05 出て行く
05 出て行く
兄貴が戻って三年目の春、新しいハウスの計画が出た。
温度も水も肥料も、自動で管理するという。広さは今の何倍もあった。
居間に置かれた図面を見て、俺は必要な人数を尋ねた。
「今の人間では無理や。収穫は機械がしてくれるんか」
「そこは順次、雇えばええ」
「誰が教えるんや。給料を払えるまで、どれだけかかる」
「最初からできん話ばっかりするなよ」
兄貴は椅子に背を預けた。
「ビジネスはタイミングや。今なら銀行も貸してくれる」
「貸してくれる金と、返せる金は違うやろ」
俺は返済の試算を指さした。
「この収量、毎年出せると思ってるんか。単価が下がったらどうする。燃料が上がったら?」
「ええ加減にせえ」
祖父が声を荒らげた。
「優秀な兄の足を引っ張るな。自分に思い付かんことを、恭一は考えとるんや」
「思い付かんのと違う。俺が毎日やってるから、足りんところがわかるんや」
母が目頭を押さえた。
「兄弟で、どうして応援できへんの。情けない」
俺は母に聞いた。
「俺が一回でも、もうできへんって言うたら、聞いてくれたか」
返事はなかった。
「兄貴に週に一回、ハウスへ来てくれって言うたのも、わがままやったんか。俺がおらん日、誰が見るんや」
祖父が立ち上がった。
「そんなに不満なら出ていけ。ここはお前の家やない」
母も兄貴も、祖父を止めなかった。
俺は図面から手を離した。
「わかりました」
声は、自分でも驚くほど静かだった。
「不満なので、出ていきます」
***
荷造りは、一晩で終わった。
服と工具、教科書。通帳と、自分名義の借金を返し終えた書類。それから、栽培のノートを箱に詰めた。
母が戸口に立った。
「爺さんも、言いすぎたんよ」
「そうか」
「あんたまで、本気にせんでも」
俺は箱のふたを閉じた。
「俺が出ていったら困るんか」
母は答えなかった。
「困るんやったら、あのとき言うてほしかった」
翌日、兄貴に管理の記録と取引先の一覧を渡した。引き継ぎに必要なことを説明し、機械の不調も伝えた。
兄貴は紙をめくりながら言った。
「ほんまに辞めるんか」
「ああ」
「落ち着いたら、戻ってきたらええから」
俺は、自分の軽トラへ工具箱を積んだ。
その言葉を、帰る場所の約束だとは思えなかった。




