433 白い狐
「おーい」
リゲルこと春日星輝は、聞き覚えのあるその声に気づくと、声の方を見た。
星輝の少し前を歩いていた蒼が足を止める。
「どうしたんスか?」
「あー……」
蒼から目をそらす。
どう説明しよう……。そう考えている間に、声の主が後ろに立っていた。
「や、終わった? ……って、あれ? だれ?」
月影優正。職業、詐欺師。35歳ほど。
優正は蒼を見つめて、少し首を傾げた。
少し黙った後、なんとなく察したのか、「あーなるほどね」と呟く。
「俺は優正だよ、よろしく。ところでこいつ、もう名乗った? 人見知りだからさぁ、よく初対面の人に名乗らないことがあるんだよ」
そう言ってリゲルの肩に手を回す。まるで大学生のノリだ、と少し呆れたが、顔には出さないようにした。
言葉の後半が少し説明臭い。まあ、リゲルが何と名乗ったか確認するためだろうが。
「え、名乗ってましたっスよ? 春日星輝さんっスよね?」
疑いもせず蒼は答えた。
リゲルの肩に腕を置いたまま、優正は笑顔を崩さずに「そ、それならよかった」と言った。
「ところで星輝サンとゆうせーさんはなんでここに……一応立ち入り禁止っすよ?」
俺も入っちゃってるけど、と独り言のようにつぶやいた。
「特に理由は……」
「噂だってあるんだし、危険だから立ち入らない方がいいって」
優正と星輝は大学生で、年もそんなに離れていない、と思い込まれているのか、やけになれなれしい。
実際は、35歳と23歳なのだが。
「噂? どんな噂が? あ、もしかして『鬼が住んでる』とか~?」
ニヤニヤしながら優正が聞く。
「惜しい~。狐に呪われる、でーす」
優正につられたのか蒼もニヤリと笑みを浮かべた。
「狐……」
ふいにそんなことをつぶやいた。リゲルは少し疑問を持つ。
まあここで聞いても教えてくれないだろう、と少し肩をすくめ、蒼の方に向きなった。
「その噂の狐って、どんなものなんだい? 見た目とか……尻尾の数とか……名前とか」
両手を頭にやって狐の耳のマネをする。
蒼は首を傾けた。
「名前……さあ?」
「ええ? 名前は無いの?」
「聞いたことねー」
「そっか~」
「オカルトとか興味あんの? 名前、今度じっちゃんに聞いてみるよ」
「オカルト? ……そうだよ~。最近、ホラゲ実況にハマっててね。実況者の絶叫が面白いのさ」
笑いながら話す優正に、ドSすぎ、と蒼は笑った。
優正は山の頂上を見上げた。彼が黙ったことでさっきまでの柔らかい雰囲気は消えて、場が静まり返る。
「……狐の名前の話に戻るんだけどさ、本当にないの? 例えば――狐白、とか」
振り返って妖艶に笑みを浮かべた。赤い瞳がキラリと光る。
白いサラサラの髪が、月明かりの下で輝いた。
「さあ……知らんっすね」
「そうなの? じゃあ今度じっちゃんさんに聞いてきて~。ライン交換しよ、結果教えてね」
スキップをしながら蒼に近づき、スマホを取り出す。
電波がないことに気づくと、「じゃあ早くこの山降りようよ」と子どものように急かした。




