15 ちょっとした答え合わせ
気がつけば、アーテル国王が屈んで私の顔を上から覗き込んでいた。
彼の顔がいつもより近くて、私は先程視えた北郷の女に行った“加護のお返し”を思い出してしまい思わず固まった。
「悪かったな。大丈夫か?」
そう言うオリヴィエを直視するのも何となく憚られ、私は伏目がちに黙って頷いた。すると、オリヴィエは更に屈んで、私の左横に顔を近づけて耳元でこう言った。
「てっきり王子様なのかと思っていたが、まさかお姫様のほうだとはな」
……王子様?
私がゆっくりと筋肉ダルマの方へと首を傾けると、心なしかぎりぎりと音がした気がする。私の目の高さを合わせたオリヴィエは、その黒い双眸で私を捉えると『してやったり』と言った顔で破顔するのだった。彼の傍で小豆色した小人も笑っている。
「アーテル国王陛下、私の部下が何か粗相を働きましたか?」
気がつけば、エリック王子の傍を離れ、ヘイワード師団長がオリヴィエの後ろに立っていた。
「いや、粗相どころか、とても助かったと話していたところだ」
オリヴィエは玉座の間では見せなかった、いつもの飄々とした態度で、師団長に答えた。
彼が師団長のほうに向く時に、オリヴィエの腰にある小太刀が目に入り、先程視えた先王に似た長身の男を思い出した。
「ロベール……」
先程の男が、更迭された宰相で……アーテル前国王の弟?
「侍従には事情を説明していないのかな?」
頭にほんの少し重みを感じて、私は思考を途切れさせた。見上げると、私を観察するように見下ろすオリヴィエが首を傾げて片眉を器用に持ち上げて見せていた。
「陛下からの手紙の内容は、エリック殿下とドラン伯爵、私までに留めておきました」
オリヴィエは師団長の答えに納得したようで、何故か私の頭を優しく撫でた。オリヴィエの腕越しに見え隠れしたヘイワード師団長の目が心なしか怖い。何か知らないが、後で怒られそうだ。
「仲間はずれは可哀想だな。これから皆に礼を言う所だった。種明かししよう」
オリヴィエはそう言うと、私の背を押して、エリック王子やラルフのいる方に促した。その時に小声で上から『後で、頼みたい事がある』と私に囁くと、口の端を持ち上げて見せたのだった。
「此処にいる皆には世話になった。今後、大っぴらに言う機会は無いので此処で言うことを許してくれ」
オリヴィエはそう言い、懐から二つ暗い色味の石を取り出して、テーブルの上に置いた。
「こちらは、印章……ですか?」
エリック王子がそう言うと『ああ、ルブラン宰相が持っていたものだ』と、付け加えた。
「二種類ありますね」
エリック王子がそう言い、ラルフに見せるように彼を前に行かせる。ラルフはおずおずと二種類の印章を見比べた。
「一つは前アーテル国王の物ですね。もう一つは……オリヴィエ国王陛下の印章ですね。古い方のデザインですが……」
ラルフがそう言うと、豪華な筋肉ダルマのイヴェール将軍が驚嘆の声をあげた。
「何と……この状態で解るのか?」
「……ええ、まあ。普段書面ばかり見ておりますので」
ラルフは、筋肉の圧にやや気後れしているようだが、そう答えるとバルデ子爵更迭劇で何故か彼の手元に収まったままの委任状(子爵のエキス付)を広げた。
「こちらの委任状は新しいデザインの印章が使われています。エリック殿下の外交日程を調整中にデザインが変わったのは気付いておりましたが……飾り文字を鳥に変えられたのかと……?」
ラルフが自身の後頭部を掻きながらそこまで言うと『パタチーバか』とカヴァリーニャが言った。
「パタチーバは鳥の名で、この鳥は最近追加した。宰相が新しい印章を用意する前に古い印章を使わせたかった訳だ」
オリヴィエはそう言うと、再び懐に手を入れて二つの印章を取り出した。
「こっちが俺の印章だ。デザインを変更後から、古い方も含めて持ち歩いている」
本物の方は、明るめな色の石を使っているようで、持ち手は鳥の形を模しているようだ。
「では……王軍を動かした時の指令書には先王の物ではなく、オリヴィエさまの使っていた古いデザインの印章……の、偽物が押印されていた。という事ですか?」
ドラン伯爵が目を丸くしてそう言い、イヴェール将軍が黙って頷き伯爵の疑問を肯定した。
うっかり先王の印章を使い続けた訳ではなく、王の指令書を偽造……
