかあさまのことを心配してくれたんだな」涼一が龍をぎゅっと抱きしめる。

「ごめんなさい。…紗由のこと、悪い子にしちゃってごめんなさい」龍の瞳から、ぽろぽろと涙が流れる。

「大丈夫だ。紗由は…知らずにいるから、今回は勘弁してもらおう。でも、おばあさまとグランパには、ちゃんとごめんなさいをしなくちゃ駄目だ。お前のことを、きっとすごく心配したはずだからな」

 涼一の言葉にうなずく龍。


「おばあさま、ごめんなさい。グランパもごめんなさい」

 華織の腕にしがみつき、声を上げて泣き出す龍の頭を、傍らの躍太郎がそっと撫でた。

「やるな、龍。非常に的確で無駄がない方法だ」

「龍は、もう、涼一さんと周子さんの子なのね…」龍に頬ずりをしながら、さらに強く抱く華織。「よかった。これで安心して行けるわ」


「行けるって、どういうことだ、姉さん」

「静岡に引っ越すことにしたの。“命”はそっちでやるわ」

「そっちでって…」

「復興させる予定なんだよ」微笑む躍太郎。

「保ちゃん、すごいでしょ。躍太郎さんはもう一度やるのよ」華織がうれしそうに言う。

「その関連の交渉や手続きやらに時間がかかって、ちょっと帰りが遅くなったんだ」


「…少し、二人だけで話ができないか、義兄さん」低い声でそう言うと、じっと躍太郎を見つめる保。

「ああ。そうしようか」うなずく躍太郎。二人の間に緊張した空気が走る。

「ちょ、ちょっと親父も伯父さんも、いきなり何だよ。ここで話せばいいだろ」彼らの顔を交互に見る賢児。

「僕も行く。グランパにはわからないことも、あると思うから」龍が華織の腕から離れた。

「ねえ、保ちゃん、あんまり怒っちゃいやよ…」

 小声でつぶやく華織には答えず、保はリビングを後にした。

 躍太郎は、軽く華織の肩に触れると、保に続いて龍と一緒に部屋を出て行った。


  *  *  *


「何なんだよ、親父も伯父さんも。龍まで…」

「…あの、もしかして、社長は…ご主人は、黒亀亭の息子さんなのでは?」

「ええ、そうよ。私たち、黒亀を復興させるの。これから急ピッチで建設の予定。玲香さんのご実家からも近いから、遊びにいらしてね。そうそう、翔太くんともデートできるわ」華織が、うふふと笑う。

「黒亀亭って、亭主が不審死を遂げた、あの宿か?」涼一が驚く。

「涼ちゃんたちにも、まだ言えないこともあるのよ。…ああ、でも安心して。紗由の身がどうこうという話じゃないから」


「伯母さん、玲香んちにも…清流にも何か関係があるのか?」

「そうね…。清流には近いうちに、おうかがいすることになると思うわ。ただ、ちょっとまだ、わからないこともあって、今どうこう断定できないことが多いから」

「思わせぶりな言い方しないでくれよ。玲香が心配するだろ」

「心配を取り除くためだから、もう少し待っててね、玲香さん」

「…はい」華織が玲香に微笑みかけると、玲香は静かにうなずいた。


「早く翔太くんに会いたいわ。預かってもらっているものもあるし」

「もしかして、翔太が持っていたあの影童、伯父さんの羽童なのか?…そうか、だからソファーの鍵代わりになったんだな」

「翔太くんに預かってもらって正解。とても筋がいいんですもの。さすがは跳治さんの後継者ね」立ち上がり玲香のすぐ傍らへ行き、にっこりと微笑む華織。

「祖父のこと…当然ですよね、ご存知なのは」知っているのかと聞こうとして、それが愚問だと気づいた玲香が、自己訂正するようにつぶやく。


「…ああ、そうだ伯母さん。ついでだから教えておいてよ。紗由の言葉で意味がわからなかったことが、いくつもあるんだけど」

「涼ちゃんは、子供の頃から知りたがりさんよね」

 華織の言葉に、涼一が小さく咳払いする。

「伯母さん、兄貴を怒らせると親父より怖いぜ」

「わかりました。…周子さんも聞きたいことがあったら聞いてね。いつも紗由のことを見ているのは、あなたなんだから」

 そう言われた周子の顔がパッと明るくなるのを、隣で見ていた玲香は思った。

“やっぱり翔太が言うとおりだ。今回のこと、実は一番気にしていたのは、きっと周子さんなんだ…”

