幕間9 瑠璃ちゃんの仕返し?
それはアーテル国王城を去る日が二日前に迫った朝の出来事。私は大事な事をすっかり忘れていたと気が付き、一番頼りになりそうなドラン伯爵を捕まえた。
「髪色を変える……とどめ色の薬……ですか?」
「はい」
私の質問に、ドラン伯爵は困り顔である。私がサイラスに変装してからあと数日でひと月が経過してしまう。恐らくアルブス王都へ到着する前に髪色が茶色から銀髪に戻るだろう。びっくり人間万歳だ。
「うーん……これだろうなと思う魔法薬はわかるのですが……調合に必要な材料が残念ながら無いです。辺境伯の館まで保ちそうですか?何日前に服用しましたか?」
ドラン伯爵は、アーテル国王城の薬剤生成用の庭園をもう三往復くらい探し回っている。流石に申し訳ない気がして来た。一応あんな感じだが、彼も伯爵だ。とはいえ、彼の見立てでは、辺境伯の館へ戻る前に薬の効果が無くなるらしい。
「えっと……髪色を変えたいのですよね?」
私は神妙な顔で頷いた。
「うーん。オリヴィエさまなら持っているかな?」
「オリヴィエ……さま……ですか?」
「貴女のお願いなら聞いてくれそうだし……銀髪を茶髪にする魔道具くらい用意してくれそうですよ」
「そうでしょうか?」
私は首を傾げていたが、ふと違和感に気がつくと、ドラン伯爵をガン見した。
「何故、銀髪とわかるのですか?」
「……えっ?」
「髪色を変えたいとは申し上げましたが、どうして元の髪色を銀髪だと仰ったのですか?」
ドランはバツが悪そうに、眼鏡を取り拭き拭きした後かけ直しながら溜息を吐いた。
「あの……すみません……ヘイワード師団長から貴女の事聞いてまして」
そうか……最近忘れがちだが、師団長は私がシャロン・ヴァレンタインだと知っていた。
「その事は、他の方もご存知で?」
「他言はしておりません! そんな事したら私は殺されますよ!」
ドラン伯爵はぶんぶんと首を振り、誰にも言っていないと強調した。アレだな……やっぱり師団長ガキ大将説有力だ。
「実は……目の色だけ魔道具で変えているのですが……」
私は、オスカー師団長から借りているペンダント型の魔道具を胸元から引っ張り出して見せたのだが、ドラン伯爵は首を傾げている。
「……えっと、シャロン様の瞳は元々青色では?」
おや……?
私は、魔道具を外してドラン伯爵を見ると、ドラン伯爵は日の光を背にして、私の瞳を覗き込んだ。眼鏡越しに彼の琥珀色した双眸が見える。
「うん……確かに、片方だけ緑色ですね。……最近何かあったのですか?」
「……わかりません」
もしかして、私はミハエル・クザンだった頃の彼に会った事があるのだろうか……?
ドラン伯爵は首を捻りながらも、魔道具を確認した。
「うーん。こちらの魔道具に新たに髪色を変える術式を組み込めば、茶髪にできそう……って事は判るのですが、生憎私は詳しく無くって……ええと、ヘイワード師団長に相談してみますか?駄目かも知れませんが……」
「……そうですね」
私はドラン伯爵から魔道具を受け取り、ヘイワード師団長の元へと向かうのだった。
師団長は、第二王子の護衛役を担っているだけあって、王子の傍を離れないので暫く声を掛ける事が出来ずにいた。そんな王子は先程からイヴェール将軍に解放されたラルフを捕まえて、書面と睨めっこしている。
「殿下……諦めて素直にクザン伯爵の所に立ち寄りませんか?」
「……急いでアルブス王都に戻りたいのだ。立ち寄る場所は少ない方が良いだろう?」
「ドラン伯爵領は帰路の途中ですよ。ちょっと寄って一言クザン伯爵に謝れば済むのでは?」
「元々帰路の行程にクザン伯爵領は通らないからね、手を貸してくれ」
「はぁ……」
ああ、クザン伯爵の所には行きたくないものだから、ラルフとお詫び文考えているのか……私はガリ王子を全力で応援する。ラルフよ、王子を手伝うのだ……と、心の中だけで念じておく。
