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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
6 ハムちゃんの冒険譚
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2 頭の痛くなる話

「で、一体何が起こったんだ?」


 オスカー・タウンゼントは見るも無惨に荒らされたブレイク公爵家の応接間を見回しながらジェフリーを文字通り睨んだ。


「済まない。目を離した隙に、何かの魔法陣を起動されたようで……その後ササキサンが暴れて、この通りだ」


 調度品はひっくり返り、カーテンは破れ、机の上にあった公爵令嬢の魔法陣は無惨に破れ、ササキサンが付けたであろう足跡とお茶と思しき染みが付いている。積んであった本や何かを書き留めていたメモの類も床に散らばり、踏み荒らされたようだ。この短時間でよくここまで荒らせたものだとオスカーは痛くなる頭を振る事を諦めて、顳顬こめかみを両手で押してみた。しかし、頭痛は改善も悪化もしなかった。


「それで……第二王子ヤツは何処に行ったんだ?」


「それが……多分なんだが……こちらの一方が殿下で、一方がアリソン嬢……だと思う」


 オスカーの眼前にジェフリーが差し出したのは、二匹まとめて片手に乗るほどの大きさをした手のひらサイズの……ハムスターであった。


 おい……


「大きめな方が殿下だとは思うのだが……」


 オスカーは自らの右手で視界を遮った。ちょっとした現実逃避である。そういえば、未だに愛娘達の見分けがつかないという事も少しだけ頭をよぎる。オスカーは息を大きく吐いて気を取り直し、情報を集める事に頭を使い始めた。


 魔法陣を起動したと言うことは、魔法陣がまだこの部屋に……


 公爵令嬢が描いていた魔法陣を拾い上げて、破れた部分を合わせて見てみるが、ざっと見てわかるのはそれが転移魔法陣と言う事だけだ。ハムスターに変わるとは思い難い。


「他にも魔法陣が……あったのか?」


 誰に聞かせるでもなくそう言いながら、散乱する本や筆記用具を取り除きながら目当ての魔法陣ブツを探す。ジェフリーはハムスター二匹を両手に抱え、ササキサンに靴を噛まれながら、そんなオスカーの様子を見ている。諸々試行した結果、素直に噛みつかれたままなのが一番被害が少ないと学習した結果ではあるのだが、そこはかとなく残念感が漂う。


「コイツ……なのか?」


 オスカーは、試し書きを拾い上げて机の上に広げた。これもまた無惨に破れ、大人ジェフの靴跡とササキサンの足跡がついている。オスカーには見慣れぬ術式だ。


 ……わからん。お手上げだ。


 オスカーの知る魔法陣の記述に詳しい人間は、ブレイク公爵令嬢くらいだが、当然ながら訊ける状況ではない。ジェフリー曰く、彼女はハムスターになってしまったのだ。あとはブレイク公爵夫妻に頼る他ないだろう。オスカーがそう結論付けたとき、応接間の扉が開いて、聞き慣れた声がした。


「どうしタ?」


 声を発したのは、ブレイク公爵夫人の使い魔(ヤマダサン)だ。後ろにはメイド姿のクリス。そして、何故かオスカーの上司かつアルブス国王陛下の兄にあたるアイザック・カイエン将軍がおり、不覚にも、オスカーは報告に行く手間が省けて良かったと思ってしまうのだった。





 それから時は三刻ほど経過し、ブレイク公爵家は新たに二人の来訪者を迎え入れていた。


「へぇ、これがヴィンセント殿下とブレイク公爵令嬢なの?」


 白髪を緩めの三つ編みおさげに纏めた八歳そこらの幼い少女……に見えるが、年齢は恐らく五十歳をゆうに超えている筈だ。学生時代に講義で 冥加の魔術師(かのじょ)の著作が使われていた事をオスカーは覚えている。まさか五大魔術師の一人がこんな見目をした魔術師だとは思っていなかった。

 隣にいる護衛騎士ジェフリーが、神妙な表情で『そのようなのです』と、少女の姿をした魔術師に答えた。


「これが呪いの類か確認してもらいたくてね」


 カイエン将軍がそう言うと、ぼろぼろになった紙を指して『起動されたと思しき魔法陣だ』と、言った。冥加の魔術師は黙って公爵令嬢の走り書きが残る紙をいくつか確認した後、肩をすくめた。


「……これは、わからないわね」


 ジェフリーが分かりやすく肩を落とし、カイエン将軍は小さく『そうか』と言い、溜息を吐いた。


「なんだ、わかんねーのかよ?」


 冥加の魔術師に不躾な言いようをしたもう一人の来訪者おとこは、これもまた五大魔術師の一人、天鵞絨びろうどの魔術師だ。年齢はカイエン将軍と同じくらいだろうか……魔獣の研究家として知られているこの男は、魔術師と言うよりは、筋骨隆々の武闘家と言った印象だ。金の髪に編み込まれたものは魔獣の毛だと噂に聞いた事がある。そして、その体躯はオスカーの学生時代の恩師であるヴェロニカ先生のムキムキ体型を思い出させた。


「あら、貴方になら何かわかると?」


 冥加の魔術師は、隣に座る天鵞絨の魔術師を睨め付けるようにして見上げた。少女の容姿では迫力不足が否めない。対する天鵞絨の魔術師は、聞こえないと言いたげに小指で彼女に近い方の右耳をほじって『俺は魔獣が専門だ』と返した。