「じゃあ、ご質問をどうぞ」


  *  *  *


 華織と躍太郎が自分たちのマンションへ帰った後、保は後援会会長たちとの会食に出かけ、周子と玲香が涼一たちの夕食を作りにとりかかった。

 その間、涼一と賢児は、さっき華織から聞いた話を反芻していた。


「全部、宿とつながってたのか…。でもまあ、宿の人間の玲香だって、よくわからなかったわけだから、俺たちがわからなくても当たり前かなあ」

「“おしとやかな恋人のところへお忍び”の“おしとやかな恋人”が、芙蓉の花なのは当たりだったけどな。“お山にいこう”に、かく乱されたか…。まさか、清流の隠し部屋から抜けていく、修行場所の裏山だったとはなあ…」手を頭の後ろで組み、天井を見上げる涼一。


「そう言えば、飛呂之さん言ってたよ。芙蓉ならうちの庭にもあるって。それに、アルバムの写真にも確かに写ってた」

「そうだよな。それに、翔太くんが言ってたんだよ。隠し部屋に行くことを“お忍び中”と言うんだって。何かひっかかりを覚えたんだが…ああ、悔しい。気づかなかった」


「羽龍もさ、アルバムの中にあったんだよな。見開きで4枚一組×4宿、みたいに勝手に思っちゃったもんだから、見開きのうちの4枚目も清流に関係するものかと思ってたけど、最後のは伯母さんのだったんだな」

「写り方が小さくて、わかりづらかったというのもあるがな。でも考えてみれば、龍だって何気にいろんなこと話してたんだ。羽龍のことを知っていること、その特徴。それと役割もだよ。伯母さんが伯母さんらしくいるために必要なもので、伝えるときに必要なもの」


「伝えるときというのは、伝授じゃなくて、電話だったというのはなあ」

 思わず笑い出す二人。

「羽龍のことは、紗由も話してたんだろ?」

「ああ。おばあさまのお人形には羽が生えてるって、温泉に浸かりながら言ってたよ。龍の背中を触りながら、ここに羽だって」

「まさしく羽龍だ」

「まあな」


「だけどさ、伯母さんも、お祭りの写真というのは知らないと言ってたな。ちょっと、そこだけ引っかかる。あの後、また社長室も探したけど、祭りの写真なんてなかったし。哲ちゃんが言うように、たまたま見た雑誌の写真だったのかな…」

「哲ちゃん?」

「ああ、紗由が社長室来たのって、たぶん龍が届けものをしてくれたときだ。俺が、洋子さんと龍と3人で会ってる間、哲ちゃんに紗由のこと見てもらっててさ、アルバムを見てたのは確かなんだ。あとは、部屋にあった雑誌も見てたらしいから…」

「紗由の気を引く、お祭りか…。今回の件とは関係ないかもしれないが、少し気になるな」


「おそろいで祭りのハッピでも作って機嫌とるか」からかうように言う賢児。

「もう周子に頼んである」

「はあ?」

「清流のお祭りの写真を、翔太くんが龍にメールしてきたんだよ。紗由が翔太くんのハッピ姿を見て、紗由も着るってきかないんだ」

「兄貴…いちいち聞いてると、そのうち御神輿買ってくれって言い出すぜ」

「それに関しては、作ってくれと言われている」無表情に答える涼一。


「…頑張ってね。俺には何もできないけど」賢児の答えに涼一が何か言おうとしたとき、それを遮るかのように賢児が言葉を続ける。

「あとさ、兄貴はどう思う? 親父が俺の部屋の家捜しを玲香に手伝わせようとしたこと。あの時点では、親父は俺たちにやたらなものを見せないほうが、よかっただろ。何だったんだろうな、あれ」

