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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
6 ハムちゃんの冒険譚
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9 いざ聖廟へ

 エリック王子が血塗れでケージに近づくと、()()()()()()()()()が集まった。すっかり餌をくれる人として認識されているようだ。ケージの下では黒い仔犬が上にいるハム達を気にしてかウロウロしている。


「殿下……取り敢えず、その格好を何とかした方が良いですね。ハムスターは綺麗好きですから」


 バーン侯爵はそう言いながら、懐から干し肉と思しき棒状の塊を取り出して、仔犬に与えた。落ち着きが無かった仔犬は塊を咥えて一瞬大人しくなったが、その後塊を勢いよく喰み出して辺りにバリバリと良い音が響いた。


 何か……お煎餅みたい。


「こっちの子も謎の魔法陣で仔犬になったのかな?」


 エリック王子が血塗れのまま、足元で無心で肉を喰む黒い仔犬を指してオスカーに訊ねた。オスカーが答える前に、バーン侯爵が二つ目の塊肉を取り出しながら言った。


「いいえ、こっちはブレイク公爵令嬢の使い魔で、()()シニャですよ」


「アノシニャ?」


 エリック王子がコテンと首を傾げると、オスカーがシニャと言う珍しい魔獣の事だと教えてくれた。


「ササキサンは ブレイク公爵令嬢(ご主人様)が大好きなのよね?」


 アークライト伯爵が肉塊をバリバリ咀嚼する仔犬ササキサンを撫でた。どうやら魔獣の名前がシニャで、個体の名前はササキサンらしい。


「では着替えて来るよ。サイラス、手伝ってくれる?」


「はい」


 王子は大抵の事を一人でやってしまい、私は着替えなど手伝った事がこれまで無かったのだが、この日は何故か手伝って欲しいと言われ、王子に続き、天蓋へと戻った。そして、天蓋の奥に進みながら、私に方には目をくれずに王子は言った。


「サイラス。君って何者だい?」


 ええっと?


「何者?」


 困った時は相手の質問を繰り返す。便利な処世術だと思ってよく使っていたが、今回のこの場面で良い方法なのかどうかは謎だ。王子は一人で適当な服を選んで、血塗れの服を脱いで此方へ寄越した。私が反射的に受け取ると、王子と目が合った。いつもの柔和な印象は無く、古びた建物の中にいた黒髪をした王子を思い出させた。


「君は何故髪色を変えている?」


 私が黒髪の王子を思い出した事を見抜いたかと思えるようなタイミングで髪色の事を指摘された。確かに、私の髪色は魔道具を使って変えているが……

 私は唐突にハムちゃん(アリソン)が、魔道具を手にして教えてくれた事を思い出した。


「ああ、寝ている時……」


 髪色が元に戻ってしまうと言っていた。王子が眠りに落ちている銀髪の私を見た可能性は高い。そう考えている間に、眼前の王子が私の両腕を持って『腕輪ではないのだね』と言い、更に私との距離を縮めた。ガリ王子の顔が非常に近い。


「えーと」


 貴方のお母様に殺されかけて、お祖父様に手駒にされそうになっていると素直に言えばガリ王子は納得するのだろうか?

 そうしている間に、王子は私の首に手をかけた。と、思ったら制服の留め具を器用に外して首にかかる鎖へ手をかけると、オスカーとオリヴィエが用意してくれた魔道具を素早く引っ張り出した。


「……君、しかも女なのか?」


 王子が凝視しているのは、私のお胸……ではなく、首元あたり。喉仏が無い事を指摘していたのだと言う事は後から気がついた。暫し私の首元あたりを見ていた後に、私の身につけていた魔道具をエリック王子は右手で包み込むように握った。途端に、王子の髪色が茶色く変化して私の髪は……自分では見えていないが多分銀髪に戻ったのだと思う。


「ははは……」


 笑って誤魔化すしかない。と、思った訳ではなく、ほかに出来る事がなかっただけだ。

 魔道具を手にした王子は呆れたように溜息を吐くと、魔道具から手を離して元の榛色をした髪へと戻した。


「これも君の仕業だろう?」


 王子はそう言って、血塗れの服を指で摘むと広げて見せた。衣服は見事に裂かれて、あちこち赤く染まり、まだ新鮮な血の匂いを放っている。血塗れの衣服越しに見える王子には、上半身裸だが傷らしきものは見当たらない。


