3 取り違え
オスカーが魔法師団員に、次の目的地を伝えようと応接間を出ると、そこにはメイド姿のクリスが佇んでいた。どうやら契約精霊の方は、オスカーが通る事を見越してそこで待っていたようである。
「タウンゼント師団長。カイエン将軍からのご伝言を預かっております」
「将軍は、もう帰られたのか? 共の者も付けずに?」
「はい」
護衛が何処かに潜んでいたのか……?
「ブレイク公爵家の隠し部屋と国王の私室は繋がっておりますので、お一人の方が行動し易いのでしょう」
さらっと衝撃的な事を言う契約精霊に、オスカーは目を見開いた。
ブレイク公爵は先王の弟だ。そんな仕掛けがあってもさして驚かないが、オスカーが知って良い話とは到底思えない。そして、オスカーの驚きを無視するようにクリスは続けた。
「第二王子の行方調査を口実に、第一王子を北の聖廟へ向かわせるので、護衛騎士ジェフリー様を含めた第二王子の捜索部隊は、秘密裏に北の聖廟へ戻るようにとの事です」
「……なるほど」
苦肉の策だな。
第二王子がハムスターになったなどと知れ渡れば、第一王子派の貴族衆は第一王子を王位継承者にすべきと強硬に主張するだろう。そんな第一王子派連中からハムスター王子の醜態を隠しつつ、エリック王子に聖廟まで足を運ばせる為には、『第二王子の捜索』と言うしかないのだろう。それすらも第一王子派は嫌がりそうだが、そこは将軍が何とかしてくれる筈だ。
せめてもの救い…なのか、ブレイク公爵令嬢のお陰で、樹海から誰の目にも留まらずに王都まで戻ったオスカー達だ。再び、人目に触れずに聖廟を目指す事は比較的容易だろう。
「細かな連絡は、私とヤマダサンで分担しますので、聖廟へはササキサンを連れて行ってください」
「わかった。秘密裏に移動となると、魔法師団員の格好では出れないな。ブレイク公爵家出入りの商人を装う為の小道具手配を頼みたいが……」
「承りました」
オスカーが全て言い終わる前に、クリスはそう言うと礼をして去って行った。
その姿が見えなくなってから、オスカーは確認し忘れていた事に思い当たりため息を吐いた。
広間の魔法師団員に、どう伝えて再び北の聖廟へ向かわせるかな?
……はぁ。もう、考えるのも面倒だ。
王子が突如謎の魔法陣を起動していなくなったで良いだろう。ブレイク公爵夫人の助言により、原因究明の為にルブルスの高名な研究者を訪ねる。嘘が多いと誤魔化すのも大変だ。よし、辻褄は将軍に合わせて貰おう。どうせ我々は王都を離れるのだ。
オスカーは、設定をさっさと決めると、クリスに伝えさせると頭に叩き込み、広間で待機中の魔法師団員の元へと急ぐのだった。
オスカーが再び応接間へと戻ると、五大魔術師の二名は、ブレイク公爵夫人の魔道具を弄り倒して満足したのか、ジェフリーとハムスター二匹の方へと戻って何故か寛いでいた。仲が悪い設定はどうしたのだとオスカーは内心思いつつ、彼らの方へと近づく。
「ところで、こっちの言っている事は解っているのか?」
天鵞絨の魔術師は、手を伸ばしてハムスターを一匹つまみ上げた。足をしたしたとバタつかせたハムスターを観察すると首を捻り『魔力も感じねぇな』と言い、ハムスターを机の上に戻した。
「解っているのように見受けられる時もあるのですが、動物の本能が優先されるようでして……」
ジェフリーがそう言い、ナッツを手で砕きテーブルの上で手を広げると、ハムスターたちは吸い寄せられるようにして手に集まり、ナッツを頬張りだした。それを見た天鵞絨の魔術師はジェフリーと同じようにナッツをハムスターたちに指で渡してやりながら口の端を持ち上げた。
「なるほどねぇ。こりゃあ、迷子にならないようにケージに入れた方が良いかもな」
「ケージ……ですか?」
ジェフリーが、顔を顰めた。檻に入れる事に抵抗があるのだろう。
「迷子にになって、人や馬車に踏まれて死ぬなんて事はよくある話だぞ」
「そうなのですか……」
ジェフリーが不安な表情を浮かべて、ハムスター二匹を見る。
彼らは思い思いにナッツを頬張り続けている……と、オスカーには思える。
「あと、アレだな……同じケージだと子作り始めちまうかも知れないから、別けたほうが良いな。任せろ。良いのを発注してやる。」
『子作り』のくだりで、ジェフリーの表情が凍った。無理もない。相変わらず初心な男なのだとオスカーは思った。
それに齧歯類は爆発的に増えるからな……。
離しておいた方が無難だろうと思ったが、それを指摘するまでもない話とオスカーは沈黙を守った。そこに冥加の魔術師が口を出す。
「で、結局どっちが王子で、どっちが公爵令嬢なの?」
それはオスカーも気になっていた。ジェフリーはやや大きい方が王子ではないかとか言っていたが、オスカーにはどちらも同じくらいの大きさに見える。
「そりゃぁ、タマがある方が王子だろう」
そう言うと、天鵞絨の魔術師は確かめようと手を伸ばしたのだが、ジェフリーが素早く二匹を手に取ってしまう。どちらか解らないが、ハムスターになったとは言えど気になる若い娘の体を確認する行為に彼の倫理観が待ったをかけたのだろう。
「……すみません。一応王子と公爵令嬢と言うお立場ですので……」
ジェフリーはしどろもどろに言い訳をしたが、耳が赤い。
「ン〜。体を見なくても多分解るゾ」
そこにヤマダサンが加わり、ひらりと机の上に飛び乗り、オスカーに二匹を机の上に置かせた瞬間、ヤマダサンは二匹を威嚇した後、前脚を繰り出した。一匹は瞬時にジェフリーの手の影に避難し、もう一匹はヤマダサンの前脚の下で『しゅん』と鼻を鳴らした。
「逃げ遅れた方が、アリソンだろうナ。鈍臭いからナ」
ヤマダサンは、前脚を下ろすとプレートに残っているお菓子を一欠片前脚で弾いて口にした。
「ふーん。公爵令嬢はおっとりさんなのね」
冥加の魔術師は逃げ遅れた方を手にすると、魔力を込めてハムスターの体毛を小花柄にした。恐らく彼女の呪術だろうが、ケバケバしくて、ハムスター本来の可愛らしさが損なわれた。
「どうかしら、これで見分け易い?」
「……それは、何だか可哀想です」
ジェフリーが、悲しそうな顔で『戻してあげて下さい』と、言うと冥加の魔術師は渋々元に戻したのだった。
この時、ヴィンセント王子が猫好きの猫アレルギー体質である事を、ヤマダサンを含め護衛騎士も師団長も忘れていた。逃げ遅れたのは、いつも相手にしてくれなかったヤマダサンが向こうから寄って来たからだ……とは、思い至る者は誰もいなかったのだ。
そして、ジェフリーの手に隠れたハムスターが、何かに気が付いて欲しそうに彼の指をしたしたと叩いたのだが、新しいナッツを渡された途端に大人しくなったのだった。