「ブリジット、貴女でも解らないのか……」


 カイエン将軍の苦しげな表情を見た冥加の魔術師は、溜息を吐いて首を振った。


「……慧心のディアナちゃんなら何か解るのでは?」


「今ラーウスだろ。いいよなアイツは優雅に樹海で共同研究とか出来る身分でよ」


「魔獣の研究しかできない御仁にはお呼びがかからないという事でしょうね」


「呪いで若作りした婆さまもお呼びじゃないだろうよ」


 どうも、冥加の魔術師と天鵞絨の魔術師は馬が合わないようだ。お互い睨み合ったと思ったら、双方とも別方向にプイとそっぽを向いてしまった。まるで子供の喧嘩のようである。


「ブレイク公爵夫人には、彼女の使い魔から状況を伝えて貰っているところでね。未だ彼女の使い魔は戻って来ていない。」


 カイエン将軍はそこまで言うと溜息を吐いた。そもそも病気がちで殆ど表舞台に顔を出さない御仁で、オスカーも書面上の交流が主の上司であったが、国王陛下が倒れてからは、時折魔法師団に顔を出すようになった。その顔色は白く、疲れが垣間見える。

 そこに、メイド姿のクリスがお茶を持って応接室に入ってくると、お茶を淹れている。


「戻りましたね」


 契約精霊クリスがそう言い終わると、応接室の一角が歪み、白猫姿の使い魔が現れた。ヤマダサンだ。


「あ、お菓子ダ!」


 ヤマダサンは、帰るなりクリスのティーセット傍に瞬時に移動すると、どれを食べるか迷っているようである。尻尾がぴこぴこと左右に揺れる。


「ヤマダサン、ディアナ様からは何と?」


 クリスが、お菓子の入ったプレートを素早く上に持ち上げた。ヤマダサンはクリスに背中を向けて、中に伝言が入っていると言い背中のリュックを尻尾で叩いたのだが、その目はクリスの持っているお菓子が入った皿に釘付けである。

 クリスがヤマダサンのリュックから掌に収まる大きさをした黒い立方体を取り出して、魔力を注ぐと、その立方体からブレイク公爵夫人の声が聞こえて来た。



「ええと……ヴィンセントくんとアリソンがハムスターになったとか……」


 何だ……?


 オスカーは思いがけず立ち上がりそうになったが、それは応接間にいた他の者も同じであったようだ。


「これは……ディアナちゃんの声?」


 冥加の魔術師は、腰を浮かせて立方体を注視し、天鵞絨の魔術師も『へぇ』と、声をあげて興味深々と言った様子で立方体を見ている。カイエン将軍やジェフリーも似たような反応だ。


「私には心あたりの術式が無いのだけど、確かルブルス国にいるユリウス・ルバーシュが過去に鳥に化ける魔法陣を作っていた事があるから、彼を訪ねたら何か手がかりがあるかも知れません」


 応接間がざわめく間にもブレイク公爵夫人の声は続く。どうやら、彼女の声をどうにかして箱の中から出しているようだ。


「え、やだ、ユリウス・ルバーシュ?」


 冥加の魔術師が声を一段高くして、ブレイク公爵夫人のあげたルブルス国にいると言う男の名を口にした。両手で両頬を包み、恥じらうような仕草を見せている。その間にも、公爵夫人の説明が続く様子から察するに、黒い立方体は遠くにいる公爵夫人と会話ができるような代物ではないらしい。公爵夫人は続けて言う。


「私もその魔法陣を拝見しますので、写しをヤマダサンに持たせてあげてください」


 慧心の魔術師であれば、この見たことのない魔法陣の謎を解いてくれるかもしれない。

 オスカーは、急ぎ待機中の魔法師団員に複写させようと心に決めた。


「それから、ルブルスには北の聖廟を抜けて、精霊の森を抜けるルートが早そうですね。国王陛下の許しがあればですが……」


 は?


 オスカーはブレイク公爵夫人が、言っている事に理解が追いつけなくなった。北の聖廟は王族のみ立ち入ることができる場所ではなかっただろうか…。カイエン将軍の顔色を確認するが、青白いと言う事くらいしかわからない。


「何か解ることあれば今私の声が聞こえる魔道具を使ってお互い連絡を取り合いましょう。魔道具の使い方は、クリスかヤマダサンに確認して下さいね。」


 そこまで言うと、ブレイク公爵夫人の声は聞こえなくなった。


「クリス……それはブレイク公爵夫人の作った魔道具なのかな?」


 カイエン将軍がそう訊くと、クリスは『はい、仰る通りです』と答えた。五大魔術師の二人は立方体の使い方をクリスに尋ね始めて、応接間が騒がしくなった。


「タウンゼント師団長…ルブルス国王と国王陛下アルヴィンの許しは私が貰うので、北の聖廟を通り、精霊の森経由でルブルスを目指してくれ」


 カイエン将軍にそう言われたオスカーは、疑問を口にした。


「……北の聖廟は、王族以外の人間が通れるので?」


「王族の連れの者であれば通れる。」


「……今はハムスターですが、大丈夫でしょうか?」


 カイエン将軍は、もそもそ動いているハムスターを暫く見て溜息を吐いてから続けた。


「エリック王子を連れて行ってくれ。だが、彼は今頃アーテルか……帰国次第、転移術で追いつかせるようにしよう。そちらは私に任せて、君は出立の準備を……」


「私もついて行きますわ!」


 そこに冥加の魔術師が声をあげた。手をピンと上にあげて主張する少女は、自分を指名してほしくて仕方がない優等生を思い起こさせた。カイエン将軍は、冥加の魔術師に同行を認めると、第二王子がハムスターになった事はくれぐれも他言無用にと応接間の皆に言い、クリスを伴い去って行った。


 なんだかんだで結局、家には帰れないんだな……


 オスカーは広間で待機中の魔法師団員の元へ、魔法陣の複写指示と次の目的地を伝えに応接間を後にするのだった。

 


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