「ええと……」


 ミドリちゃんの仕業なんだよね。


 私が曖昧に笑いながら首を傾げると、王子は溜息を吐いて『まあいい、助かったよ』と言い、血塗れの衣服から指を離して、新しい服を取り出すと一人で着込んで行く。


「……折角助けてもらったが、死んだ方が一番丸く収まったのかもしれないね」


 エリック王子がそう言うのとほぼ同時に、天蓋の外から声をかけられた。ヘイワード師団長の声だ。王子は肩を竦めると『時間切れか』と、いつもの微笑みを顔に貼りつけた。


「これからも君の事はサイラスと呼ぶ事にするから」


王子はそう言うと、天蓋を出て行ったのだった。とりあえず、見逃してくれた……と言うなのだろうと、私は魔道具を再び懐へと仕舞う。そして、王子を追うように天蓋を出ると、先を進むエリック王子の背中を遮るようにヘイワード師団長が佇んでいた。私の姿を確認した師団長は無言で踵を返して、王子の後へ続いた。いつの間にか空は白んで、私達の進む先には先程まで見えなかった古びた石造りの堅牢そうな建造物が見えたのだった。



「さて……魔獣騒ぎで早く起こされてしまいましたが、食事を摂ってから聖廟に入りましょうか」


 見れば、大きめの天蓋は粗方片付けられて、出立の準備を粛々と進めていたようだ。ガリ王子はいち早く、ハムスター達の傍に陣取り、餌付けを始めている。どうやら、食べさせ過ぎないよう、ジェフリーが見張っているようだ。ミドリちゃんと白い小人がケージの上に座っている。


「エリック殿下……食べさせ過ぎです。ご自身の食事に集中して下さい」


 ジェフリーがケージをエリック王子から遠ざけると、王子は名残惜しそうにハムスター達を見ていたが、自身も食事を摂ることにしたようだ。ミドリちゃんが笑い、鈴が鳴るような音がする。


「おーい、世話係」


 バーン侯爵が私に声をかけると、ポシェット……のような品を二つ私に手渡した。

 どうやら、聖廟にある門は護送馬車が通れないらしく、ここからは馬若しくは騎乗可能な魔獣に乗っての移動らしい。この先は移動に不向きなケージではなくポシェット状の鞄に入れてハムスター達を持ち歩くからと侯爵は説明してくれた。鞄を見てみると、ご丁寧に中の様子が見えるように網目状の生地が使用されている箇所がある。


「いいか、エリック殿下には持たせるなよ」


 バーン侯爵が私にそっと耳打ちするので、思わず笑みが溢れた。

 私は アリハム(アリソン) ヴィンハム(第二王子)を鞄に入れると、ヴィンハムをジェフリーへ手渡して持って欲しいとお願いした。アリハムの鞄を斜めにかけた私の方を物欲しそうにガリ王子が見ていたが、見なかった事にして、聖廟へ向けて出発……は、出来なかった。


 私が馬に乗れなかったのだ。いや……正確には乗るだけは出来るが、思う方向に動いてくれない……と言う状況だ。右へ左へと好き放題動く馬に白い小人が何やら話しかけている。


「私と移動すれば良い」


 エリック王子がそう言うと、私の後ろへさっと乗り手綱を見事に操って見せた。アリハム目当てだろうか……バーン侯爵が肩を落として溜息を吐いていた。ヘイワード師団長も若干不機嫌そうに見受けられる。


「……さっさと行こう」


 オスカーが溜息混じりにそう言うと、今度こそ一行は北の聖廟へと入っていくのだった。

 

「まぁ……聖廟の中って明るいのね。」


「おや、長生きしているのに初めてだったとは意外だな」


 アークライト伯爵がそう言うと、後ろにいるバーン侯爵がそう言い、口の端を上げて笑った。何故かこの二人がバーン侯爵の操る馬に乗っている。侯爵曰く、魔獣は護送馬車を見張らせておくのだとか……


「いちいち口煩い男はモテなくてよ」


「いちいち喋ると舌を噛むぞ」


 二人のやり合いにもすっかり慣れてしまった一行は、彼らの好きなようにさせ、黙って聖廟の中を進んだ。アークライト伯爵が言うように、聖廟の内部は薄ら明るく、魔道具の灯りに頼る必要が無いようだ。暫く進むと開けた中庭のような所へ出てきた。庭を囲むように広がる回廊を進み、更に奥へと進む。


「さて……どうなるのかな?」


 私の頭上辺りからエリック王子の声がした。振り向こうとすると、私の背にぴったりと密着して『動くと、危ないよ』と、窘められた。馬の頭に座って此方を見ている白い小人が何か言い、鈴が鳴るような音がして鞄の中にいるアリハムが『きゅきゅきゅ』と鳴いた。


 聖廟の奥は、アーテル国で見た玉座の間くらい広く、何もない空間だった。真正面に別の出入り口と思しき門が見える他は、何もない。一行は、真正面にある門を目指して進み、再び長いトンネルのような廊下を抜けて、樹海……とも異なる森に出てきたのだった。


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