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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
5 第一王子の外遊
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12 進軍

 その後、オリヴィエが担いで来たバルデ子爵の横には、師団長が引き摺って来た給仕の男と、その部下らしき男が新たに加わった。抵抗する気力も既に失ったようで、給仕の男はその双眸に恐怖を讃えて震えている。ヘイワード師団長が給仕の男に何をしたのかは判らないが、男の股間が濡れているのを見るに、余程の恐怖体験だったのだろうと想像する。

 そして、別室へと連れて行かれそうになっていた三人の娘たちが、おずおずしながら師団長に促されて、無事に他の女子供たちに合流した。


「さて、これからどうするのかな?」


エリック王子がオリヴィエに問うと、監査官オリヴィエは給仕の男を見ながら『おやまあ、可哀想に』と、言って給仕の男から靴を脱がしてから続けた。


「そうだな、拐かしにあった子たちを非武装地へ送るよ。北郷から迎えを寄越してくれる手筈になっているからな。まぁ、北郷出身ではない者は、非武装地からミシェルの所へ送り届ければ何とかしてくれるだろうしな」


 ミシェル……ドラン伯爵(ぽちゃりちゃん)の困り顔が浮かび、私は思わず笑みが漏れた。


 監査官オリヴィエはそこまで言うと、剥ぎ取った靴を素足のヴェントに使うようにと言いながら渡して、明らかに重そうな子爵を軽々と持ち上げて食事処ビュケを後にする。しかし、その足で私たちが向かった先は、非武装地ではなく、バルデ子爵の屋敷であった。


「……えっと、子爵の屋敷に入るのですか? 大丈夫でしょうか?」


 ラルフが不安そうにして、王子と師団長、そして監査官を見て不安気にするのだが王子は『え? 何のこと?』と嘯き、師団長は表情を変える事もなく『問題ない』とだけ答える。


 オロオロするラルフはさながらアルルカンと言ったところ。王子は間違いなく狼狽えるラルフを見て楽しんでいる。少しは周りの女の子たちを気遣って欲しいものである。見れば女子供たちはやや顔を硬らせている。ヴェントもそんな空気がわかるのか、私の服を掴んで『大丈夫なのか?』と、訊く。


 ガリ王子よ、空気を読みなさい。


 思った事を包み隠さず言う訳にも行かず、私が『エリック王子……ラルフで遊ぶのは止めて下さいね』と言うと、王子は笑いながらラルフではなく、私に謝った。何故か師団長も私に『済まない』と言い直ぐに目を逸らせてしまう。


 その様子を見かねた訳では無さそうだが、オリヴィエは『子爵の屋敷に迎えが来ているんだ』と言い、一緒にいる女子供たちは少し安心したようだ。そして、戻った私たちを出迎えたのは、何とカヴァリーニャであった。どうやら、非武装地に残していた文官や魔法師団員と、ポンビーニャも一緒に連れてきたらしい。


 カヴァリーニャの姿を見ると、ヴェントを含めた女子供の大半が安堵の表情を浮かべた。そんなカヴァリーニャは、不敵な表情は崩さずに『無事に王子サマと会えたようだな』と言い、オリヴィエの肩を労うように叩いた。そして、女子供たちを直ぐに非武装地に送るかとオリヴィエに訊いた。


「うん……此処は少し物騒になるからなぁ。念の為頼むよ、先生」


 オリヴィエはそう返すと、ヴェントの頭をくしゃりと撫でて『ヴェント、彼女たちの護衛を頼むぞ』と続けた。ヴェントは、でっかい男を見上げると任せろとばかりに笑って頷く。

 ポンビーニャが、()()()をヴェントに渡すと、少年は嬉しそうにそれを受け取り、特大の靴(給仕の靴)からやや大きめの靴(カタリナの靴)へと履き替えた。聞けば、自分が生まれて直ぐに死んだ母親が幼いポンビーニャにくれた品なので、彼にとっては大事な物なのだと言う。ヴェント曰く、拐かし現場を目撃した時に失くしたと思っていたと言うので、ポンビーニャはよく見つけたものだなと私は密かに感心した。


「ありがとな、兄ちゃん達!」


 でっかい女物カタリナの靴を履いたヴェントは、軽快に手を振ると、カヴァリーニャの部下数名と共に、女子供たちを連れて非武装地へと去って行った。



 ヴェント達を見送った後、改めて子爵の屋敷内を見ると、数刻前と異なり護衛騎士たちが一箇所に集め拘束されていた。聞けば、捕縛に際して、魔法師団員も協力し、しかも動けないようにポンビーニャの結界が利用されていると言う。

 拘束された騎士の中には見覚えのある男もいた。王子一行が襲われた時に、御者をしていた男だ。ラルフは口元を『あ』の形にして指を刺していたが、王子や師団長は何も言わなかった。そして、ヘイワード師団長は表情を変える事なく、オリヴィエが屋敷に着いてから放置していたバルデ子爵を彼らの前に座らせた。


