9 ラルフの見せ場
ヴェントは、第一王子一行より一足先に、バルデ領近くの状況を確認するために陽が登る前に、出立したらしいのだが、戻って来ないと言う。昨夜ポンビーニャから色々聞かされた私とラルフは、嫌な予感を共有するかのように顔を見合わせた。
「顔役には知らせましたか?」
エリック王子は顎に手を当ててポンビーニャに訊くと『いえ、未だ……』と彼女は答えた。
「カヴァリーニャの情報網を利用して、非武装地を探してもらいなさい。バルデ領は……私達四名で捜査しようか?」
ええと……
王子は私とラルフ、そしてヘイワード師団長をみて、私達四名と言ったようだ。師団長が表情を変える事なく、不穏な空気を纏っている。ラルフは若干引き攣った顔をしているが、どこか諦めた雰囲気だ。
「そんな……私も参ります!」
ポンビーニャは、弾かれたように王子を見て訴えるのだが『君の見た目だと、拐かされるかも知れないのでしょう?』と、言い含めると、カヴァリーニャの力を借りて、残りの魔法師団員と文官達を非武装地側で保護して欲しいと言った。
「殿下。何故この四名なのです?」
「うん、バルデ領である程度自由に動ける私と、捜査に長けて腕も立つヘイワード師団長が欲しい。サイラスにはこの前見せてもらった結界魔法をお願いできるだろう?」
ヘイワード師団長の問いに対する答えには、残念ながらラルフが入っていないようだ。
「……ええと、殿下。僕は…?」
「うん、仲間外れにしてはちょっと可哀想だなと思ってね」
ラルフは何とも言えない表情になり『そんな……』と、呟く。
嬉しいのか、別行動を希望しているのかよくわからない。そう言うところが王子の玩具なのだろう。
「まあ、一応君の文官としての君の捜査能力もアテにしているよ」
王子がそう言うと、ラルフは更にどっちが良かったのか解らない表情を作って『ありがとうございます』と、応えたのだった。
「ヴェントがいなくなったそうだな」
ポンビーニャの知らせを聞いた非武装地の顔役は、意外な事に、自らエリック王子の所に足を運んで来た。監査官を彷彿とさせる飄々とした態度で、『どうして他国の孤児一人にそこまでするのかねぇ』と、嘯いた。エリック王子がバルデ領へ捜索へ向かう事を言っているのであろう。飄々とした態度とは裏腹にその眼差しは厳しい。
対する王子は、これまた絶妙な角度で首を傾げて『どうしてでしょうね』とだけ返した。
「とても一国の王子様とは思えないねぇ」
暫し視線を合わせていた顔役と王子だったが、カヴァリーニャが根負けしたという素振りで肩をすくめて見せると、王子はほんの少し目を細めて口の端を左右均等に持ち上げた。
「非武装地での少年の捜索と、残していく私の部下たちの保護をお願いします」
「そうそう、エミリアン・バルデ子爵は好色らしい。気をつけてな」
カヴァリーニャは最後にそう言うと、去って行った。ポンビーニャに視線を向けると、彼女は口を引き結び、こちらに向かい頷いた。どうやら今のが顔役は協力してくれると言う意思表示だったらしい。
わかりにくいって……
私の横にいるラルフが息を大きく吐いて脱力していた。
程なくして、一行にカヴァリーニャの寄越してくれた男女が四名新たに加わった。それは、私も何度か見かけた四人で、絶妙な距離感を保ちつつ王子一行と行動を共にしてくれた。そして、バルデ子爵領でヴェントの行方を探す王子と私を含めた四人以外は、バルデ領の付近で野営をして監査官の迎えを待つ事になる。
私は、こっそりとダンを起こすと、瑠璃ちゃんの結界を出す時の合図と、解除する時の合図を決めておくのだった。
その後、私達四人がバルデ領に到着する頃には、既に陽が落ちていた。非武装地側から先触れを出し、バルデ子爵からの迎えを待った為で、急な話と言う理由でそれなりに待たされた結果である。
ラルフを除く私達三名は、非武装地に入る前に身につけていた衣服を再び袖を通して、如何にもな王子と従者と護衛が出来上がった。ラルフは文官服の上からルルーシュ元辺境伯のローブを着込んでいる。
「はぁ……上手く出来るでしょうか?」
