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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
5 第一王子の外遊
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11 捕縛

 バルデ子爵領を出てから半刻ほど過ぎた頃、私たち一行はバルデ領内某所で佇んでいた。そして、私たちの周囲を囲むのは瑠璃ちゃんが出現させた不思議布(結界)だ。


「バルデ子爵には後ろ暗い事があったようだね」


 王子はそういいながら、監査官オリヴィエの残した紙片をヒラヒラとさせながら私たちの周囲を右往左往しているバルデ子爵の私兵たちを眺めている。彼らに見つかったら、どうなってしまうのやらである。


 つい先ほど私たち一行は襲撃を受けた。私が咄嗟に不思議布で全員隠してしまったので、襲った馬車の中には誰もいないと言う状況が作り上げられたのだ。そして、野党の一人が声を上げた。


『おい、王子が居ないぞ! バルデ子爵に何と報告すればいいんだ?!』


 野党の格好をしている男は、私たちの乗っていた馬車の御者にそう叫び、御者は一度も停めていない馬車からどうやって居なくなるのかと言い返していた。……御者もグルである。


 彼らが馬車の出入口から離れたのを良い事に、私たち四人は息を合わせて馬車から降りたのだ。何せ不思議布は四人が入ると狭いので、息を合わせて行動しなければ、はみ出て見つかる可能性だってあり得る。降りる際、馬車が揺れたのだが、他の野党達は皆、御者と言い合う野党に注目していて、私たちのいる方に注意を払う者がいなかったのも幸運であった。


 私たちを襲おうとした野党の格好をしたバルデ子爵の私兵は七人いた。御者も仲間なので八人で良いのか。対してこちらは四人と数で負けているので、このままやり過ごすのが無難な選択である。私たちはやや遠巻きに男たちの様子を眺めている。


「さて、あの監査官に会えるかも知れないね。この“『ビュケ』という名の食事処”とやらに行ってみようじゃないか?」


「殿下は場所に心当たりがあるのですか?」


「いや、無いよ。でも、あの監査官が置いて行ったのなら、私たちにも見つけられるものにしてくれていると思ってね。となれば、バルデ領内にありそうだろう?」


 ヘイワード師団長のもっともな質問に対して、エリック王子の答えは間違っていなさそうだが、どこか監査官を彷彿とさせる。


「まぁ、他に良い案も無いですしねー」


 ラルフがげんなりしながらも王子に賛成の意を示し、師団長を同意させる事となった。


「では、来た道を戻りますか。この結界は少し狭いから、あの男達から離れる間は手を繋いで歩いた方が良いだろう?」


 王子は珍しく爽やかな笑みを浮かべて、私とラルフの手を握った。師団長がやや嫌そうにしたのは、王子に選ばれなかったからだろうか?

 師団長は黙ってラルフと手を繋ぎ、私に右手を差し出した。


「手を」


 ヘイワード師団長に促されて私は彼の右手に目を向けると、そこには見たことのある腕輪が付けられていた。


 ……えっと、何処で見たっけ?


 思い出せないまま師団長の右手を握ると、王子が『じゃあ、行くよ』と、私たちに声をかけたのだった。




 野党、もといバルデ子爵の私兵から離れて進む事暫くすると、街の灯が見えてきた。小さな領地という事もあるだろうが、非武装地帯を徒歩で歩いていたお陰で、私たち一行の足腰は随分と丈夫になったものである。

 街の広場まで辿り着いたところ、ラルフが一人外に出て、食事処を探してくると言うと、不思議布から出て行った。彼曰く、私たち三人は目立つので一人の方が都合が良いそうだ。


「まあ、バルデ子爵の屋敷でもラルフは顔を殆ど見られなかったから適任だろうね」


 ガリ王子がそう言うのだが、王子の場合はキラキラ度合いが凄くて目立つと言う意味も大いに含んでいたのだろうと私は思う。


「おや、もう戻ってきた」


 ラルフが此方の方へと戻ってくるが、ラルフからは私たちが見えないので、辺りをキョロキョロと見回しながら、行ったり来たりを繰り返す。どうもそれが王子の悪戯心に火をつけたらしい。王子はラルフの背後から、手を一気に後方へと引き、不思議布の中へと入れた。ラルフの悲鳴はまあまあ大きくて乙女のようであった。


「殿下、驚かさないで下さい。見つけましたよ、食事処ビュケ。中に、バルデ子爵がいましたが、あの監査官はいなかったです」


 ラルフがそう言うと、広場から少し離れた宿屋に案内した。看板には『ビュケ』とある。どうやら、食事処と宿屋一体型らしい。子爵が居ると言うので、不思議布をしまう訳にも行かず、私たち四人は不思議布に入ったまま移動する。


 果たして子爵は奥の席を占拠して、ふんぞり返っていた。どうやら王子に会った時は、肉襦袢以外のものを被っていようだ。店内には、監査官オリヴィエはいない。給仕と子爵当人を除き十名の男が思い思いの席についているように見えるが、子爵の私兵が混ざっていると考えるのが自然だろう。


 私たちは、人が寄って来なさそうな壁際に立ち、子爵の様子を伺う。バルデ子爵は、時折り口の端を持ち上げて、笑っているのか咳き込んでいるのかわからない声を漏らしては何かを待っているようである。見た目にかなり気持ち悪い。


