13 破天荒
バルデ領は、王都の北側に接する小さな街だ。この街は非武装地と王都を挟むように、先王が死亡後に出来た歴史の浅い城郭都市だ。そして、この地は一夜にして過去最大の紛争中心地になろうとしていた。
バルデ領と非武装地に接する関所側には北郷の民兵達が集い、今にも王都へ攻め入る算段を立てているように思える。バルデ領民につたえられたその数は三千とも三万とも言われた。そして、バルデ領の王都に近い関所側には小さな領の人口を凌ぐ王軍が関所を塞いでいる。
領民達は二箇所ある関所の両方を塞がれ、街から避難する事叶わずにいた。彼らにはこれから起こる騒乱に否応なく巻き込まれる以外の未来は見えず、文字通り混沌としていた。情報は錯綜し、安心できる類のものより不安を煽るものが選び取られて瞬く間に広がり、それが彼らの正常な判断力を奪って行った。
王軍は、バルデ領を見捨てて北郷の民と戦うだろう。
バルデ領民は人柱だ。北郷の民にバルデ領民を殺させて、進軍の大義名分にするだろう。
北郷の民は、バルデ領の人間を虐殺するだろう。
バルデ領は彼らのよく分からない儀式の贄に選ばれた。
その中に、バルデ子爵が北郷の民に攫われたと言う者があった。食事処に放置された給仕の男やバルデ子爵の私兵達が見たオリヴィエ監査官の情報が人伝に広がる間に歪んだものだが、子爵が他国の王子を害そうとしたと言う情報は当然抜け落ちていたのだった。
それらの諸事情を知らない私がラルフに起こされていた頃、バルデ子爵の屋敷内はちょっとした騒ぎが起きていた。
「何だか、騒がしくないですか?」
「そーですねー。どうしたのかな?」
ラルフと私は顔を見合わせてお互い正解を持たない事を確認した後、階下へと向かった。子爵達が縛りあげられている広間を尻目に、騒がしい方へと足を向けると、屋敷の正面入口に魔法師団員が集まっていた。
「どうしました?」
私が手近な魔法師団員を捕まえて質問すると、バルデ子爵の屋敷前に領民が押しかけていると言う。子爵の代理にこの状況を何とかしろと訴えているそうだ。
「子爵の代理なんて居るのですか?」
私の質問に、魔法師団員は困った表情で首を捻った。そこへ、監査官とポンビーニャ、エリック王子とヘイワード師団長が現れた。
「思ったより早く動いてくれたな」
オリヴィエはそう言うと、エリック王子に何か耳打ちした。
「そう伝えれば良いのかな?」
エリック王子がオリヴィエを見上げて問い返すと、でっかい男は破顔して『頼むよ』と答えた。王子が、魔法師団員の間を抜けて入口へと向かうと、ヘイワード師団長がすかさず後に続いて入口へと向かう。
「あー、昨日子爵の執務室に居たのはお前だよな?」
「へ?」
オリヴィエは私に向かいそう言い、ラルフが乙女っぽい声を上げてのけぞった。オリヴィエは『一つ頼まれて欲しい』と、続けると私とラルフに手招きして内緒話とばかりに、少し屈んで私たちに顔を近づけると言った。
「これから王子様と王都側の関所に向かうから、戻るまでの間アレと同じ奴をバルデ子爵にかけておいてくれ」
瑠璃ちゃんの不思議布の事だよね……?
