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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
幕間
89/128

幕間10 文官は見た!

 嫌な予感がする。そして、嫌な予感が外れると言う話をあまり聞かない。

 ラルフは目の前で優雅に微笑む王子を見て思うのだ。使い潰される(弱者)の嗅覚だろうか。ともあれ、自分に拒否権は無い。


「やあ、大活躍じゃないか」


「はぁ、恐縮です」


 王子に促されてラルフが王子の向かいに座ると、まるで示し合わせたかのような絶妙な間でラルフの前にお茶が出される。アーテル国のお茶は少し甘く、ほんの僅かだが癒しを与えてくれる。『大活躍』とは、散々巻き込まれた更迭劇の事後調査の事であろう。ラルフから言わせれば、イヴェール将軍……と、言うよりアーテル国の管理が杜撰なだけである。見れば出てくる不審な痕跡をいくつか指摘しただけの事だ。


「イヴェール将軍は暫く君に滞在して欲しいみたいだね」


「それは……勘弁して下さい。」


「ちょっと手を貸してくれるかな?」


 王子はゆっくりお茶を飲み干してから、そう言うと微笑んだ。

 何を手伝って欲しいか言わないのがいかにも彼らしい。『連れて帰ってあげるから、その代わりに……』と、使い潰される側としては言外の意まで聞こえてしまう訳だ。


ワタクシに出来る事でしたら」


 こうして、エリック王子のクザン伯爵への詫び状作成が始まった。

 外遊の往路で世話になったクザン伯爵の館から王子が行方不明になったかと思ったら、アーテル国の辺境伯領で見つかったのも、ラルフにとっては遥か昔で懐かしい程だ。とは言えクザン伯爵の立場としては、自身の館から出奔されたのだから、肝を潰す思いだっただろう。帰路の途中にちょっと寄って伯爵に直接伝えた方が良いのではと食い下がったが、エリック王子はラルフの申し出など上手に躱してしまった。

 そうラルフに選べる訳は無いのだ……と、彼は頭を切り替えて詫び状作成に勤しむのだった。


「それにしても……どうしてクザン伯爵の館から居なくなったりしたのですか?」


 質問するくらいの自由はある筈だ。何て事をラルフは思っていない。詫び状に集中し始めて、不敬とか、縦社会とか、空気を読む余力を文面を考える方に回した結果だ。


「……少し懐かしくて歩き回っているうちに、道に迷ってしまってね」


「あー。そりゃあ夜中に出かけたりするからですよ。昼間に出ればよかったんですよー」


 ラルフはエリック王子の顔を見ることもなく、詫び状の素案を書き続ける。それを見る王子が目尻に皺を寄せて微笑みながら覗き込んでいる事にも気が付かない。


「そうそう、あれはどうなんですか?ルルーシュ元辺境伯()の扮装。アーテル国王陛下から元辺境伯の移送を頼まれたけど本物がいると危ないからー……とかなんとか嘘を言って、僕に一番危ない役を言いつけてません?」


「……ああ、その事か。まあ、辺境伯の館からルルーシュ元辺境伯が居なくなった事を印象付けておきたかったから、許してくれ」


「そう言われると弱いですねー。今のも演技ですか?」


「まさか。一応護衛としてペレイラ侯爵家の人間がずっと張り付いてくれていたそうだよ。私は気付かなかったけどね」


「あー。何だか僕って凄く可哀想な奴なんだと思いません?」


「そうかい?」


「……うん、素案は出来たので一回見ていただけますか?」


 ラルフは下書きをエリック王子の方へ渡して、やっと顔を上げた。勿論、先程までの王子に対してぞんざいな口をきいていた事など憶えていない。一息つくと、すっかり冷めたお茶に手を伸ばしたラルフの目に入ったのは、王子の肩越しに見えるヘイワード師団長とサイラス(シャロン嬢)の姿。

 手を握り見つめ合う二人に、ラルフは危うく声をあげそうになった。


 えーーー! 師団長?!

 だって、だって、だって、師団長はナタリー狙いだったじゃ無いか!


 ラルフには、二人の視線の先がシャロン嬢の瞳の色を変える魔道具だとは気付かない。


 ふ、ふ、ふーん、ふーん、ふーん、そう言う事なんだー!!

