小話7 一般人も楽じゃない
とある商店街の一角に、その店はあった。
大きなビルに挟まれた、細い階段の先。「営業中」と書かれた縦長のプレートが、ドアにかけられている。
ここは知る人ぞ知る、噂の喫茶店。老若男女関係なく、多くの人々が訪れる場所。
夜の闇へと空が染まり始めた頃。退勤時間帯に差し掛かった道路は、車がズラリと並ぶ。赤いテールライトが一本の曲線を描き、一種の幻想的なものに見えて来た。
その曲線を外れたタクシーから、一人の青年が降り立つ。上着の襟は立て気味で、目深に被った帽子。フチが緑色の眼鏡をした彼は、人目を避ける様に急ぎタクシーを離れる。
「……はあぁ」
歩道をいくらか足速にかけ、充分距離を取った所で小さくため息をつく。青年と言っても、垣間見える顔立ちは幼さを感じられる。二十代手前、大学生くらいだろうか。体にフィットするような小さめのバッグを背に、通りを歩く。
「……僕は、もっと自由でいたいのに」
バッグのベルトを両手で握りしめ、か細い声で呟く。その声は空気に溶け、誰も気づいていない。
やがて横断歩道前で、信号待ちをしているとどこからか、コーヒーの香りが漂ってきた。
「少し、変わった香り」
何が変わっているのか、分からない。しかし、彼の好奇心を刺激するソレは見捨てて置けなくなる。踵を返し、香りを辿っていけば、ビル間に挟まれた入口を発見。特に目ぼしい看板も無く、階段の先に扉があるだけだ。
「……」
しばらくジーっと見つめていた青年は、意を決して階段を上っていくのだった。
次回は、月曜の19時更新です。