「ちょっと待って貰えますか? 出来るかどうか試してみないと……」
私がそう言うと、オリヴィエは歯を見せて笑いながら『そうだな、できるか訊いてみてくれ』と言い豪華なローブを着込むと、フードを被った。
私がオリヴィエ達から離れて瑠璃ちゃんを呼ぶと、眼前に青い小人が出てきた。
「あのさ、この前の不思議布で人を包んでおいて欲しいんだけど、出来る?」
瑠璃ちゃんは、嫌そうな顔をしながらも広間に向かうと、バルデ子爵の上で不思議布を広げた。そして、布が子爵の上にかかるとバルデ子爵の姿は消えた。
「おー。上手く行ったなー」
いつの間にか私の後ろにいたオリヴィエがそう言うと、瑠璃ちゃんはムッとした顔でさっと消えてしまった。どうやらオリヴィエは瑠璃ちゃんに嫌われているみたいだ。
「留守中にバルデ子爵が殺されても困るからな。助かるよ」
オリヴィエはそう言って、私の頭をぽんぽんと軽く叩くとポンビーニャに何か耳打ちして行った。後に残された私にポンビーニャが『あなたもオリヴィエさまと同じなのですね』と、目を輝かせて言うのだった。
私が広間から出ると、既に王子と師団長は屋敷内へと戻って来ており、師団長は何やら魔法師団員へと指示を出している。見ればラルフが魔法師団員に囲まれ何処ぞへと連れて行かれる。
「サイラス、ルルーシュ元辺境伯を連れて王都側の関所に向かうよ」
王子はそう言うと、魔法師団員数名と偽ルルーシュ元辺境伯と私を連れて屋敷を出た。王子の傍にいつもいるヘイワード師団長がいないようだが、その代わりにオリヴィエの巨体が私の横にある。外では、王子を歓迎する領民らしき人集りが沿道に立ち、皆何故か笑顔だ。
「エリック王子、先程一体何を言ったのですか?」
「ああ、北郷の民は私をバルデ領へ送り届けてくれたもので、王軍は私を迎えに子爵の要請に応じて来たものだと……私がアーテル王軍と共に王都へ向かえば、北郷の民達も引きあげると伝えたよ。皆に伝えて安心させてやるように言ったけど、この短時間で随分と広まったようだね」
沿道からエリック王子やバルデ子爵を讃える声が一斉にあがる。
私は何の気無しにオリヴィエを見上げると、彼の黒い双眸と目が合い、監査官は『俺がバルデ子爵役だ』と言うと、私に破顔して見せる。
横は良い按配だけど縦にデカすぎるような……。
私はオリヴィエを見上げながら、余計な事は言わず、黙って頷いておく事にするのだった。
関所に着くと、役人がいそいそと関所の大門を開こうと動くのだが、それをオリヴィエが止めて、少人数が通れる戸口から出入りすると言い、そこから関所の外へと抜けた。
「一体いつまで待たせるのか? 我々は、子爵救済の要請をうけて此処に来たのだぞ!」
デカい声の主は、声にも負けないデカい男だった。オリヴィエ並みの体格を誇る、豪華な衣装を身につけた筋肉ダルマが私たちの方へ向かい中々の剣幕で怒鳴りつけて来た。どうやら関所の役人と間違えられたようだ。
「監査官殿、あちらの方は?」
エリック王子がいつもの流し目でオリヴィエを見ると『少し待っていてくれ』と、言いながら豪華な筋肉ダルマに向かい歩を進めた。
「イヴェール将軍、貴公は誰の命令を受けて余の軍を動かした?」
オリヴィエはフードを取り払うと、豪華な筋肉ダルマを正面から見据えた。将軍と呼ばれた男は、オリヴィエの顔を見て唖然とした表情になると『陛下……何故ここに?』と、言った。
……陛下って?
私がエリック王子の方を見ると、いつもの澄ました顔でアーテル王軍を見据えている。
「私は指令書に従い、参りました」
「指令書を見せてみよ」
オリヴィエはそう言うと、近くにいる他に比べて明らかに細い体躯をした兵士に手を伸ばし、兵士の取り出した紙をさっと掠め取った。紙を取られた細い兵士は顔色が宜しくない。
「不思議だな、イヴェール将軍。この指令書には王の印章がある」
「陛下の御命令であれば、印章が付くものでしょう……??」
将軍は当初の迫力は何処へやら、キョトンとした顔で首を捻り細い兵士を見た。
「王の印章は、ここひと月は余が持ち歩いている。そして余は昨晩バルデ子爵の屋敷に泊まった。質問を繰り返そうか? 昨晩王都で発行されたこの指令書にはどうして王の印章がある?」
将軍はそれを聞き終えると、目を見開き先程から青い顔をしている兵へと剣を向けた。
「伝令兵、どういう事か? 説明せよ」
細い兵士は将軍の迫力に気圧されて、口をぱくぱくと動かすのだが、声は聞こえない。オリヴィエが将軍の剣を指で摘んで、伝令兵から逸らせる。
「将軍、王都に戻り指令書を作成した者を全員捕縛せよ」
オリヴィエがそう言い終わるや否や、将軍はオリヴィエへ一礼し踵を返した。アーテル王軍は、将軍の指示を受けて王都に向かい進軍を始め、そして後には王子一行が関所前に残された。
「ところで、アーテル国王陛下。どうしてアメリア王妃はあなたを『ベルトレ』と呼ばれるのですか?」
「ああ……俺は元々先王の庶子でね。母の後見人がベルトレ男爵……と言う訳だ。と言うか、王子様には最初からバレていたのか」
オリヴィエは頭を掻きながら笑った。
『国王陛下には巻き込まれないよう気をつけて。かなりの破天荒だから』
私は唐突にアメリア王妃の言葉を思い出して、気がつけばかなり小さくなった王軍を見るのだった。




