7 続・タウンゼント家のやんごとなき事情
これは不味い。
オスカー・タウンゼントは、第二王子がこちらを見た瞬間、これから面倒ごとに巻き込まれると独自の嗅覚で感じ取った。
「ヴァレンタイン伯爵令嬢が、アーテル国境に……そうか、ダンが彼女の傍にいるのか」
相変わらず、察しが良すぎる王子だ。伝えていないと言うのに、使い魔をヴァレンタイン伯爵令嬢に託した事を把握している。
オスカーは、溜息を吐き『その通りだ』と、言うと目元を指で摘んだ。ブレイク公爵令嬢のお陰で、思いの外早く王都まで帰って来れたと思っていたのだが、このままでは妻子に会う時間もなく、アーテルへ直行させられる。
「そうか……ダンと主従関係のあるオスカーなら、ヴァレンタイン伯爵令嬢の元へ行ける訳か」
ヴィンセント王子はいつになく真に迫る顔色でこちらを見ている。オスカーが学生時代から長年の付き合いでこの王子には隠し事ができない事を知っている。やや投げやりな口調で『そうだな』と、返した。さすがに今頃ならヘイワード師団長が近くに居るだろう。その辺りの詳細を説明するのも面倒になってきたのだが、仕方ない。
「殿下……先ずは、帰還のご報告をされた方がよろしいのでは?」
「いや、先ずはヴィンセント殿下のいない間に起きた話を聞いてもらおう。ブレイク公爵令嬢、悪いが空いている部屋を貸して欲しい」
オスカーは妻子に会うことを諦めて深めの溜息を吐き、クリスが『応接室へご案内しましょう』と、言い案内し出す。王子がそれに続き、ジェフリーがササキサンを解放して後ろに続く。
「ブレイク公爵令嬢…貴女も聞いておいた方が良いだろう。同席してくれ」
オスカーがそう言うと『ぴぇ』と、声を上げて従う公爵令嬢に、ちょっと滑舌が悪いようだとオスカーは思うのだった。
応接室に集められたのは第二王子襲撃事件現場の関係者(王子と護衛騎士、ブレイク公爵令嬢)と使い魔たちだ。クリスは案内が終わると、お茶を用意すると言い、退出した。
「先ず、ヴァレンタイン伯爵令嬢だが、ファーガス侯爵に目を付けられているようだ。貴族籍を維持する為に、クザン伯爵の養女になる事を薦められたそうだ」
オスカーがそう切り出すと、ヴィンセント王子とジェフリーは顔色を変えなかったが、公爵令嬢は驚き息を呑む様子が伺えた。
「あ、そうダ。前に視えた偉そうなフード被った男は、その男だったってサ」
何だと?
オスカーは頭が痛くなりそうな気分に耐えながら『初耳だが……アレがファーガス侯爵だったと?』と、ヤマダサンに言う。
「ン〜。そう言えばまだ説明していないって言っていたナ。声が同じだってサ」
ブレイク公爵夫人の使い魔は、悪びれもせずに後脚で耳の裏を掻いている。公爵令嬢が『ヤマダサン!』と、非難の声を上げオスカーの気持ちを代弁してくれるようだ。
「まあ、そのファーガス侯爵にヴァレンタイン伯爵は今度こそ殺害されるだろうとジェキンソン父娘から伯爵令嬢の救済要請があってな……第一魔法師団で執事と伯爵令嬢を保護した」
「確かクザン伯爵はアーテル国境の領地を治めていたが……まさかお前が不在の隙に連れ去られたのか?」
ジェフリーが珍しく不快な表情を露わにした。
「いや……私が居ない間に伯爵令嬢がエリック王子の従者に選ばれたようでな。誰も止められなかったようだ。今は第三魔法師団長が彼女の傍にいる」
「そうか。クザン伯爵の所で引き留められた訳ではないのか……」
ジェフリーはそう言うと、穏やかな表情に戻った。その間に、ヴィンセント王子が口を開いた。
「そうか、わかった。兄上と一緒なら、アーテル王城を目指しているのだね。ところでヤマダサンは、ヴァレンタイン伯爵令嬢が視えたモノで他に何を知っている?」
「ン〜。毒を盛られた時の様子が視えたって言っていたゾ。コルデなんちゃらが、メイドに用意させたみたいだってサ」
公爵令嬢が驚いてササキサンを強く抱いたのか『み゛ぃ』という音がして、そちらを見ると、令嬢がぷるぷると震えている。オスカーにとってはありそうな話だと思えたが、やはりまだ若い公爵令嬢には衝撃だったらしい。
こう言う時には手でも握ってやれば良いものをと思いながら、オスカーはジェフリーの方を見たが、いつも冷静な男の顔色は白く、表情を失っている。
「ジェフ……?」
しかも、オスカーの声が聞こえていないようだ。ジェフリーの隣に腰掛ける王子と一瞬視線が合うが、王子はヤマダサンへの質問を優先したようだ。
「うん、他には?」
「ン〜。嬢ちゃんの時間を止めたのはディアナの仕業で〜。嬢ちゃんの父ちゃんは、なんちゃら侯爵に魔石を寄付してもらっていたナ」
「なんちゃら侯爵とはファーガス侯爵の事だね?」
「あ、ソレ」
ファーガス侯爵の娘がやらかしたから、お詫びに魔石を寄付していたと言う事だろうか……
オスカーは目元を摘み、頭を振った。情報が足りないのだ。訳がわからない。
そこにノック音がして、クリスがお茶を運んで来た。
何故にメイド服……
「あ、お菓子だナ!」
文官服ではなく、メイドの制服を着た精霊は、公爵家の使用人に相応しい所作で茶を淹れてくれる。ヤマダサンが勢いよく立ち上がると、お菓子に吸い寄せられて行くので、公爵令嬢がヤマダサンを抱き上げて『待って、ヤマダサン。他には何か聞いていないの?』と、言う。
「ン〜。あとは〜。ナバーロって奴とレモンパイ先生を見たってサ」
……レモンパイ先生?
さっぱりわからない。
「あのサ。もうあの嬢ちゃん上手に話せるから、直接訊いたほうがわかりやすいゾ」
ヤマダサンはクッキーを上手に前脚で引き寄せて口に放り込んだ。
「確かに、ヴァレンタイン伯爵令嬢は随分と話せるようになっていたな」
その方が解りやすいだろう。
「そうだな、では早速追いかけようか。案内は頼むよ」
王子はそう言うと、オスカーの肩を叩きニッコリ笑うのだった。




