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Mg  作者: 東京卑弥呼
5/7

〈5〉幸せは笑顔

練馬から三十七年ぶりに相模原に戻った。

町も人も変わっている。親しく話せる人もいない。

でもそれは練馬にいても同じだった。

だが唯一楽しみにしていたものがあった。

それは和光の体育館で行われているボディコンバットという格闘技エクササイズだ。

もう二十年はやっている。

俺は最近のボディコンバットはどうも音楽が乗れない。曲で人の心を掴むという感じがしないので好きではなかった。けど和光にはボディコンバットの初期のナンバーをやってくれるインストラクタ―がいる。

二十年やっている自分でも知らない初期のナンバーが流れる。

俺は彼女のボディコンバットが好きだった。

東京を離れるとき唯一後ろ髪惹かれたのは彼女のボディコンバットが出来なくなる。

そう思っていた。

それぐらい素晴らしい選曲。バックナンバー。

この選曲なら超満員は当たり前。

しかし、四十人入るスタジオはいつも十人ほど。


ありあえない…


この選曲で、この古いナンバーで十人なんてありえない。人が入らない理由は分かっている。

それはただ知られてないから人が入らない。至って単純なこと。

良いものが必ずしも多くの人に知られるとは限らないことを俺は知っている。

練馬から相模原に戻って和光までは片道三十五キロ。車で一時間半かかる。

実家に戻る前は、「実家に戻ったら和光でのボディコンバットは終わりだ」と思っていた。

でも、たった一時間半。ゴルフ好きの人なら一時間半かけてもゴルフに行く。昔はラーメンの神様、山岸さんの大勝軒に1時間半ぐらいならんだことがある。

楽しいものを捨てるなんてもったいない。

それが今の生活の唯一の楽しみなら尚更だ。


行かないで後悔するより、行って後悔しよう。


俺は相模原から和光まで通うことにした。

相変わらずレッスンの参加者は十人ほどと少ない。

けど俺はいつものようにボディコンバットで気合の声を出す。声を出すのはほぼ俺だけ。

それでも俺は「えい!」と声を出す。別に恥ずかしいとは思わない。それがこの場を盛り上げると思っているし、俺が声を出すと微笑むお客さんもいる。インストラクターの彼女もどこか微笑んでいるような気がする。

俺はインストラクターの彼女の笑みをみて悟った。

幸せって自分をみて微笑んでくれる女性がいるってことじゃないだろうか?

笑顔が人を幸せにする。

幸せがない、幸せがないと思っていたが、その幸せは笑顔じゃないだろうか?

笑顔の絶えない家庭。

うちはそんな家庭ではなかった気がする。

そんなことをインストラクターの彼女の笑顔を見て思った。

彼女といっても歳は四十代中盤から後半ぐらいで人妻だ。

例え好きになっても道ならぬ恋。

ただ幸せが何か、この歳になってようやく気付いた気がする。今まで全く考えもしなかったことだ。

女の笑顔、それがうちにはない。圧倒的にない。

俺を見て笑ってくれる、微笑んでくれる。それが足りないんだ。


幸せって何?


幸せとは好きになった人の笑顔。好きになった人が自分を見て微笑んでくれる。

それに心底、癒されるんだ。

うちには母が病気になって以来、人を和ませる優しい笑みが全くないんだ。

俺は彼女の笑顔をみてそう思った。

少なくとも今は彼女の笑顔が俺の心を癒してくれる。お客さんの笑顔が俺の心を癒してくれる。

俺はまた「えい!」と一人掛け声を出すだろう。





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