「…知りたいか?」ニヤッと笑う涼一。

「知ってるのか、兄貴」

「俺もさすがに妙な気がしたからな。今日、車の中で確認した。ところでお前、羽童が何をするものか知ってるか?」


「はっきりとは知らないけど、翔太の話を聞いてると、あれがあると悪いことを考えなくなるみたいだな。あと、何かに騙されたりしなくなって、目が良くなる…だったかな」

「つまり羽童は、宿の人間が“命”の力を悪用しないように、精神状態を制御するという役割がひとつ。

 それから、翔太くんの言う“目が良くなる”が、もうひとつに当たると思うんだが、宿の継承者の中で、認められた者だけが、羽童から何らかの特殊能力を継承する。

 …それで話を戻すが、親父が玲香さんに探し物を頼んだ理由だが、あれはアルバムを見つけてほしかったわけではないらしい」

「まさか、エロ本とか言うなよ」眉間にしわを寄せる賢児。


「あー、その点は今度確認しておく」真面目な顔で答える涼一。「それでだ、理由なんだが、あの水晶を見つけてほしかったらしい」

「羽龍が咥えている水晶のことか?」

「ああ。どうやら、伯母さんは親父とは…電話というのがいいのかな、この場合は。いや、伯母さんから一方的に送りつけるだけだったみたいだから、電報かな。夢で時々な。

 それでどうやら、龍と話ができないから、水晶を見つけてくれと、伯母さんが言ってきていたらしいんだ。龍に話を聞いても、玉は持ってないというだけで埒が明かない。伯母さんとの通信は一方通行だから、親父も困ったんだろう。

 紗由は紗由で、どんどん、いろんなことを当てだすし、親父は自分の封印を解くことも考えたようだ。でも、その封印の仕掛けが屋敷内にあるのはわかってたが、具体的な在り処までは知らなかった。

 だから、その二つ、羽龍の水晶と、自分の封印の仕掛けを探してくれる人が欲しかったんだよ。しかも、下手に仕掛けを壊さない人間。羽童が一緒だと、その手の仕掛けにはどうやら手出しができないらしい」


「でも、玲香にはそんなものを探し当てる力はないよ。継承者じゃないんだから」

「だから、翔太くんを召還したのさ。リクエストしてただろ、食事の時に」

「翔太の東京行きは、たまたまだろ。玲香だけしか来ないかもしれなかったじゃないか」

「龍から先に聞いてたんだよ、翔太くんが東京に来ることを。タイミング的にラッキーだったというわけさ」

「…なるほどな。あんまり自然な流れだったから、偶然、翔太を探し物に参加させたみたいな気がしてたけど…はいはい、これだから政治家は嫌いなんだよ」口を尖らせる賢児。


「まあ、そう言うな。玲香さんの力も借りたかったのは事実のようだ。初めて家に来て食事したとき、親父のネクタイピンを見て、玲香さんがいろいろと言っていたんだってさ。ほら、伯母さんからもらったラブラドライトのタイピンだよ。

 彼女が、パワーストーンに詳しいのは、その時よくわかったらしい。一般人には、さほど有名な石じゃないからな、ラブラドライトなんて。

 だから思ったのさ。封印の仕掛けに何かの石が使われている可能性は高いし、彼女なら、それにも気づく可能性が高いんじゃないかって。

 …実際、紗由のお土産の石は持ってきてくれただろ。それに、翔太くんが羽童と一緒にいたから、お前も玲香さんも、ソファーの下の水晶には手を触れなかった」


「そういうことか…。なるほどな。あのときは…なんかこう、圧倒される感じで、それ以上は手が出せなかったんだ」賢児が深く溜め息をつく。「でもさ、親父は大丈夫なのかな。要は、封じてても、電話機なしで受け取れちゃうんだろ?」

