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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
5 第一王子の外遊
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14 先王の死

 アーテル国王城は、何というか殺風景な所だった。あまり装飾品が無い。

 玉座に片肘を付いて外を眺めるのは、新しい国王。先日まで監査官だの筋肉ダルマだの呼んでいた巨体を誇る人物だ。国の重要案件を議論する会に、当事者だからと言う理由でエリック王子だけでなく、何故か私やラルフも同席を許されている。


「……で、何が分かった?」


 国王陛下オリヴィエは、午後の天気を確認するようにして関所に現れた将軍イヴェールに問いかけた。その姿に、いつもの飄々とした様子は無く、王らしい意匠を凝らしたローブを身につけて、眼光には相手を畏怖させる迫力がある……ように見える。


「はっ。先王の印章は、先王崩御以降より宰相を務められるルブラン公爵の手にございましたので……これまで通りという事で、書簡の受け渡しに関わる文官は疑問に思わず、此度の行き違いが発生したものと存じます」


 将軍はそこまで言い深く頭を下げると、周りの文官達もそれに倣うように頭を下げる。

 七年もこれでやっていたから、ついついゴメンねと言う事らしい。


「行き違いか……危うく隣国の王子を殺すところであったな」


 天気を気にするように窓の外を見るオリヴィエだが、彼の目線の先にあるのは空では無く、窓際で欠伸を噛み殺す小豆色した小人であった。将軍の後ろに控えていた文官達の顔色は悪く、中には震えている者もいる。


「では、今回の責は先王の慣習を誤って続けてしまったロベール・ルブラン宰相一人の更迭に止めよう」


 オリヴィエがそう呟くと、玉座の間はざわめきが広がった。

 イヴェール将軍は『陛下……それではあまりに……』と、言いつつも、続きは出てこない。


「うん? 誰かが責を負わねば、アルブス国に示しがつかぬと思ってな」


 そう嘯くオリヴィエに表立って異を唱える者は出てこないが、『国王不在の国を支えたルブラン宰相閣下にそのような無体を……』と言う声がどこかから聞こえる。そして、その声は黙殺された。


「更迭について、アルブス国のエリック・ディオン第一王子がアーテル王城に来るまでに、二つの犯罪に巻き込まれてな。()は同じようだが、実行犯のルルーシュ辺境伯とバルデ子爵をそれぞれ更迭した」


 再び王座の間はざわめいた。

 ルルーシュ辺境伯とバルデ子爵の二人が、先程更迭を宣言されたルブラン宰相と繋がりの強いとアーテル中央の貴族藉を持つ者達の間では知られている事実あるあるだと後々知ることになるが、王子やヘイワード師団長に習い、私も無表情を貫いた。

 

「更迭に足り得る証拠の品は、余の手元にある。これの詳細について、調査をイヴェール将軍に任せる。結果が先王の時代からの慣習で終わらぬ事を願う」


 オリヴィエがそう言い、懐から冊子を二冊取り出して、イヴェール将軍に受け取らせた。先程のような理由で捜査をおざなりにするなと釘を刺された形となった将軍は恭しく証拠の品を受け取り、再び頭を下げた。

 その間にも、ざわめきは続く。『宰相閣下は国王陛下の叔父上だと言うのに……』と、聞こえて来るが、その声もまた黙殺された。


「更迭した二人の領は王直轄地とし、元辺境伯領をミシェル・ドランに。元バルデ領を含めた非武装地をフェリクス・ペレイラに委ねる。二人はそれぞれアルブス国のエリック殿下に多大な貢献をした功績により、伯爵位を授ける」


 王座の間はどよめきが広がる。『誰だ?』と言うものが大半のようだ。

 私たちの右手側に座っていた二人の男が立ち上がる。一人は非武装地の顔役カヴァリーニャだ。そして、もう一人は……誰かと疑うくらい細身になったぽちゃりちゃん(ドラン伯爵)であった。昨日ヘイワード師団長の部下達が総出でルルーシュ元辺境伯を転移させたと言うから、伯爵も一緒に転移してきたのだろう。それにしてもドラン伯爵の顔がちょっと疲れて見えるのは、移動の疲れと言った類ではなさそうだ。