ラルフは私に聞こえる程度の大きさでそう言い、不安気に溜息を吐き項垂れた。
実は、王子がラルフに与えた任務はかなり重要で、先だって指摘された『仲間外れにしては可哀想』と言う理由を言う前に、彼の調査能力を買っていると言ってやれば良いのに……と、密かに思う。
まあ、彼は王子の玩具なのだ。仕方がない。
そんなラルフに与えられた任務は、ルルーシュ元辺境伯の振りをして、バルデ子爵の屋敷内で逃亡し、ヴェント少年の行方に繋がる手掛かりを探すというものだ。私は、そんな彼の逃亡を助ける計画だ。
「まあ、手掛かりが見つからなくても良いよ。監査官殿が既に何か掴んでいるかも知れないからね」
王子は、私にだけ聞こえる大きさでそう言い、微笑んだ。どうやら緊張で項垂れているラルフに伝える気は無いらしい。腹黒だ。
応接室らしき部屋に通されると、そこにはバルデ子爵が待ち構えていた。
「ようこそおいで下さいました、エリック・ディオン殿下。遠路はるばる私どもの領地に立ち寄り頂き大変光栄でございます」
エミリアン・バルデ子爵は、ドラン伯爵よりも厚めの肉襦袢を羽織った男だった。クザン伯爵と同年代だろうか……肉が多くて判別は難しい。随分と経済的に潤っているようで、衣装も豪華だ。
バルデ子爵はねっとりとした視線をエリック王子と、私にくれた後に、偽ルルーシュ元辺境伯を一瞥して『更迭されたルルーシュ元辺境伯ですね』と、言うと部屋に騎士を二名呼び込んだ。
「ご協力感謝致します。後は私どもで元辺境伯の身柄を拘束しますよ」
バルデ子爵がそう言うと、騎士二人が問答無用でラルフに迫る。ラルフが後退ると、ヘイワード師団長がその襟首を掴み持ち上げて『どちらまで運びますか?』と無表情で応える。ラルフの足は地面から離れ、ばたばたと踠いている。
騎士たちは目の前で獲物を取り上げられた形になってしまったのだが、他国の王族を護る見た目にも強そうな男に対して強硬な事は出来ないようだ。
「殿下のお手を煩わす必要はございません。私どもに引き渡し頂ければと存じます」
バルデ子爵の言葉に、王子は目で師団長に合図を送り、元辺境伯は解放される。
そして、解放されたルルーシュ元辺境伯ことラルフは騎士達が近づくよりも前に素早く動き、後ろに控えていた私の左手を後ろから捻り上げて、首を掴んだ。まあまあ痛いが、文句は言わない。
「こんな所で捕まる訳には行かないんでね」
やや早口でそう言うラルフと、自由になる右手を上げて『助けて』と言う私。そして、私の人差し指が上を指した瞬間に元辺境伯と従者は彼らの眼前から消えた……筈だ。
うん……凄く驚いているみたい。
バルデ子爵と騎士達は驚愕といった表情で私達の方を見ているが、エリック王子は彼らから背を向けている事をいい事に、目が笑っている。師団長は変わらず無表情を保つ。
「一体何処に……」
そう言い、辺りを見回す騎士達に対してヘイワード師団長は『転移術か』と呟く。騎士達が師団長の言葉に反応して部屋を出て行く。『まだこの近くにいる筈だ!』と、騎士の一人が言っているのが僅かに聞こえて来た。
「いやー。あんなに簡単に誘導されちゃうんですね。それにしても本当に外から見えていないんですねー」
ラルフは私を掴んでいた手を離して、元辺境伯の扮装用ローブを脱いだ。私とラルフは全く動いておらず、瑠璃ちゃんの不思議布の中から、慌てふためくバルデ子爵達を眺めている。
私と共に結界内に入った人間は、私同様消えてしまい、声も聞こえない事がわかった。ぶっつけ本番でやってみてラルフが丸見えと言う結果になるのは私も嫌だったので、事前に試す事までは良かったのだが……王子や師団長、挙句はポンビーニャまでも結界内に入りたがり、その度に私は右の人差し指を上に指してはちょっと滑稽な姿を披露する事になってしまい恥ずかしい思いをしたのだった。
「さて、ヴェントの行方を探しましょうか」
「そうですね。手掛かりが見つかると良いのですが……」
私とラルフは慌てふためくバルデ子爵の横をすり抜け、開け放たれたドアから応接間を出たのだった。




