4 第一王子への勅命
それは、エリック王子の外遊一行が王城へ到着した直後の出来事であった。
魔法師団員が俄に騒がしくなり、護送車の外へ出たヘイワード師団長に騎士らしき男が声をかけた。
「カイエン将軍が、到着後に謁見の間で殿下と話があるようです」
とだけ言うと、王子を王城の奥へと促した。
「……そう」
王子は目を少し伏せて口で微笑みの形を作ると、ラルフと私に向かい『楽しかったよ』と言い、去って行った。
「いやー。何とか無事に帰って来られましたね」
ラルフが私にそう言うのとほぼ同じタイミングで、私とラルフへと懐かしい声がかかる。
声の方へと目を向けると、そこにはジャックが、第一師団の副師団長と共に待ち受けていた。彼の髪が紺色のままなところから察するに、彼はとどめ色をした魔法薬を再度飲んだのだろう。ご愁傷様……と、言いたい。まあ、言わないのだが。
「ご無事で何よりです」
ジャックは微笑んでそう言って私に頭を下げたのだが、その表情には僅かに曇りが垣間見えた。副師団長のおいちゃんは、私とラルフを促し『話があります』とだけ言うと、首を傾げる私とラルフを第一魔法師団長の執務室まで連れてから、切り出した。
「実は……かれこれ一週間ほど前なのですが、ファーガス侯爵からヴァレンタイン伯爵家へ書簡が届けられたそうです」
副師団長は、ファーガス侯爵からの書簡と思しき紙を私とラルフへ見せるようにして執務室の机の上へと置いた。すかさずラルフが『拝見します』と、言い紙を持ち上げて目を通してから溜息を吐いた。
「ファーガス侯爵からのご提案で、シャロン様の後見人として伯爵に何かあれば、貴女を養女として迎えるとおっしゃっていますね」
おや?
「以前のご提案では、クザン伯爵の養女にと言う話でしたが……私たちのいない間に何かありましたか?」
養女の話は断固拒否の姿勢を貫きたいが、その前にファーガス侯爵が私を養女にしたいとはどう言う心境の変化があったのだろう……と、首を傾げる。
「エリック第一王子がアーテル外交中に、アーテルの重積を担う方々が何名か失脚したとお聞きしました。その方々の中に、クザン伯爵と懇意にされている御仁がいたようですね」
私の中に浮かんだのは、ジルベール・ルルーシュ元辺境伯だった。その間にも、副師団長の説明が続く。
「……その失脚の影響でクザン伯爵の立場が危ういという噂があります」
「あらまー」
ラルフは緊張感のない声をあげた。あまり驚いた様子ではないのは……アーテル国でイヴェール将軍に引き回されて既に色々耳に入れていたのかもしれない。
「これに対して、何とお返事を?」
私が執事にそう訊く。
「シャロン様は体調を崩して伏せっており、書簡の内容を確認もお返事も出来る状態ではないので、体調戻り次第お返事するとお返ししておいた。と、ナタリーが申しておりました」
ラルフがナタリーの名前を噛み締めている様子を尻目に、私はどうやって侯爵の提案を断るか口実を考えるのだった。
そんな出来事があった後、第三魔法師団長が私たちのいる第一魔法師団長の執務室を訪れた。曰く、第一王子に対して、第二王子の捜索を命じられてこれから出立すると言う。副師団長が『急な話ですね』と、ヘイワード師団長を労うと、師団長は短めに一息吐くと、続けた。
「エリック殿下だが……再び見習い師団員のサイラスに同行を希望されている」
それを聞いたジャックとラルフは共に驚き、副師団長は黙って椅子を引き寄せてからジャックに薦めた。
「第二王子……まだ見つからないのですか?」
私の質問に師団長ではなく、副師団長が応えた。
「見つかっていないようですね。ウチの師団長もまだ帰って来ていませんし」
つまり、アリソンもヤマダサンも帰って来ていないと言う事か……
どうにもファーガス侯爵の事を相談できそうな人々は皆聖廟に引き寄せられているようだ。
「わかりました。同行致します」
私の返事に驚くのはジャックやラルフだけでなかった。何故か話を持って来たヘイワード師団長本人も滅多に変えない表情を一時だけ変えて見せた。
「シャロン様……」
私を見つめるジャックの目が赤く、私はほんの少し鼻の奥が痛くなった。ラルフは困り顔で『僕も行った方が良いでしょうか?』と、師団長と義父を交互に見るようにして言った。
「そうしてもらえたら良かったろうが、樹海では文官の出番は無い」
ヘイワード師団長は少しだけ目を細めてそう言うと、ラルフの肩に軽く手を置いた後に『では、行きましょう』と、踵を返した。そして私は師団長の近くに浮いている黒い小人を見ながら、後に続いて執務室を後にするのだった。
ヘイワード師団長の後を続いてたどり着いたのは、どうやら第三魔法師団長の執務室らしい。中には、アーテル外交でも一緒に過ごした見慣れた顔がある。その中に、明らかに魔法師団とは異なる衣服を身につけたムキムキマッチョの男と白髪の女の子がいる。そして、その近くを漂う白い小人。
黒の次は、白……?