「おや、これはまた……」


 ガリ王子がそばに控える私や師団長に聞こえる程度の音量でそう呟くと、面白いもの見た時の表情を顔に貼り付けた。私も驚いたが、表情は師団長に倣う。そして、ドラン伯爵は痩せても兄のクザン伯爵には似ていなかった。偶々目と髪の色が同じだった別の人なのだなと、急激に痩せたドラン伯爵を見ながら私は新しい渾名を考えていた。

 そこに『泥の肌』と言う言葉が聞こえてきた。


 すると、一人の男が小豆色の小人に引っ張られるようにして、オリヴィエの座る玉座の前に出された。察するに、以前バルデ子爵がオリヴィエに言ったのと同じように、カヴァリーニャの事を揶揄した言葉なのだろう。周りの反応から良くない言葉だと私にも解るので、玉座にいるオリヴィエを指しているとはちょっと考え難い。


「何か?」


 玉座の前に出された男は突然小人に引っ張り出されて何も言えずにいるかと思いきや、『発言のお許しを』と、許しを乞うた上で、白くなった唇を開いた。


「これまでアーテルに貢献された宰相閣下を更迭し、一部の者を優遇されては混乱を招きます」


「そうか? そこのミシェル・ドランは元々アルブス国の伯爵家出身で、魔法薬学分野の権威として長年アーテル国に貢献している。そして隣にいるフェリクス・ペレイラは北郷を治めるペレイラ侯爵家の直系で、七年の間非武装地を管理した実績がある」


 オリヴィエの言う『ペレイラ侯爵家』で、今までとは少し違う種類のざわめきが広がった。私は後でラルフに教えてもらうと心に決め、オリヴィエと男のやり取りを見つめた。


「両名とも、本来であれば侯爵位を与えても良い出自と実績を兼ね備えた者達だ。これまで国を支えた者達を蔑ろにしていると無用な諍いの種を与えぬように控えめにしたのだが、余の決めた事に混乱した者はいるか?」


 国王オリヴィエは感情が見えない声でそう言う。

 引きずり出された男を含め、玉座の間からオリヴィエに応える者はいない。そこに、エリック王子が『恐れながら』と、前置きをしてから続けた。

 

「先の騒動で、被害を受けた領民達の欲するものは、日々の安全と貧困から無縁の生活だと感じました。領民を守れる力のある方なれば貴賤云々を気にする者はいないかと存じます」


 王子はそこで一息付いた。

 美しい見目をした異国の王子に玉座の間にいる人々は魅入られたように続きを待った。


「……唯、どうしても()()が気になるのであれば、魔道具には目、髪、肌の色を変える物がございます。ご入用ならばアルブスより必要な数だけ送りましょう」


 オリヴィエの爆笑が王座の間に響き、辺りはポカンとしている。見ればオリヴィエだけでなく、カヴァリーニャやエリック王子も笑っている。


「面白い。では、両名には必要な数だけ魔道具を寄贈しよう。意見のある者は今のうちに申しておけ。余の()()が気になる者もな」


 オリヴィエは笑いながらそう言うと、それ以上異を唱える者は現れなかった。

 流石に自分の国の王様と隣国の王子様に追加注文もといこれ以上の意見をする勇気のある猛者は居ないようだ。こうして、エリック王子一行が巻き込まれた更迭劇は、最終的にアーテル国の宰相を更迭させて幕を閉じたのだった。




「それにしても……どうして七年もの間王が決まらなかったのでしょう?」


 私はそもそも過ぎてアレな質問を、一番質問しやすい男ラルフに訊いてみた。ラルフは、『他国の事なので、ほぼ想像ですが……』と、前置きした上で続けた。


「国王陛下が先王の庶子だった事が大きいと思います。後見人は男爵家との事でしたので……あとは、陛下の見目が北郷の民と似ている事もあるかと……」


 庶子……愛人、若しくは王妃に出来なかった女性との間に産まれた子と言う事かな?


