16 帰り道
直前に起きた宰相更迭事件によって、延期もあり得ると思われていたアーテル国王の戴冠式は、実にあっさりと終了した。
アーテル王城にいる間、私は賓客であるガリ王子の後に続いて、あちこち引き回されては贈り物を持たされたり、毒味をさせられたりと目まぐるしい数日を送る事となった。護衛のヘイワードと魔法師団員達も同様だろう。ラルフは、何故かイヴェール将軍に気に入られて黒い冊子の解読アドバイスをしていて私たちとは殆ど別行動だった。本人曰く、お互い婿養子だから気に入られたみたい……だ、そうだ。
戴冠式以降オリヴィエを見かける事は無い。抜けた宰相の穴埋めで忙殺されているようだ。元々宰相寄りの貴族が多いと聞くので、これから彼らの協力を得ながら国を動かす事の難しさは私の想像をどのくらい超えて来るものなのか……
考えても仕方がない。
明るい話題は、割と早いうちにルルーシュ元辺境伯とバルデ元子爵の人身売買と違法薬物流通事業について宰相の関与が明らかになり、更迭処分は酷すぎるという貴族達の声が萎んで行った。
それから、前アーテル国王の死に宰相が関わっていた話は表沙汰にしないらしい。イヴェール将軍曰く『過去をほじくり返しても得るものがない。明日飢えない為にやる事が山積している』と、オリヴィエが一笑に伏してしまったからだとか……
筋肉ダルマは強い子だ。
王城を去る日が近づくにつれて、私はアーテル国の未来よりも帰りの行程の方が気になりだした。無責任と言う事なかれ……私にとっては重要案件だ。またクザン伯爵の館に宿泊するのかと思うと、ちょっと憂鬱になる。いきなり消えた王子など、どんな挨拶する気だろうと思うと……少しだけ笑えて来る。
帰りの行程と言えば、王子護送用の馬車が戻ってきた。非武装地に入った途端没収された馬車は、ペレイラ侯爵家の紋章をでかでかと描かれて、まともな街道を進んで王都に来ていたらしい。ペレイラ侯爵家の馬車を襲う強者はアーテル国内にはいないそうだ。ラルフ曰く、古くは暗殺術に長けた一族だったとか……毒だの暗殺だの、前々から思っていたが、やっぱりアーテルは物騒な国だ。
最初からペレイラ侯爵家のフリをしておけば……とか今更言わない。
加えて、ぽちゃりちゃん改めドラン伯爵が私たち一行と一緒に辺境伯の館まで戻る事になった。何でも転移術での移動は魔力消費が激しく、おいそれと使うものでは無いとか……すっかり痩せたお陰なのか、王子の護送馬車に同乗する事になったのだが、何だか顔色が宜しく無い。
「ドラン伯爵、車酔いですか? 薬飲まれますか?」
元々ぽちゃりちゃんから貰った薬だけどね……。
私が左隣に座るドラン伯爵へ訊ねると、彼は弱々しく笑って首を振った。急激に痩せて辛いとかあるのかも知れない。経験がないのでわからないが……暫く様子を観察して解ったのだが、どうやら伯爵はヘイワード師団長が苦手らしい。そんな様子もあって、彼らは時々旧知の仲に見える事がある。師団長がガキ大将なら伯爵は格好のカモだったとか……
「ドラン伯爵。君のお陰で樹海を安全に通れたよ。感謝する」
「は、はい。あ、いえ。勿体ないお言葉恐縮でございます」
汗がすごいぞ、伯爵……。
「他にもいろいろ薬をサイラスに持たせてくれたみたいだね」
「あ、はい。何かあった時に使えれば……と」
渾名は……ひょろメガネにするか。
呼びにくいからメガネちゃんにするか……
「ああ、役に立ったよ。非武装地では薬が手に入り難いみたいでね。顔役のカヴァリーニャ…ペレイラ伯爵に良きように使ってもらえるよう殆ど渡して来たんだ」
「はぁ」
「君のお陰で助かった母親は喜んでいたよ」
王子の言葉にドラン伯爵はキョトンとした。
少し反応を見ていたエリック王子は、『非武装地は出産時に死亡する女性が多いらしい。産まれて来た子供もね』と、付け加えた。
「……そうでしたか。それは、良かった」
ドラン伯爵は少したじろいだ様な、何かに引っかかった様な、少しの間を空けて王子に応えた。
「エリック殿下、ありがとうございます」
ドラン伯爵はエリック王子に頭を下げたのだが、不思議なことに、いつもずり落ちてしまう彼の眼鏡はあるべき場所に収まったままだ。
「ご存知……だと思います、私はアルブス国の貴族藉から抜けて、アーテルへ来ました。私を送り出してくれた人が言っていたのです。紹介状を書いてくれて……『これを受け取りなさい。そして、必ず幸せになりなさい』と言いながら渡してくれました」
鉛白の魔術師……
「あなたのお父上ですか?」
エリック王子の問いに、ドラン伯爵は首を振る。
「違います……でも、父みたいな人です」
外から一瞬陽の光が小さな窓を明るく光らせて、ドラン伯爵を照らして行った。そして、目を細めた私と、ドラン伯爵を見ていたヘイワード師団長の視線が一瞬重なった。
「魔法薬学を学んで良かったと思います。私に恩人の言いつけを守らせてくれてありがとうございます」
そう言ったドラン伯爵はにっこり笑い、エリック王子が目尻に皺を寄せて微笑んだ。心なしか、王子の隣にいる師団長の表情が柔らかく見えた。
あなたのお陰で、父がどんな人かわかったよ、ぽちゃりちゃん。
「こちらこそありがとうございます、ドラン伯爵」
私が隣のドラン伯爵にそう言うと、ドラン伯爵は少し照れ臭そうにしてずり落ちない眼鏡を手の甲で持ち上げたのだった。