「確かに、男でも“命”にはなれるらしいが、今は問題ないようだ。それに、あの伯母さんが、親父の危険を放っておくはずはないさ」

「まあな」


「…あとはそうだな、お前が気にしそうなところだと、清流のほうで起きている事件か」

「うん。文書に関して、玲香と二人で読み解いたこともあって、ちょっと気になってるんだ」少し気弱に笑う賢児。

「伯母さんが、飛呂之さんのところへ行くと言っていることだし、そのときに玲香さんとお前も同行して、もう少し事情を確認してみろ」

「ああ、そうするよ」


「…さてと、今日はいろんな意味でフル回転だったから、腹減ったなあ。そろそろ出来る頃かなあ」

「玲香も料理うまいから、期待してていいぜ」気を取り直し、自慢げに言う賢児。

「はいはい。…じゃあ、そろそろ龍と紗由を呼びに行くか」

 涼一は立ち上がると、賢児の頭をくしゃくしゃと撫でながら、ドアへ向かった。


  *  *  *


「サラダのドレッシングは、何味にしましょうか」

 玲香がキュウリを刻みながら聞くと、周子が関心したように玲香の手元を覗き込んだ。

「手際いいのねえ、玲香さん。あっという間に夕食の準備が終わっちゃったわ。今度いろいろ教えてね」

「あ、そんな、とんでもないです。…でも、大量な下ごしらえとか、家で手伝っていましたから、炊き出しでもあったら、お呼び下さい」ニコッと笑う玲香。


「あら、本当にお願いしちゃおうかしら。お義父様がらみの行事のときは、ここだけの話、けっこう大変なの。お手伝いさんにあまり甘えると、後援会の方の目が厳しいし」

「いろいろと、ご苦労がおありなんですね…。あの、いつでもお声かけてくださいね。私、けっこうそういうの好きなんです」

「ありがとう。…ふふ、妹ができたみたいで楽しいわ。というか、早く妹になってね」

「それは…」赤くなる玲香。


「それと玲香さん、私ね、あなたに謝らなくてはいけないことがあるの」一転して厳しい表情になる周子。

「何でしょう?」

「紗由が玲香さんにあげたビー玉の中に、あの針水晶を入れたのは私なの」

「え?…それって、どういう…」驚いて周子を見つめる玲香。

「えーと、どこから説明しようかしら。紗由はビー玉が大好きなの」

「はい。私にお土産をくれたときも、そう言ってました」

「外で目に付くと、皆が紗由に買ってくるもんだから、紗由の部屋にあるビー玉入れは、こーんな大きさなの」自分の腕を輪にして見せる周子。


「ちょっとした水槽ぐらい、ありそうですね」

「ええ。プラスチックケースで、普段は鍵をかけてあるの。誤飲したら危ないし、床に落ちたビー玉で転んだりしても危ないでしょ。…つまり、私がいないと、まず紗由はビー玉を外には持ち出せないの。だから、玲香さんが、お土産のビンから持ってきたと言ったときは、ばれちゃうかと思ったの。…でも、誰も気づかなかったわ」

「はあ…。男の人って、子育ての細かい配慮とか、母親がしていることとか、わかってないんですよねえ…」


「うん…まあ。でも、涼一さんは紗由のことを本気で心配してたわ。きっと余裕がなかったのよ」苦笑いする周子。「でね、何でそんなことをしたか、その理由なんだけど…」

「龍くんが、ビー玉入れにあの水晶を入れたのも、ご存知だったんですか?」

「知ってたわ。紗由と一緒にビー玉を出して遊んでいたときに、龍が来て、何かを入れていったの。紗由はそれにすぐ気づいて、しかも気に入っちゃって。

 ほら、紗由は黄色が大好きでしょう。あんなに綺麗な黄色の宝石が目の前にきたら、そりゃあもう、大騒ぎよ」クスリと笑う周子。


「あの、正直私も、その点はちょっと不思議に思ったんです。高そうな宝石だということを別にしても、紗由ちゃんが大好きそうな石なのに、どうして私にくれたのかしらって」

「あれをね、気に入って、いつも通園バッグやリュックに入れてたわ。龍は時々、紗由のビー玉を足してくれてたから、最初はそんなに不思議にも思わなかった。本物の水晶なのはわかったけど、龍が元々持っていたものなんだと思ったから」

