8 バルデ領の黒い噂
北郷の民が行う儀式に足止めされた第一王子一行は、そのまま儀式の行われた地で一夜を過ごす事になった。ポンビーニャが何か手配をしたらしく、宿屋とは思えない謎の家屋で眠る事となった。とは言え、同室に数名が雑魚寝するので、野営に比べて、雨風が凌ぎ易そうなくらいだが……
エリック王子と、ラルフと私、そしてヘイワード師団長は案の定同部屋だ。
「王都と北接の街とは、どんな所なのかな?」
エリック王子はポンビーニャにそう尋ねた。アーテル国に詳しい王子も、小さな街の事は知らないらしい。
「北郷の民にとっては良い話を聞かない街……でございます」
ポンビーニャが表情を殺してそう言うと、王子は興味を持ったようで『具体的には?』と、続きを促した。
「バルデ領は、特段産業も無い領地ですが、潤っております。……主に、北郷出身の女子供を王都の遊郭へと斡旋しているようで……」
ポンビーニャが濁すと、ヘイワード師団長は『それは合法な話なのか?』と、訊いた。
「アーテルの法には触れていないのでは……と、思います。バルデ領の領主、エミリアン・バルデ子爵は罰される様子はございません」
そう言うポンビーニャの顔色から、彼女が不本意だと解る。何となくわかるのは、バルデ領の領主は碌でもない人間だと言う事だろう……
「斡旋……と、言うからには契約書があるのでしょう。法に触れない意匠が凝らしてあるのでしょうかね。ちょっと見せてもらいたいものです」
ラルフにしては珍しく、皮肉混じりだ。思えば、日中は顔を晒さないように常にフードを目深に被り行動している。疲れも鬱憤も溜まっていたのだろう。
「……契約書は、あるのかどうか解りません。唯、バルデ領付近で北郷の特徴がある女子供が行方知れずになると聞きます。巻き込まれないよう気をつけてて下さい」
……重い。
『北郷の特徴』とは、褐色の肌と黒い瞳の事だろう。髪色は黒めな人間が多いが、割とまちまちだと思う。そして、巻き込まれないように気をつける以外に、ポンビーニャと後ろにいるカヴァリーニャには手が出せないと言っているのだ。バルデ領主はコルデリア王妃くらい関わりたくない人物に認定する。
「でも、北郷の民は横の繋がりが強いようだし、非武装地には顔役カヴァリーニャもいる。どうして行方知れずになってしまうのかな?」
王子は首を傾げて、ポンビーニャを促すように見つめた。エリック王子ははるか上からものを尋ねる姿勢の割に、上手に下々の者から情報を集めるものだと密かに感心する。ラルフと違うが、王子も聞き上手な部類の人間なのだろう。
「聞いた話では、非武装地からバルデ領に入った際に帰って来ない者が多いようです。バルデ領ではカヴァリーニャの権威は届きませんので、詳しいところは解らないようです」
「そう。残された者は心配だろうね。北郷の特徴が無ければ大丈夫なのかな?」
「そもそも非武装地には北郷の色が濃い人間ばかり集まっていますので、特徴がない事例については、解りません」
「そう。気にしてくれる人が少ない者がいなくなるなんて、まるでルルーシュ辺境伯の所で起きた事件のようだね」
王子はそう言うと、顎に手を当てて物思いに耽る。ヘイワード師団長は無表情だが、思うところは何となくだが、私と似たり寄ったりだと思う。辺境伯の館にいた虚ろな表情の女子供たちが目に浮かんだ。
……拐かされた女子供は薬でも与えられているのか?
「それで、監査官はどの様にしてバルデ領へ迎えを寄越すつもりだ?」
ヘイワード師団長が話題を変えるようにポンビーニャに尋ね、私の思考は一旦辺境伯の館にいた女子供の姿を手放した。
「……それが、バルデ領に来ればわかるとだけ仰いまして」
ラルフが小さく『あちゃー』と、声を発するのが聞こえた。
あの飄々とした監査官も、そう言えば『北郷の特徴』を持ち合わせた人だったなと思い出す。
「成程。色々と破天荒な方なのですね……」
ラルフがそう言って苦笑いをすると、ポンビーニャは『そうなんです』と、申し訳なさそうに応えた。
そして翌朝、血相を変えたポンビーニャの報せで、私はヴェント少年がバルデ領近くで忽然と姿を消した事を知ったのだった。