 師団長ってば普段は大人しいくせにいつの間にだなー。


 そう言う事とはどう言う事か、彼に訊いてあげる人はおらず、ラルフのちょっと的外れな思い込みは加速する。止まらない男ラルフ……時に迷惑である。


 その日の夕刻、エリック王子の注文を受けて表現を直し、清書した詫び状をアーテル王城からクザン伯爵のところまで送って貰う為、ラルフは何度か訪れた事のある総務官達の出入りする執務エリアを訪れていた。一人で出歩くのはどうか…とも思われる所だろうが、イヴェール将軍に引き回されたお陰で、ラルフの姿を見かけてもアーテル国の文官達は不審に思う風でもなく通常運転だ。刷り込みが働いた結果とも言える。


 そこに現われた見慣れた巨体。イヴェール将軍である。


「ジェキンソン殿、これは良いところに!」


 拒否権を持たない男は、そこからイヴェール将軍に引き留められ、文書を突き合わせて裏帳簿の解読を手伝わされた。彼の周りを固めるアーテルの文官達は、最初こそ憐れみの視線をラルフに送っていたのだが、ラルフの調査方法に徐々に引き込まれ、ひと段落ついた時には、ラルフに対して一種の崇拝に近い目で彼を見ていた。


「ジェキンソン殿のお陰で解読が進みましたよ! 何かお礼をしなくては!」


「あ、では……このエリック王子からの書簡をアルブス国のクザン伯爵まで送りたいのですが……」


 結局、送付出来なかった詫び状を将軍に託すと、ラルフは今日のお勤めを終えて、与えられた客室(文官用)に向かうのだった。

 

 ん……あれは?


 もう一人のやや見慣れた巨体の持ち主、アーテル国王陛下のオリヴィエが彼に迫る上背の男と話をしている。


 国王陛下と……ヘイワード師団長?


 二人は、何か話をしているようで、国王オリヴィエは笑って師団長の肩を叩くと、去っていく。よくわからないが、きっとエリック王子の伝言とかそんな所だろう。

 ラルフは一日使い続けて披露した目を休めるように、目元を押さえて圧をかけた後、再び寝室(与えられた客室)を目指すのだった。


 そして翌日、明日はいよいよアーテル王城を出立すると言うのに、今日も文書管理の手法についてアドバイスを……とかなんとか言われて、イヴェール将軍に連れて来られたのは、やや小さめの謁見用と思しき部屋だった。


 エリック殿下……本当に僕を連れて帰ってくれるのかな……?


 ラルフは自信が無くなってきた。王城ココに引き留められる予感がしてならない。

 そんな心配をしていたラルフの元に現れたのは、国王陛下のオリヴィエだった。驚くラルフをよそに、オリヴィエはアルブスでのラルフの仕事内容をざっくばらんに聞き出しつつ、アーテルのそれと比較しているようであった。この国はまだまだ手を入れる所があるのだろうとラルフは思った。


「今日は助かった。あと一つ頼みがあってな」


「はぁ……」


 引き留められるのか……?

 断ったら殺されたりしないだろうか……。


 ラルフが不安な表情を隠さずにオリヴィエの言う『お願い』を待っていると、オリヴィエは懐から剥き出しの指輪を取り出して言った。


「これを護衛騎士ヘイワード殿に渡して欲しい」


「は、はい」


 アーテル国王陛下が、指輪を師団長に? ……プレゼントなのか?

 え、師団長って……()()()なのか??


 ラルフが面食らった顔をしつつも指輪を受け取った事を確認したオリヴィエは立ち上がった。


「また機会があればアーテルに来てくれ。歓迎すると王子様と美しい従者にもにも伝えておいてくれ」


 そう言い、バルデ子爵の屋敷で初めて見た時のように歯を見せて笑うと、踵を返して部屋を出て行った。師団長に指輪を渡すと、珍しく表情を変えない男が『ああ、ありがとう』と、言い表情を和らげ、ラルフの疑念を確定に変えたのだった。


 師団長ー!

 そんな、そんな、そんな、禁断の恋じゃないですかーーー!!


 一人で衝撃を受けて震えが止まらない男ラルフ…ヘイワード師団長には迷惑な話である。 



 その後、ヘイワード師団長に渡した指輪が、シャロン嬢のペンダントに付けられているのを目撃したラルフは多いに混乱したのだったが、それはラルフ以外にはどうでも良い話だ。


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