5 集う同行者たち
王の勅命と言いながら出立までに時間を要していた第二王子と違い、第一王子の出立は実に慌ただしい上に騒がしいものであった。五大魔術師の二人は事あるごとに喧嘩になってしまい、エリック王子が笑って仲裁する場面が何度かあったのだ。
アーテル外交の時とは異なり、私の主な仕事にガリ王子が可愛がるペットの世話と言うものが加わった。世話といっても、餌やりくらいだ。ケージに付けた魔石のおかげで掃除や水換えと言った、私が思いつく餌やり以外のお世話は不要らしい。バーン侯爵曰く、とある発明好きの伯爵が作った力作らしい。
「呆れたわ。あのトーレス伯爵にケージを作らせるなんて」
「ヴィンハムとアリハムに不自由させる訳にはいかないからな。彼は喜んで協力してくれたよ」
このトーレス伯爵がアルブス国の発展に寄与した物凄く偉い人だと言う事は、ずっと後に知る事となる。アークライト伯爵が咎めるようにバーン侯爵を睨め付けたが、侯爵は気にする様子もなく、私を手招きして、ケージの魔石を抜き取り手渡した。
「ほれ、お前もこれに魔力を補充してみろ」
困ったな……魔力を補充ってどうやるんだか……
私は首を捻りつつ魔石を受け取った。鈍い白色に光る石は触るとひんやりと冷たいが、そこからどうしたら良いのか不明だ。暫し無言で魔石を見つめるが、目に見えた変化は訪れない。
「おいおい……」
バーン侯爵は私の手から魔石を掠め取り、親指と人差し指で摘むと私に見せるようにした。そして、徐々に石の色が白から薄緑色に変化して行く。恐らく、私はそれを食い入るように見ていたと思う。
「ほれ、もう一個あるから、今度はお前がやってみろ」
悲しいかな、私の再挑戦は失敗に終わった。心なしか、周囲の魔法師団員達の視線が痛い。きっと物凄く簡単な事を頼まれたように思われるのだ……誰かコツを教えてくれないものだろうか。
バーン侯爵は口を開けて驚いていたが、アークライト伯爵はニッコリ笑って『仕事があって良かったですわね、バーン侯爵』と、言うのだった。
出立にあたって、エリック王子が乗る護送馬車には、私とヘイワード師団長にアークライト伯爵、エリック王子とそのペット達と言う一見するとピクニックへ行く感じのするメンバーが乗り込み、バーン侯爵は隊列の最後に位置取り、馬よりひとまわり大きい熊のような魔獣に騎乗して聖廟を目指す事となった。
図体のでかいバーン侯爵を入れるとかなり窮屈になる問題と、五大魔術師の二人を同じ空間に入れると言い争いが止まらないという事情を加味した結果だろう……と、私は思う。
そうこうしている間に、黒い小人は居なくなり、白い小人だけがエリック王子の傍に残った。もしかしたら黒い小人はオリヴィエの小豆色した小人のように、城にいる特定の誰かにくっついているのかも知れないなどと思いつつ眠る王子のペット達を起こさないようにそっとケージを馬車の中へ入れた。
白い小人はこのアリハムとヴィンハムを気に入っているようで、先程から回し車に乗る様子を眺めている。時々目が合うと、照れ臭そうに目を逸らして図体のでかいヘイワード師団長の影に隠れる。
王子はアリハムとヴィンハムが一緒なのが嬉しいらしく、出立初日から餌を与え過ぎてバーン侯爵に怒られていた。
「お前がしっかり殿下を見張れ!」
バーン侯爵曰く、与えすぎも良くないし夜行性なので寝ている時はそっとしておくのだと…私にハムスターの生態についての知識を事ある毎に与え続けた。お小言が多い小姑のようではあるが、ヴィンハムとアリハムの為に黙って従う事にした。
そうしてハムスターを愛でる事丸二日、ほぼ休みなく進み、随分と街道が寂しくなり道が悪くなったと感じた頃に、私たちは馬車から降ろされて一行が樹海の手前までやって来た事を知った。
「さて……樹海の皆と合流だな」
バーン侯爵がそう言うと、ヘイワード師団長が私に向かい『第一魔法師団長の使い魔を』と、私に声をかけた。
「ダン、起きている?」
私がそう言うと、首元にいた毛玉がほんの少し膨らんでから震えた。瑠璃ちゃんがいればいつものように叩き起こす筈なのだが、瑠璃ちゃんは数日前から見当たらない。
「ダン?」
私がもう一度声をかけると、毛玉が一気に膨れ上がり萎んだ後に、よちよちした足取りで私の肩から腕まで降りて来た。
「第一魔法師団長の所まで案内を頼む」
ヘイワード師団長がそう言った後に魔法陣が描かれた布を拡げて、バーン侯爵に手渡すと、ダンは私の腕に掴まったまま、その布に嘴をくっつけるようにした。すると、布に描かれている魔法陣が淡く光り、私たちは一瞬で樹海の中へと移動していた。
これは……転移魔術?