「おばあさまとか、グランパからいただいた物かもしれませんよね」


「でも、しばらくして紗由の様子がおかしくなり始めたの。何かを当てたり、不思議なことを言ったり。

 そして、よく見ていたら、紗由がそういうモードになるのは、あの水晶を持っている時だと気づいたの。だから、あれを取り上げてみたり、いろいろ試したわ。…で、やっぱり関係があるって私なりに結論付けた」

「それで、紗由ちゃんから、あの水晶を遠ざけようとしたんですね」


「ごめんなさい。本当のことを涼一さんに言えば、龍が入れたものだとわかってしまいそうで。龍が、紗由のためにならないことをするとは思えないけど、涼一さんは、ずっとぴりぴりしてたから、そういうことを告げていいものかどうか、よくわからなくて…。

 だけど、あなたなら…持っていてもらっても大丈夫だと思ったの。もし何か、困った変化が出てきても、翔太くんが力になってくれるかと思って…本当にごめんなさい」深く頭を下げて詫びる周子。


「頭を上げて下さい、周子さん。私なら大丈夫ですから。おっしゃるとおり、私には翔太がついてます」玲香がニッコリ笑う。

「…ありがとう、玲香さん。…でも、あの水晶、本当に不思議よね。あれを傍に置いているときって、以前のことをよく思い出すようになったというか、気がつくようになったというか。それに…龍の気持ちは時々流れ込んでくるような気分になったの。聞いても、ちゃんとは教えてくれなかったけど」

「周子さんは、変化を体感できたんですね」

「体感というほどのものかどうかは…でも、何となく…ええ」

「でもまあ、あるべき場所に戻ったわけですよね」

 周子に微笑みかけながら、玲香は思った。

“西園寺家の血筋ではないのに、どうして反応できたんだろう、周子さんは…”


「よかったです、何はともあれ。紗由ちゃんも龍くんも無事が保障されて。…でも、お気に入りの水晶を取り上げてしまったら、紗由ちゃん大丈夫だったんですか?」

「代わりのビー玉を山ほど用意して何とか」

「ふふ。紗由ちゃんとしては、何だか得しちゃったみたいですね。…じゃあ、このことは、ここだけの話ということで。気づかない人たちが不注意なだけですから」

 玲香は周子に微笑みかけると、オーブンから皿を取り出し、ワゴンに乗せた。


  *  *  *


「始まってしまったわね」

 心なしか、はしゃぐように言う華織に、躍太郎が厳しい目で言葉を返す。

「今そこまで始める必要があるんだろうか、華織」

「必要なことよ、この先に進むのは」

「“命”の任に再度就くことは僕も賛成だ。宿も復興させたい。だが…僕たち以外の人をすぐに巻き込むのは…。第一、君が動くことで龍に何かあったらどうする」

「あら、私を誰だと思ってるの、黒亀のご主人。龍に災いが降りるようなら、私がそれを受け取って阻止してみせるわ。…それだけは、何があっても」

 きつい目つきで躍太郎を見上げる華織。


「天馬のときのことだってある。いくら君の力でも…」

 躍太郎の言葉を遮るように華織が言う。

「そのことは何度も話したはずよ」

「華織、清流にも絡むことだとすれば、翔太くんだって巻き込まれる可能性があるんだぞ」

「…そうね」


「華織!…だいたい、賢児と玲香さんが相談に来たばかりじゃないか。文書を読み解いていったときに、翔太くんが危険にさらされる可能性に気づいたと」

「大丈夫よ。…あの子なら、大丈夫」

「いい加減にしろ。彼はまだ6歳の子供なんだぞ。龍より下だ」

 華織はソファーを離れると、窓際に立って外を眺めた。

「翔太くんに、龍と紗由。豪華メンバーだわ…」


  *  *  *


壱ノ巻 終 続いて 弐之巻その1へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。