「アメリア王妃から聞いた話では、先王が決めた後継者は“ベルトレの兄さま”だったそうだよ。先王の弟であるルブラン公爵を指名してくれればここまで揉めなかっただろうとも仰っていたかな」


 そこに物音立てずにラルフの肩を掴んだガリ王子のせいで、ラルフは『ひゃー』と、悲鳴を上げてしまう。気がつけば、ドラン伯爵とカヴァリーニャも私たちのそばにいる。玉座の間を退室した直後、豪華な筋肉ダルマことイヴェール将軍の部下に呼び止められ、別室へと案内されたのだった。


「そもそも俺が先王の血を引いているかで揉めたのが正解だ」


 そこに、先立って退室した筈の筋肉ダルマことアーテル国王陛下が居た。先程のローブは脱いだようで、見慣れた簡素な服装だ。そして、その後ろにはもう一人の筋肉ダルマ(イヴェール将軍)も控えている。筋肉の圧が凄い。


「まあ似てない親子だからな」


 そう言い破顔したオリヴィエの顔は、アメリア王妃の異母兄弟と言われてもピンと来ないが……。


「それでは皆をどう納得させたので?」


「聖廟に入れたのでやっと認めてもらったと言った所だ」


 エリック王子の質問に、オリヴィエは疲れたという仕草付きでそう応える。私は、聖廟に向かったもう一人の王子やハムちゃんの事を思い出した。無事でいて欲しい。


「さて、此方へ集まって頂いたのは、元辺境伯と元子爵の更迭に関して皆さまからの調書を取りたいと考えておりまして……」


 話の流れが止まった事を見計らい、イヴェール将軍が切り出した。

 そんな中で、小豆色の小人に髪を引かれた私は、王子たちの輪から離れて小人を見る。


「……ええと、どうしたの?」


 私が訊くと、『用があるのは俺だ』と、背後にオリヴィエが立っていた。思いの外距離が近かったようで、振り向いた拍子にオリヴィエの腹に顔をぶつけてバランスを崩してしまう。大方の予想通り、重量のあるヤツと細いヤツが衝突すれば、よろけるのは細いヤツだ。


「ああ、悪いな」


 後方へとよろける私の背にオリヴィエの手が触れたと思いきや、今度は再び彼の腹に顔から突っ込むような形になった。鼻が痛い。


 そして、オリヴィエを見上げて彼の力加減の下手くそな事を抗議しようとした瞬間、私の右手に何かが触れて、もっと大きな力で何処かへと放り出される感覚を味わった。

 





 此処は……何処なのか?

 聴こえて来るのは…唄。高く、そして低く響く声に、地を踏み鳴らすような音達が“私”の鼓動と重なり、まるで宙を浮いているように音に引き寄せられる。群衆を掻き分けてそこに一体何があるのかと進む。

 広間では、色彩豊かな衣装を身につけた若い男女が踊っている。彼らの褐色の肌を際立たせる装飾の多い衣装は、揺れると精霊が笑う時のような音がした。そして、中にいた白い衣装の娘は“私”の手を引き広間の中心へと進む。色彩豊かな衣装を着た者達が、“私”に向かい何かをしきりに言っているのだが、よく分からない。


「唄ってくれる? 出来ないなら、貴方に加護をあげる。お礼は……その綺麗な小太刀にしましょうか?」


 娘の真っ直ぐに見つめられ、黒曜の双眸に“私”が映り込む。その下にある唇から僅かに赤い舌が覗いて、無性にそれに触れたいと焦がれていた。

 

「コレはやれないが、代わりのものをやろう」


 “私”がそう応えると、娘は黒い双眸を細めて口の端を持ち上げるとまるで『何をくれるのかしら?』と問うように首を傾げた。その両頬に手を伸ばし、“私”の唇で娘のそれを塞いだ。彼女の赤い舌に触れる事は叶わず、真横から衝撃を受けた。