王子に魔法師団員達、馬車も含め、第二王子捜索部隊の全てが樹海の中に移動したようである。ヘイワード師団長やアークライト伯爵はいつもと変わらない様子だが、魔法師団員の中には顔色の優れない者もいる。
「やっと合流できたな」
そこに、溜息混じりの男の声がした。苦い表情をしたオスカーと、その隣にはヴィンセント王子の護衛騎士こと細マッチョのジェフリーが私たちを迎えた。何故かジェフリーの腕の中には黒い仔犬がじたじたと脚をばたつかせている。そして、彼らの後ろには、第一魔法師団で見かけたことのある男たちが、思い思いの服装で控えていた。
「エリック殿下はどこまでご存知で?」
エリック王子は首を傾けて、二人の師団長に目をやりつつ『将軍からは……』と口を開くと続けた。
「ヴィンセント第二王子の行方を探しに北の聖廟を目指すように。と、陛下から勅命があったと聞いたよ。詳細は樹海で訊くと良いとも聞いている」
「……あのオッサン」
オスカーが小さく悪態を吐くと、バーン侯爵はエリック王子の視界へ入らないように屈んで笑いを堪え、その様子にアークライト伯爵は肩をすくめて『呆れた』と言いたいらしく、首を振っていた。
「……城では人の耳も多くて細かな事は言えないとも聞いたよ。……その、オッサンから」
エリック王子が僅かに目尻に皺を寄せてそう言うと、バーン侯爵は声を出して笑い、オスカーは眉を跳ね上げて肩をすくめるのだった。
その後、オスカーはエリック王子とヘイワード師団長、そして私を天蓋へと促した。バーン侯爵は黒い仔犬の餌付けに夢中で、アークライト伯爵は『先に寝らせてもらう』と言い、別の天蓋へと去って行く。
私がケージを二つ手に天蓋の中へと入ると、ジェフリーが『お持ちします』と言い、アリハムとヴィンハムを囲むようにして私たち五名は集まる事になった。
「我々の本当の行き先は、ルブルス国です」
オスカーがそう、口を開く。私が『ルブルス』と呟くと、エリック王子がアルブス国から妖精の森を挟んで北にある国だと教えてくれた。
「聖廟を通り、妖精の森を抜ける予定です」
「……そこにヴィンセント殿下がいるのかな?」
エリック王子がそう言うと、オスカーは溜息を吐きつつ首を振り続けた。
「いえ、ヴィンセント殿下は、そちらに」
オスカーが指差す方向には、ケージが二つ。私とガリ王子は、ヴィンハムとアリハムを見比べたあとに同じように首を傾げてオスカーを見たのだと思う。オスカーはうんざりした様な表情をして続けた。
「……信じ難い話でしょうが、そのハムスター達はブレイク公爵令嬢と、ヴィンセント殿下です。」
……はい?
私はケージのハムスターをガン見した後に、再びオスカーを見た。ガリ王子も恐らく同じようにしたのだと思う。
「二人のどちらか……まあ王子だろうが……謎の魔法陣を起動した後にこのハムスター達が残されていたそうです。あの五大魔術師二人にも原因はわからないそうでしてね。」
バーン侯爵とアークライト伯爵は、知っていたという事らしい。
オスカーは、ぼろぼろになった紙を広げて私達に見せてくれた。染みや足跡らしきものが見えるほかに、円形に文字らしきものが並んでいる。どうやらコレが件の『謎の魔法陣』のようだ。
「 ブレイク公爵夫人にも解析は依頼しているが……我々がルブルス国を目指すのは、二人を元に戻す手掛かりを知っていそうなユリウス・ルバーシュという呪術研究者を訪ねる為です」
私は謎の魔法陣を見た後、再びケージの中で思い思いに寛ぐハムスターに目をやった。
それで、アリハムとヴィンハムか……
私は五大魔術師のネーミングセンスが思いのほか安直だと言う事を知り、ハムスターになってしまった ハムちゃんが回し車を動かす様子を見るのであった。




