小話8 小さなお客様3
「おっと!」
飛び込んで来たネコを受け止め、抱えるマスター。対してネコは、何事も無かったようにマスターに頭を擦り寄せた。そして、小さなその身から「グゥッ」とお腹の虫が鳴る。
「……おなか、空いてる?」
『ニャオ?』
不思議そうに小首を傾げる、ネコ。マスターは苦笑をこぼし、一度テーブルの上に降ろす。無抵抗のままテーブルに足をつけたネコは、マスターの背中を眺めながら、その場でうずくまる様にして座り込む。
やがて底が深めの皿を手に、マスターが戻って来る。その皿へ視線を向けたネコは、皿の動きに合わせて頭を動かす。皿はネコの前にコトリと置かれ、追っていた視線も下に向く。僅かに立ち上る湯気を顔で受け、鼻先を皿に満たされた液体に近づける。
「ぬるめに温めたミルク。どうぞ」
『……!』
危険は無いと判断したのか、ネコは立ち上がり恐る恐るミルクを舐めた。
『!』
しばらく確かめる様に舐めていたネコは、美味しいモノと判断したらしい。ゴクゴク飲み進める。
無我夢中に飲むネコの頭を、そっと撫でた。それでも一心不乱に飲む姿に、微笑ましさとどこさ寂しさを滲ませた表情で眺めるマスター。
「こんな所に迷い込むなんて。でもキミはもう、帰らないと」
『……にゃあ?』
ミルクから頭を離し、マスターの顔を見上げるネコ。ネコはマスターが何を言ってるのかを理解できなかったが、返事代わりに鳴く。
頭を撫でていた手で、クビ下を軽くかいてやる。すると気持ちがいいのか目を細め、くるりと横になりお腹を見せた。
「……ここは、"キミのいた世界じゃない"。だから、"生きていけない"んだよ」
マスターの呟きと同時、ネコの身体が銀色の光に包まれる。
『ニャー! ニャー!』
「ごめん、お別れみたい……もし"向こう"であの人に会ったら、よろしくね」
『ニャー!?』
光はどんどん強まっていき、やがて宙に溶け込んでしまう。そこにネコの小さな姿は、無い。
気づけば雨音が、消えている。マスターは店を出て階段を下ると、空を見上げた。雨によって冷えた風が吹き、雲間から淡く優しい光を放つ月が顔を出す。
「……可愛い小さなお客様。ご来店、ありがとうございました」
次回は、月曜19時更新予定です。