「……何を?!」


 彼女は右手を左の手で握り締めて、“私”を睨め付けていた。左頬が熱い。色彩豊かな衣装を着た者達が遠巻きにして唄う。まるで彼女と“私”を囃し立てているようだ。


「くれた加護の礼だ」


 そう言う“私”の心は彼女に盗まれたようだ。驚いた後に、睨みつけられる事でさえ心が震える。遠巻きにしている群衆から歓声が聞こえて、娘の姿が揺らぐと暗転した。

 




 此処は……何処だろう?

 鮮麗せんれいな部屋に勢いよく開く扉。そこに現れたのは、長身の男。“私”の弟だ。


「兄上! このような法案は賛同し兼ねます!」


 机に放り込まれた書類は、“私”の提案した弱き民を救済する為の一つのあり方であった。富む者から多くを徴収するその提案は、国の重席に位置する人には受け入れ難い者も当然多い事を予想していた。

 緑色の双眸は険しく、“私”を睨め付ける事で譲らないと言う彼の気概が垣間見える。


「ロベール。国を動かす者が弱い者を蔑ろにすると国は歪んで、病んでしまう」


 ロベールの後ろ盾をする有力者達が、彼に言いそうな事が手に取るように解る。果たして彼には未だ“私”の声が届くだろうか?


「国を動かす程の大きな影響を蔑ろにしているのは貴方ではないのですか? 北郷の民がそこまで大事ですか? たった一人の女に骨抜きにされた愚王と呼ばれている事に気がつかないのですか?」


 いつからか、彼が“私”を見る目から尊敬の光が消えて、侮蔑の念が含まれるようになったのだろう。


「お前の着る服、口にする食べ物は、弱き者達の命の上に有るとは……考えられぬか?」


「……いつか、貴方の愛するその“弱き者達”に足元を掬われる事でしょう!」


 彼の後ろで閉じた扉は、入ってきた時よりも一際大きく響いて彼の心から“私”を締め出して行った。そして、扉は歪み暗転した。





 此処は、何処だろう?

 樹海のきわに位置する小さな集落。日々の生活水準は決して高くないが、彼らには独自の歴史と仕来たりが存在する。“私”が彼らに与えた変化は彼らにとっては非常に不愉快な事であったのかもしれない。彼らが信じる“カミサマ”の嫌がる事をしているのだと聞く事もある。唯、この変化によって、この集落での死亡率は下がり、“私”を評価してくれる者もいるとか……


急激に訪れた衝撃に、首だけで振り返るとそこには“私”の腰の高さ程の小さな子が“私”の背に取り縋っていた。


「君は?」


 子は答えず小刻みに震えている。やがて訪れた熱に、“私”は首を傾げた。急激に視界が狭くなるこの感覚は何なのか……?


 脚に冷たいものが触れて、確かめようと手を伸ばした。手に纏わりついた赤に私の視界は白く霞んだ。私の背に取り縋っている子は無事だろうか……?


 そう思いながら、私の視界は歪み暗転した。





 此処は……王宮か?

 “私”の視界には寝床の天蓋が広がって見える。朦朧とする意識の中、浮かぶのは北郷で見た儀式と、白い衣で舞う愛しいひと


「兄上……今の貴方では王の務めは全うできません。次期王を決めて下さい」


 王位継承者か。


 “私”には二人の候補者がいる。一人は認められているが、気づかない娘。もう一人は認められているし気付いている。問題は……彼の庶子と言う立場であろうか?


「王位継承者は……オリヴィエだ。ベルトレ家に連絡を」


「兄上……貴方はどこまでも愚かな選択を選ぶ」


 私の側に控える 精霊(葡萄色の小人)が哀しげにロベールと私を見比べる。


「本当に、残念だ」


 ……お前にも王位継承権があれば良かった。

 そして全てが暗転した。


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