「アルブス国の王子を襲い薬漬けにして()()に仕立て上げようとは、随分と思い切った事を計画したものだな、バルデ子爵。貴公の部下達が色々話してくれたぞ」


 放ったらかしだった事を思い出したように言う監査官オリヴィエだが、『男娼』のくだりで、王子が何とも言えない表情をした。実はガリ王子が子爵の今夜のお相手に抜擢されたかもしれないと思えばそんな表情にもなるだろう。後ろで『うげっ』という声がしたのはラルフだろう。


 オリヴィエがバルデ子爵に喰ませていた布を取ってやると、子爵は恐らく怒りなのだろうが、顔を赤くさせて唇を震わせており、それを見る彼の私兵たちも心なしか震えて見える。


「“泥の肌”を持つ蛮族風情が何を言うか!」


 その一言に、カヴァリーニャの部下達が敵意を隠さず子爵を睨め付けている。師団長の部下だけあって、魔法師団員達は皆表情を変えないのだが、アルブス国文官の内何名かは一時不快な表情を浮かべた後に、厳しい表情を作ると王子と監査官を見比べる。ポンビーニャは、口を真一文字に引き結び監査官の背を見ていた。


「アーテルの大切な客人を害した罪は重い」


 沈黙を破ると、監査官は以前辺境伯の館で見せた委任状を子爵の眼前で広げて見せた。子爵の顔色は目に見えて青ざめた後、再び赤くなり、頬を震わせて委任状に向けて唾を飛ばしながら叫んだ。


「貴様のような蛮族に国王陛下が権限委譲などされる筈がない! 王の印章まで偽造して何を企んでいる?!」


 オリヴィエは、子爵の唾が飛んでこないように委任状を使いガードしている。そんな姿を見て吹き出すのは、カヴァリーニャとエリック王子だ。その様子に、辺りにいるカヴァリーニャの部下達やアルブス国文官達も緊張感がそこで尽きたようだ。張り詰めていた空気が緩んで行き、オリヴィエは肩を竦めて、委任状を風で乾かすように二、三回振ると、私へと押し付けた。


 う……子爵のエキス付き。


 私がそれを後ろのラルフに押し付けると、彼は一瞬私と同じ事を思ったのか顔を引き攣らせたが、大人しく委任状を手にした。


「いやはや……元々()()()を使って更迭するつもりだったんだが……好色と言うのは本当だったんだな。綺麗なら男でもアリだとは思わなかったよ。本当に貴公が見境なしで助かったよ、エミリアン・バルデ」


 オリヴィエはそう言いながら、懐から黒い冊子を取り出して広げて見せた。恐らく執務室から持ち出していた品だ。先程まで監査官へ悪態を吐いていた子爵は、眼前に突き付けられた黒い冊子を見て蒼白になった。


「……馬鹿な」


「それにしても、俺を覚えていないのか? それとも王城では“泥の肌”も遠すぎて良く見えなかったのか?」


 オリヴィエがそう言うと、子爵は何かを思い出したようで、弾かれたようにオリヴィエを見上げて『……そんな……』と呟く。どうやら二人は面識があるらしい。


「今頃、食事処ビュケに残した貴公の部下達は一体誰に助けを求めるのだろうな?」


 オリヴィエがそう言いながら黒い冊子を閉じると、子爵は両目を見開き声にならない言葉を漏らすようにふるふると唇を揺らした後に、座らされた椅子からずり落ちて行った。


 そこに、部下から何か報告を受けたカヴァリーニャがオリヴィエに声をかけた。


「ナゴ族の自衛軍がバルデ領の関所まで来た。他の部族も追随するだろう」


「ありがとう、先生。バルデ領から非武装地の出入りを防いで欲しい。上手くいけば三日程でカタが付く」


 カヴァリーニャはそれを聞くと子爵の屋敷から出て行き、オリヴィエは私たちに少し眠ると良いと言い、まるで自分の屋敷のように客室を提供してくれた。


 王子や師団長は知らないが、私は疲れていた。ラルフもげんなりしているので恐らく疲れている。原因のいくつかは王子のお戯れによるものだと思う。与えられた寝床をありがたく使わせて貰う事になったのは、夜が明ける間近であった。



 どの位眠ったのか、ノックの音とラルフの声で私は目を覚ました。私は、寝ぼけ眼のまま『どうしました?』と、訊きながら扉を開けてやると、ラルフは一瞬身じろぎしてから口を開いた。


「アーテル王軍がバルデ領との関所まで来ているんですが……そのぉ、()()()()()()()()()()()()()()()()()するのだろうと街では騒ぎになっているようでして」


 なんで……?


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