 そうこうしている内に、食事処は店じまいらしく開けっ放しにしていた戸口が閉じられ、中に残るのは、四名の男達と子爵、そして給仕の男一人だ。


「……何が始まるんでしょうね?」


「何だろうね?」


 ラルフとエリック王子が興味津々の体で子爵達の様子を見守る中、一歩引いた目線で見つめるヘイワード師団長。私は壁をすり抜けて現れた小豆色の小人を見つけてしまい、その動向を注視していた。


「お待たせ致しました。では、本日の査定を始めたいと思います」


 給仕の男がそう言い、奥から女子供を連れて来た。後手に縛られ、声を出せないよう布を喰ませられている女子供たちの中に、ヴェントは居た。中には、北郷の民に見えない金髪の娘もいる。


「……この子は、私の発注とは異なるようですが?」


 バルデ子爵がヴェントを一瞥して給仕にそう言った。態度から、不愉快なのだろうと思われる。


「これは、隣の女を連れてくる時に一緒にいたもので、騒がれても不味いかと思い連れて参りました。労働力として使えるかと存じます」


 給仕は張り付けたような笑みでバルデ子爵に答えた。満足しているようではないが、子爵は『まあ、良いでしょう』と、言うと酒を煽った。


「コレとコレと、それからコレだな。身を清めさせてくれ。後は、通常通り王都へ送る準備を始めて良い」


 子爵は拘束されている女子供から見目の良い三人に指を刺した後、給仕を下がらせるような手つきで右手を振った。


「仰せのままに。いつもの部屋で暫くお待ちください」


 そう言った給仕はヴェントを含む子爵に指を刺されなかった女子供を再び奥へと下がらせ、三人の娘を店の入り口の方へと連れて行く。子爵は酒を煽ると下卑た笑みを浮かべて、席を立った。そうしている間に、小豆色した小人は再び壁の中へと消えて行った。


「あー……どうしましょう?」


 ラルフが困り顔で王子を見ると、王子は『ヴェントを助けて事情を訊きましょう』と言い、女子供達が行った奥を指差す。


「あっちは……大丈夫でしょうか?」


 ラルフの言う『あっち』とは、子爵に選ばれた三人の娘の事だろう。何か良くない目にあわせられる事は間違いなさそうだ。


「先に風呂に入れられるみたいだから、少し猶予があるみたいだね。ともあれ急ごう」


 王子はそう言うと、私とラルフの手を持ちつつ師団長を見た。それを受けてヘイワード師団長は私の手とラルフの手を握り、背後から私たちを押すようにして奥へと進んだ。厨房を抜け、裏口らしき扉を開くと、そこには三名も男達が地面に伏しており、その先には筋肉ダルマの監査官オリヴィエが、ヴェント達を縛る縄を解いていた。


 私は瑠璃ちゃんの不思議布を消してもらい、ヴェント達の救出に加わる。


「おー。来たか?」


 オリヴィエは、私たちを見て破顔し『お前も手伝ってくれ』と、言いながらヴェントの縄を解き終えた。手が自由になったヴェントは、自ら猿ぐつわをむしり取り、他の娘たちの縄を解きにかかる。自由になった女子供が、未だ拘束されている娘の縄を解いてやり、全員が自由の身になった。


 ヘイワード師団長は、転がっている男に解いた縄をかけて、裏道を塞ぐように停められた幌馬車に男達を放り込んだ。


「やあ、オリヴィエ監査官。久しぶりだね」


「ああ、王子様はやっぱりその格好の方が似合うな」


 オリヴィエはそう言うと、ヘイワード師団長に中の人数を確認し、彼を連れて裏口から店の中へと消えた。間もなく、物がぶつかる様な音と、くぐもった様な声が漏れ聞こえた後に中は静かになった。


「とりあえず、中に戻りましょうか?」


 ラルフが不安そうな女子供たちをヴェントと共に宥めている様子を尻目に王子がそう言い女子供たちに微笑んだ。娘たちだけでなく、幼い子供も目に見えて王子に見惚れ、素直に中へと入って行く。


「やっぱり男は顔なんだなぁ」


 ヴェントがぼそっと言うと、ラルフが目に見えて凹むのがわかった。


 ヴェントとラルフの後に続いて厨房を抜けて中に戻ると、子爵の私兵と思しき男が四名床に転がっていて、師団長と監査官の二人は既に居なかった。


「あ、さっきの縄を持ってくるよ」


 ヴェントはその様子を見て、再び裏口側へと向かい、自分たちを縛っていた縄を回収して来た。ラルフが男をうつ伏せに転がすと、女子供達が男を縛り上げる連携技を見せる。


「二人は、子爵のところかな?」


 王子がそう言うのとほぼ同時に、何かが潰れた様な音がしてから静かになった。

 その後、オリヴィエが意識を失ったバルデ子爵を担いで戻って来ると『暫く立てないだろう』と言いながら、子爵を床へと転がした。


 師団長が子爵の股を容赦なく蹴り上げて悲鳴をあげたのだと、後からオリヴィエに教えてもらい、王子とラルフがなんとも言えない顔をしたのだった。

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