そりゃ更迭もされるだろうと、私は暗い色味の印章(偽物)を見た。コレ触ったら何か視えてしまうかも知れないと思う。
「……先程玉座の間にてありのままを皆に伝えなかった理由を伺っても良いでしょうか?」
エリック王子は表情を乗せずにオリヴィエを見据えた。オリヴィエは、飄々とした態度のままだ。
「特段口止めしていないから、そのうち色々な噂が流れるだろうな」
「叔父に当たる宰相の名誉を失わないよう取り計らった国王の恩情……と、いう事でしょうか?」
オリヴィエは破顔してから『そう言う事にしておいてくれないか?』と言うのだった。
その傍で、イヴェール将軍は眉根を寄せて悲しげな表情になったが何も言わなかった。
後でラルフに教えて貰った話では、見慣れている文官なら指令書の印章が古い事に直ぐ気がついていた筈だとか。王軍が動いた時に、既に『何かおかしい』と思う文官が少なからず居た筈だそうだ。
「それでルブラン宰相に王軍を出させる為に、我々を子爵領に集めた訳ですか……」
「毛嫌いしている北郷の民達が動き、国王不在なら間違いなく王軍を動かしてくると思ったよ。王子がいるお陰で、理由を『隣国王子のお迎え』にすり替えられて助かった」
エリック王子が辺境伯の屋敷で受け取ったオリヴィエの手紙には、ルルーシュ元辺境伯を護送しているフリをして、ルブラン宰相の影響が及ばない土地を経由して王都に来て欲しいとあったそうだ。具体的にどの貴族領が危険かと言う情報と共に、道案内と護衛は寄越すから王子の安全は保証するとあったらしい。ドラン伯爵の説明が微妙に違ったのは……まぁ、ガリ王子に丸め込まれたのだろう。
そして、オリヴィエによると、道案内がポンビーニャで護衛はカヴァリーニャだそうだ。
王子宛の手紙を確認したドラン伯爵は頭を抱えたらしい。宰相の影響が及ばない土地は樹海と非武装地(ペレイラ侯爵領)くらいで後は飛び地になっていたそうだ。王都に辿り着く為には最後は宰相と繋がりがあるバルデ子爵領を通過する必要があった……との事だ。
「どうしても最後に通らなければならないバルデ子爵領で騒ぎが必ず起きるからルルーシュ元辺境伯は連れて来ないようにとありましたね」
エリック王子はそう言い『まさか私が男娼にされそうだったとは……』と、続けて微笑んだので、オリヴィエを爆笑させて、将軍になんとも言えない顔をさせた。
「バルデ子爵領は、ルルーシュ元辺境伯の口を封じる絶好の機会だからな。そっちの騒ぎは予想外だった」
ひとしきり爆笑した後、オリヴィエは悪びれた様子もなくそう言ったのだった。
その夜、アーテル王城の私に割り当てられた部屋に小豆色の小人が現れた。
私はダンに声をかけた。ご老体が起きる様子はないが、瑠璃ちゃんが出てきて、不思議布を出して、私を小豆色の小人と共に包み込んだ。小豆色した小人は、私の髪を引っ張り戸口を私の髪で指す、どうやらついて来て欲しいように思える。
「瑠璃ちゃん……この子ついて来て欲しいって言っている?」
瑠璃ちゃんなら首を縦か横に振ってくれるので簡単な意思疎通ができる。瑠璃ちゃんは首を縦に振っているので、私の予想が当たりらしい。私は髪を引かれるままに、不思議布に包まれて部屋の外へと出た。外は時々見回りらしき騎士とすれ違うが、こちらに気がつく様子はない。
回廊を抜けて、中庭らしき所に出るとガゼボがあり、非武装地にあった雨風を凌そうな絶妙なバランスで建っていた建造物達を思い出させた。そして、その中で座っているのはアーテル国王のオリヴィエだった。小豆色の小人が不思議布から抜け出て、オリヴィエの耳元へ飛んでいくと『あぁ、来たか』と言って立ち上がった。
私は不思議布を消して貰おうと瑠璃ちゃんに声をかけると、国王の大きめな独り言が聞こえて来た。
「あー。聞こえるんだよな? これから秘密で会いたい人がいてな、手を貸してくれるか?」
私は、布から両手を出して、オリヴィエのごっつい腕を引いて不思議布の中へ入れてやった。オリヴィエは驚く事もなく、不思議布の中へするりと入り込むと『へぇ、これは面白い』と、ガリ王子のように喜んで辺りを見回しては布から指を出し入れしていた。
