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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
5 第一王子の外遊
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10 脱出

 応接室を出た私とラルフは、元辺境伯を探す騎士達を尻目に執務室を探して屋敷内を進んだ。ラルフは、屋敷の構造と言うのは似ているものだと言いながら執務室と思しき部屋を探り当てて見せた。更に意外な事に、ラルフは道具を駆使して器用に開錠したのだ。彼の手には柔らかな光を放つ丸いものを持っている。お陰で、灯りの無い部屋も薄ぼんやりと周囲に何があるのかわかる。訊けば文官の必須アイテムだとか。


 文官の必須アイテムって、空き巣っぽい……


「さて。何か手掛かりが見つかれば良いですが」


 ラルフはそう言うと、執務机の紙を確認している。私は、何か視えれば役に立つかもしれないとラルフの邪魔にならないように、適当に物に触れて行く事にした。


 瑠璃ちゃんは部屋のあちこちを飛び回っているが、ラルフはそれに気が付かない。瑠璃ちゃんが見える人はどのくらいいるのだろうか? とりあえず、監査官(オリヴィエ)は瑠璃ちゃんに手紙を託したくらいだから、見えるのだろう。後はエレノアや赤髪のレイモンドくらいしか思い浮かばない。エレノアは故人だが、レイモンドはどうなのだろうか……?


「うーん。目ぼしいものは無いですねー」


 ラルフがそう言いながら、机の中を掻き回している。

 私も考え事をしつつ触り回っているが、視えるものはない。


「辺境伯の館には隠し部屋があったのですが……そう上手くは見つかりませんね」


「あー。僕、結局その隠し部屋見なかったです。でも、拐かした女子供を自分の屋敷に置くのはちょっとリスキーですよね。急な来客とか……」


 そうだよね……


 私もラルフの意見に賛成だ。視える品もないし、とにかく捉えられている場所が分かればなと思うばかりだ。


 そこに施錠していた扉の鍵を開ける音がする。


「ラルフ、誰か来ました」


 私がそう言うと、ラルフはササッと荒らした執務机の周辺を整えて、私と共に部屋の隅の方へと移動する。不思議布は大人四人程度が立っていられる程度の範囲だ。そこを出てしまうと、姿が見えるようになる事は事前に確認済みだ。


「あの男は……?」


 そこに入って来たのは、赤茶けた髪を纏めた筋肉ダルマのアーテル国監査官のオリヴィエであった。手には、ラルフが持っている物と同じような鈍く発光する石のような物がある。


「あの人は、オリヴィエ・ベルトレ……監査官です」


 ラルフの疑問に私が答える形で男の正体を告げた時に、丁度オリヴィエは首を傾げてこちらの方を向いたので、ラルフは驚きの声をあげる。


「ええぇ……僕たちがいる事わかるのでしょうか?」


「どうでしょう……?」


 ラルフが不安そうにオリヴィエを見つめている。そこに、何処からか小豆色の小人が現れて、オリヴィエに耳打ちでもするかのように近づく。


「……へえ」


 オリヴィエは、そう言うと書棚の一冊を取り出してから本を開く。本は、木箱でも開けたような音をして、本とは思えない方法で開かれた。どうやら、本ではなく、木箱だったようだ。オリヴィエは、その中から木箱より一回り小さな何かを取り出すと再び木箱を閉じて元の位置へと戻した。


 もしかして、()()裏帳簿とか言う代物だろうか……?


 オリヴィエは、取り出した品を懐に入れると、今度は机の引き出しを開き、どうやら書くものを取り出して机の上で何かを書いて、書き上げた紙を持って執務机から離れた。


「……あのー。何かあの人()()こっちの方を見てませんか?」


 ラルフがそう言うように、オリヴィエは真っ直ぐ私とラルフのいる方へと数歩歩み寄り、手にした紙を此方へ見せるように持ち上げてから紙から手を離した。そして、口の端を僅かに持ち上げた後に、踵を返して執務室から出て行ってしまった。


 一体何だったのか?