私は二人のやり取りを尻目に、ヘイワード師団長に小声で声をかけた。今なら二人はお詫び文の事に気を取られてこちらには気付かないだろう。
「何か?」
「実は、ご相談がありまして……」
私はとどめ色した薬を飲んで髪色を変えた事と、それが数日のうちに元に戻るかも知れないのでなんとかして銀髪に戻らないようにしたいと言った。師団長は、しばし考えている。
「ドラン伯爵に薬があるか聞いたのですが、材料が足りないらしくって……この魔道具に術式を加えられるなら髪色もなんとかなりそうと仰っていました」
そう言って、ペンダント型魔道具を取り出して見せた。
「拝見します」
ヘイワード師団長は、私の手の上に乗せた魔道具に触れる事なく屈んで顔を近づけて確認した。後ろに一つ纏めにした彼の茶色い髪が前にさらりと落ちた。私の手を下から支える彼の右手にある腕輪は……どこかで視えた事がある品だ。
「ヘイワード師団長、右手の……」
師団長は屈んだまま顔をあげて私を見た。緑色の双眸が私を映して見える。
「……覚えているのですか?」
彼にしては珍しく驚いた表情を浮かべた。私はどこかで師団長に会っている……?
唯、思い出せない。私は目を伏せて頭を振った。触れば何か視えるのだろうか……?
「この魔道具は第一魔法師団長が貴女用に用意したようです。残念ながら、髪色の情報を付与するには魔石が小さい。アーテル国王に頼んでおきます」
魔道具から手を離し、屈む事を止めた師団長は、踵を返して部屋を後にした。そして、翌日の夕刻に師団長が手渡してくれたのは、指輪型の魔道具だった。肌に触れるよう身に付けておけば、髪色を茶色にするとか……
「薬の効果が残っているうちに身に付けておいてください」
ヘイワード師団長はそう言い、ペンダントの鎖にでも通せば無くさないだろうと付け加えてくれた。言われた通りに、ペンダント型魔道具と一緒に身につけると、師団長は頷き去って行った。
オリヴィエにお礼をしたいが、あれで一国の王様だ。気軽に会える人ではないだろうし、そもそも何処にいるかわからない。私は瑠璃ちゃんに声をかけて、オリヴィエのいる所が判るか訊いたが、瑠璃ちゃんは首を横に振った。
「うーん。お城の人に頼んで手紙でも渡して貰おうかな……」
私がそう言うと、瑠璃ちゃんは任せろとばかり、自分の胸を叩いている。
「手紙ならオリヴィエに届くの?」
瑠璃ちゃんは首を縦に振った。どうやら、手紙なら届くようだ。
そう言う事なら……と、私は筆記用具を取り出し、オリヴィエの小太刀に触れた時と宰相の持ち物だった偽の押印に触れた時に視えたものを描いた。パタチーバと呼ばれていた北郷の娘だ。文章は面倒なので書かない。封筒に入れると、瑠璃ちゃんに渡す。
「オリヴィエまで届けてくれる?」
瑠璃ちゃんは、頷き消えた……と、思ったらもう戻ってきた。あまりの速さに私は目を瞬いて瑠璃ちゃんを二度見した。
「早くない?」
得意気な瑠璃ちゃんは、私の首元で眠るダンを文字通り叩き起こした。毛玉のボリュームが一瞬倍増して私の首元をくすぐる。
“のぃ?”
「あ、瑠璃ちゃんが何か言いたいみたい」
“ほぅ。手紙の運搬は大男の傍にいるヤツに任せたと言っているのぃ”
「それは……小豆色の小人?」
私は質問しながら、まだ机の上に残っている紙に似顔絵を描く。やや乱雑だが、特徴はおさえている筈だ。
“そヤツだのぃ。仕返ししてやったと言っているのぃ”
まぁ……届くなら良いのか。
私は瑠璃ちゃんにお礼を言い、眠りにつく。明日はアーテル王城ともお別れだ。
後日不機嫌な顔をした瑠璃ちゃんが、オリヴィエからと言う返事の品を私に手渡す事になるのだが、それはまた別の話だ。