不思議布を内側から堪能した後、オリヴィエは中庭を抜けて、離宮らしき所へと私を連れて来たかと思うと、私の肩に手を回して『はみ出しそうだ』と言いながら、騎士達を尻目に離宮の中へと進んだ。
「ここは?」
「更迭されたロベール・ルブランが幽閉されている建物だ」
私の疑問にオリヴィエは悪戯っぽく笑い、ルブラン公爵のいるという部屋まで私を連れて行った。部屋を律儀にノックしたオリヴィエは、内側からの応えを待たずに私の肩を抱えたまま部屋の中へと滑り込むようにして入った。
部屋の中には、赤髪に少し白いものが混じった壮年の男が一人窓辺に佇んでいた。後姿が、前アーテル国王を背に扉を閉めて出て行ってしまった男の後姿と重なった。きっとあれがルブラン公爵なのだろう。
「ありがとうな」
オリヴィエは私にそう言うと、不思議布から出て行った。
小豆色の小人は私の傍から離れない。
「叔父上」
オリヴィエが声をかけると、長身の男は振り返る。私は見覚えのあるその顔を見て『ロベール』と、思わず呟いた。
「まだ何か用が?」
「コレを返しに」
公爵は招かれざる客へ向けてつれない態度を取るが、オリヴィエは特に気にする様子も見せずに、懐から黒っぽい石を二つ、サイドテーブルへ置いた。
「それは証拠の品であろう?」
「貴方の用意させた指令書も残っています。ルルーシュ元辺境伯とバルデ元子爵の裏帳簿も」
オリヴィエがそう言うと、公爵は表情を変えず『そうか』と返した。
「貴方は、何故前アーテル国王を殺したのですか?」
オリヴィエの一言に驚く様子もなく、公爵は感情を見せない表情でオリヴィエを見据えた。まるで自分が上だと誇示しているようにも見える。
「今度は何の話だ?」
ルブラン公爵は、片方だけ口の端を持ち上げて腕を組んだ。それはオリヴィエを拒絶しているようにも見える。
「前王が辺境の地で負傷した時、加害者の少年は酩酊状態だったそうです。彼の地にいる人々には解らなかったその症状は、遊郭で逃亡防止に用いられる依存性のある薬とそっくりでした。同じものがルルーシュ元辺境伯のところで今でも流通していますね」
オリヴィエがそこまで言うと、公爵の反応を確認するかのように黙った。
しかし、ルブラン公爵は興が乗らない様子で、伏し目がちに溜息を吐いた。
「そうか」
「負傷後は前アーテル国王も意識が朦朧とする日が続き、衰弱して死亡したそうですね。これもルルーシュ辺境伯領から流通していた薬の効果と一致します」
「それで?」
「不思議なのです。殺さなくても、既にアーテル国の中枢は貴方の手の中にあった」
その後公爵は何も返さず、沈黙が続いた。
答える事を拒否しているように、公爵は表情を変えずにオリヴィエを家具でも見るように見据えていた。そうする事で、オリヴィエなど大した者では無いと示したいように見えてならない。
私はゆっくりとサイドテーブルへと近づき、印章に触れて……ロベールの過去を覗き視る事ができた。
偽の印章を手に、私は瑠璃ちゃんの不思議布から出て、視えた女が公爵に向かって言った事を繰り返した。
「ジョアニーニャ、私はあの人が王だから愛している訳ではないの。それに、あなたは王にはなれない。だって認められていないし、それに気づく事もできない。それをあの人も残念だと言っていたわ」
公爵は、表情は突如現れた私に凍りついた後『小娘、お前に何が解る?』と言い、私を視線で射殺すように静かに佇んでいた。
「……私に視えたのは、貴方の記憶。パタチーバが貴方を拒否したから、パタチーバの愛するものが嫌いになったのでは?兄上も、彼女の故郷も」
そう、思った筈だ。視えてしまったのだから……
「……何がジョアニーニャだ。くだらん」
暫しの沈黙を経て、公爵はそう呟くと窓の外を見た。まるで、これ以上話すことなど無いと言うように。
「ジョアニーニャ……てんとう虫か」
オリヴィエはそう呟き、でっかい腕私の肩に回し、もう片方の手を後ろへと伸ばした……と、思ったら、私はオリヴィエに抱え込まれるようにして不思議布も中へと戻っていた。小豆色の小人がオリヴィエの肩に座りオリヴィエに何か囁いた。
「ああ、訊きたかった事はお姫様に教えて貰った。帰ろう」
オリヴィエはそう言うと、私に『ありがとう』とだけ言った。
私は、国王陛下の母がパタチーバと呼ばれていた事を知ったのだった。