 ラルフと私は、顔を見合わせてオリヴィエの落として行った紙片を追った。


「何だろう……『ビュケ』という名の食事処?」


 ラルフは紙に書かれた文字を読むと、首を捻った。私にも見えるように紙を見せてくれるのだが、そこにはラルフが口にした事以上の情報は残っていない。


「バルデ子爵領に、こんな名前の食事処があるのでしょうかね?」


 私も首を捻りラルフと顔を合わせると、彼は沈黙に耐えられないとばかり『さあ……僕にもよくわからないですねー』と、笑った。そうして私たちは、収穫があるのか無いのか微妙な執務室を後にしたのだった。



 応接間に戻ろうと、私とラルフは歩き回る騎士達や使用人を避けて歩く。一応、ラルフと私が消えてから一刻経過したら王子と護衛役のヘイワード師団長は屋敷から出て行くと事前に決めてあったのだ。私たちはそれにうまく合流して、一緒に屋敷を出ようとしているのだが、戻ってきた応接間の扉は閉じていた。


「さすがに未だ帰ってないと思うんですがねー」


 勝手に扉が開いたら、怪しすぎるだろう。誰か出入りしてくれれば中の様子もわかるのだが、残念ながらそんな様子は無い。私とラルフは扉近くの壁際に立ち、中から音が漏れ聞こえたりしないかと耳を澄ませていた。


「中の様子がわかれば……」


 私の呟くと、瑠璃ちゃんが眼前に現れて見とけと言わんばかりに左の手から水の玉を出現させた。隣のラルフから『え? コレ何ですか?』と声があがる。


「夜も遅いですし、本日はこちらに泊まられては如何でしょう?」


 バルデ子爵の声が聞こえたのだが、扉は閉じたままだ。


「気遣い感謝するが、共の者を待たせているのでね」


 これはエリック王子の声か。ラルフが『凄いですね。こんな魔術初めて見ました』と言う。扉から視線をラルフの方に戻すと、彼は目を見開いて水の玉を凝視している。彼につられて私も覗くと、そこには応接間で話す王子とバルデ子爵たちが見えたのだった。


「しかし、非武装地帯と言うのは大変危険でしょう。せめて夜明けを待たれては……」


「ルルーシュ元辺境伯捜索の邪魔はしたくない。今日は帰り、後日共の者達とまた伺っても良いかな?」


 王子がそう言うと、バルデ子爵は『ええ、勿論でございます!』と、大きめの声をあげて喜色を露わにした。どうやらそろそろ出てくるようである。


「うん、出てくるようです。この水の玉はもう消して良いですね」


 私は瑠璃ちゃんに目をやりながらそう言うと、水の玉は消失した。扉が開く音がして、バルデ子爵達が出てくる。私とラルフは、エリック王子とヘイワード師団長の後ろに滑り込むように入り込み、後に続いて出口を目指す。


「しかし……本当に泊まって行かれませんか……」


 バルデ子爵は舐めるような視線を王子に向けて、食い下がっている。王子と師団長は表情を崩さずに歩を進める。どうやらバルデ子爵の独り言として処理されたようだ

 出口の向こうには馬車が見える。


「バルデ子爵。少し夜のバルデ領を歩いてみたいのだが、構わないかな?」


 馬車の前で、王子はそう言うと師団長を連れて歩いて外に出て行こうとする。バルデ子爵は慌てて『それでは護衛を付けましょう!』と、四名の護衛騎士を王子の後に続くように促した。


「おや……それではルルーシュ元辺境伯の捜索を邪魔してしまうようだ。では、馬車で大人しく帰ろうか」


 王子がそう言うと、バルデ子爵は笑みを浮かべて『左様でございますか』と言った。

 私とラルフは、王子が突然外に出ようとしたちょっとした騒ぎに乗じて、先に馬車へ乗り込んでおり、ヘイワード師団長が馬車の揺れを確認して王子に合図を送っての王子の台詞であった。


「はぁ。なんとか無事に出て行けそうですねー」


 ラルフが王子の寸劇を眺めてそう呟き、私は頷いたのだった。


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