「おぉ、そいつが世話係か?」
金髪ドレッドのムキムキマッチョが、ヘイワード師団長に対して割と砕けた物言いをした。師団長は気にする様子はなく『そうです』とだけ応えた。対して、隣の女の子は私を見てニッコリ笑う。
「可愛らしい子ね。もしかしてエリック殿下はソッチの方なの?」
「ソッチ?」
大人びた口調の女の子は首を傾げた私に合わせるように首を傾けて『よろしくね』と再び微笑んで赤いルビーのような瞳を細めた。
彼女の後ろにいる白い小人に、黒い小人が近付き何やら話をしているようだ。微かに鈴が鳴るような音がしているのだが、小人に注目する人は執務室内には居ないようだ。通訳してくれそうなダンは反応しないし、瑠璃ちゃんも出てこない。
「じゃあ、揃ったな。早速出立しよう」
金髪ドレッド男がそう言うと、後ろに置かれた二つの鳥籠らしき物を持ち上げて私に手渡した。そこには、小さなハムスターがそれぞれ一匹づつ入っている。一匹は回し車を回している。もう一匹は、餌だろうかビスケットのような物を齧っている。
「ええと……?」
私は師団長を見上げるのだが、彼は安定の無表情で、私の疑問に答えてくれたのは金髪ドレッド男と白髪三つ編み少女であった。
「この子達はエリック殿下のペットよ」
「で、お前は殿下の従者兼ペットの世話係という訳だ。頑張れよ」
「はぁ……それで、この子達の名前は?」
私の質問に、金髪ドレッド男と白髪三つ編み少女は目を合わせて瞬いた後に『何だっけなぁ……』と、金髪ドレッド男が言った。
「……確か、ヴィンハムとアリハム……だったかしら?」
「ヴィンハムとアリハム」
「そう、それだ! それ!」
少女の教えてくれた名前を繰り返した私に対して金髪ドレッド男が私の頭を軽く叩きながら肯定した。そこに執務室の扉が開く音がして、振り返ると扉の向こうから見慣れたガリ王子が顔を出した。
「やあ、サイラス。帰ったところで悪いが、今度は北の聖廟に向かうから付き合ってくれ」
そう言う王子は、私の抱えるヴィンハムとアリハムの入ったケージを覗き込んで『可愛いね』と、目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「エリック王子……ペット飼っていらしたのですね?」
私がそう言うと、後ろの少女が『そうそう! 可愛いですわね、エリック殿下!』と、ガリ王子の前に飛び出すようにして言うと、ガリ王子は気圧されたように半歩下がる。
「あ、ああ、そう?」
「どっちがアリハムで、どっちがヴィンハムですか?」
私がケージの中で思い思い寛ぐハムスターを見比べた後、ガリ王子を見上げる。
「回し車で遊んでいる方がヴィンハムで、餌を食っている方がアリハム。ですよね、エリック殿下!」
私の頭を押さつけるようにして顔を前に出した金髪ドレッド男の圧にガリ王子は半歩下がった後に、カラクリ玩具のように同じ事を繰り返した。
「あ、ああ、そう?」
ガリ王子の真後ろにいた師団長が軽く咳払いをして私たちの注目を集めると『紹介しよう』と、言って続けた。
「ヴィンセント第二王子の捜索にあたって、五大魔術師のブリジット・アークライト伯爵とライアン・バーン侯爵が同行して下さる事になった」
それぞれ名前を呼ばれた所で会釈をしてくれたおかげもあり、少女がアークライト伯爵でドレッド男がバーン侯爵と解る。私は伯爵をガン見して『伯爵……』と、呟くとドレッド頭のバーン侯爵がニヤニヤしながら私に言った。
「あんな形だが、自分でかけた呪いで成長が止まっている百歳近い婆さんだ」
それを聞いたアークライト伯爵は赤い双眸を細めて、侯爵を睨め付けた後に腕を組むと私に言った。
「バーン侯爵はね、我儘言い出しちゃって無理矢理同行して来たから『ペットの世話係』として採用されたのよ。一応魔獣が専門だから、ペットの世話で困った事があれば訊くと良くってよ」
それを聞いたバーン侯爵は、アークライト伯爵と睨み合ってお互いそっぽを向いてしまう。子供の喧嘩みたいだ。それを仲裁するようにしてエリック王子が手を差し出して微笑み『よろしく頼むよ』と言うのだった。




