〈6〉同じことを思っている
警察署に提出する自動車の車庫証明で家主の名前が必要で老人ホームに父に会いに行った。
父はそこで兄と俺に言った。
「家にある刀を鎌倉の八幡宮に寄贈して欲しい」
実家には刀がある。
それは父が田舎から渡され家宝として持ってきたものだ。
一族の者で知る者はいない。
父の実家の後継ぎさえ知らない。
俺も一度しか見たことがない。
父はその刀を鎌倉八幡宮に収めて欲しいと。
八幡宮に鎧があって、その鎧は見たことがあり、うちのものではないか、と父は思っている。
父は戦時中、戦争のどさくさに実家が乗っ取られそうになったことを話し始めた。
兄は知っていたのか俺は初めて聞く話だった。
山形の父の実家は大地主で家は漆塗りで出来ている。相当なお金持ちだったみたいだったが父は幼くして両親を失い、戦時中に家を乗っ取られそうになったらしい。
父はその乗っ取ろうとした女に自分のランドセルや多くのモノを捨てられ存在しない者として扱われそうになったと。財産も全て奪われそうになったが、年の離れた長男が戦争から帰ってきて財産を奪い返し乗っ取られずに済んだと。宮﨑の名前が名乗れるものそのおかげだと。
あまりにも話も出てくる人物も知らないし複雑すぎて聞いている俺にはよくわからなかった。
ただわかったのは父もまた幼少期に辛い体験をし、今もなお引きずっている。こと白内障で目が見えなくなり、昔のことを、心に引っかかってることを思い出すことが多くなったのだろう。
家を乗っ取ろうと者たちを決して許さなかった。父に謝りに来ても許さず、母が許してあげれば、と父に言ったことがあると兄が言っていたが、父は許さなかった。
「赤の他人なのだから決して家に上げるな!」と言った。
正直、誰のことを指しているのか分からなかったが母が亡くなった時、葬式に顔を出した連中のことだと言われ分かった。あのとき親父は母のお葬式なのにその者たちが来た途端、不機嫌になった。
今の親父の願いは、家にある刀を鎌倉の八幡宮に収め、年に一度、披露するときに知らせの手紙が貰えればいい、と。
俺は父に、「ならその刀を見るために目の手術をしよう」と言った。
一度、白内障の手術をする予定だったが、父が怖がって辞めた経緯がある。
それでも目が見えないより、見えた方がいい。
俺に奥さんがいて子供でもいれば、孫の顔見たさに喜んで手術するかもしれないが、俺も兄も独りみ。
せめて刀が鎌倉で飾られているのを見に行こう。見るために目の手術をしようと持ち掛けた。
父はまた考え始めてくれた。九十になっても目が見えるものなら見えた方がいい。
そして、父はポツリと呟いた。
「どこで、こうなってしまったんだろう……」
父もまた俺と同じことを思っていたのだ。
父も家族の幸せを求めていたのだ。
五十七にもなって父への憎しみはない。
幸せよりも不幸の時間が長かった父に憐れみさえ覚える。
けど、一緒に暮らすことはできない。
人には相性というモノがある。たとえ家族でも。
幸せって遠い。
そう感じるのも遺伝。
五十七歳の俺には、幸せをとてつもなく遠いものに感じた。
マグネシウム、メラメラ燃える。
せめてその残像が誰かの心に残ってくれたら……。
〈おしまいです〉
自分の中の一区切り。
ほんと、母の指輪が入ったあの箱を取っておけば。
そんなさほど場所をとるわけでもないのに。
でも、ここから幸せを掴むのは遠いが、
足の速い人もいれば遅い人もいる。
生き方がうまい人もいればへたな人もいる。
そういうことなのかな。




