6 北郷の民
非武装地を徒歩で進む事二日が経過した。街並みはごちゃごちゃしていて、顔役のカヴァリーニャが言っていた通り、馬車で進むのは難しい程路上に露店や不法投棄らしき物が溢れているし、僅かでも小綺麗な身なりの人間は物乞いをする子供たちに囲まれて、先に進めなくなる。
強盗の類はカヴァリーニャに認められた案内人がいる人間に手を出さないらしく、ポンビーニャのお陰で、エリック王子一行は特段危ない目に遭う事もなく非武装地を進むことができた。偶に現れる物乞いは、一緒について来たヴェント少年が上手にあしらい順調に進んでいたのだが、その日の午後に事態は変わった。
「この先で北郷の民が儀式を行なっていて……終わるまで待機します」
先頭を務めていたポンビーニャが、エリック王子とヘイワード師団長の元まで来ると、そう言う。強盗の類はカヴァリーニャの影響で問題ないらしいが、どうやら儀式は別らしい。
「迂回路は無いのか?」
「三名くらいであれば、誤魔化せたかも知れませんがこの人数では難しいです。……彼らの儀式を中断させる事は顔役でも無理なのです」
師団長の質問に、ポンビーニャはそう答え、私たちは北郷の民が行う儀式が終わるのを待つ事になった。彼女の指示で、広場から少し距離を置いて待機していたのだが、王子が近くで見たいとお貴族様らしい事を言い出し、ポンビーニャが渋々広場近くに一同を移動させたのだった。そして私たち同様、儀式に関わりなさそうな人々も、街の広場を占拠した儀式を見守るばかりだ。
「おおお、これは見事ですねー」
ラルフがいつもの調子でそう言い、私もそれに同意した。広場に露店やゴミや路上生活者の小さな天幕が一切無く、ちゃんとした広場なのだ。そこには色彩豊かな衣装を身に付けた男女が登場し、何か判らないがゆらゆらと動いている。
「踊っているのですか?」
私がポンビーニャに訊くと、彼女は頷いた後に『実は、私もそんなに詳しい訳ではないのですが』と、言った。
「アレは神に捧げる祈りだ」
ポンビーニャの後ろから現れたのは、顔役カヴァリーニャだった。周囲を見れば、追剥騒ぎで見かけた男達がちらほら見受けられる。曰く、儀式に乗っかる輩に目を光らしているのだとか。顔役と言うのも大変だ。
「北郷の民と言うのは、ナゴ族の事ですか?」
エリック王子がカヴァリーニャに訊ねると、カヴァリーニャは片眉を持ち上げて『そんな事に興味があるとはね。』と、言いうと口の端を持ち上げた。
「北郷の民は、ナゴ族の他にも幾つか細かい部族があるが、一番大きいのがナゴ族だな」
カヴァリーニャはそう言い、広場の方を目を細めて眺めている。
そこに聴こえる唄に私は聴き覚えがあった。靴に視せてもらったカタリナの唄だ。
「あまり連中の近くに居ない方が良い。儀式に巻き込まれるぞ」
カヴァリーニャはそう言うと、やや不遜な顔をして笑った。ポンビーニャは解るようで、やや緊張した顔をし、エリック王子は上品に首を傾げて自身の玩具ラルフを見たので、ラルフは顔を引き攣らせた。ヘイワード師団長は無表情を貫いている。
「巻き込まれるのですか?」
私が首を傾げていると、カヴァリーニャは『ほら、来たぞ』と、言うや否や、私は儀式を進める踊り子らしき人に腕を掴まれて広場の中央へと引っ張り出された。どうやら同じ境遇の人が数名、困り顔で集められていく。
集められた人々の一人に踊り子達が纏わりついて、口々に「カンタ」と言っている。
カンタって……何?
踊り子に囲まれた男が何か唄うと、纏わりついていた踊り子ががっくりと肩を落とすと、男に何かを渡した。受け取った男は広場の外へと帰って行く。そうして、踊り子達は私の隣にいた男に纏わりつくと再び「カンタ」と口々に言い募った。次に踊り子達の標的にされた男はどうして良いかわからないようだ。困り顔で左右を見ていると、広場の外から誰かが声をあげた。
「唄えないなら、代わりに硬貨を渡せ!」
男は硬貨を取り出し一枚渡すと、踊り子は一人減った。一人一枚必要だと言いたげだ。男は顔を顰めて硬貨を入れていた袋を取り出すと、踊り子の一人が袋を取り上げて中身を確認している。二、三人踊り子に中身を見せると、首を振って袋の中から一枚取り出して、男に渡すと蜘蛛の子を散らすように踊り子達が男から離れ、広場の外から笑いが巻き起こる。
「ほら、戻りな! お前の順番は終わりだとよ!」
広場の外から声がして、再び笑いが起きた。
男は不本意と戸惑いを混ぜた顔をしつつ、広場の外へと戻って行く。その様子に、明らかに広場に集められた人々の中に緊張が走る。どうやら、踊り子に纏わりつかれた人は、唄えないと金品を取られてしまうらしい。唄うと言いつつ、彼らの気に入る唄でないと、やはり金品が取り上げられてしまう。
これは追剥と同じでは……?
どうしたものか。私には硬貨は持ち合わせてはないし、高価な品と言えるものは特に持っていない。瞳の色を変える魔道具は価値があるかも知れないが、ここで急に片方だけ瞳の色が変わってしまっては、悪魔扱いされかねない。生贄にされるのは嫌だ。
カタリナの唄なら覚えているが…踊り子に気に入られるかどうか判らない。集められた人々はその数を減らして、残り数名になったところで、とうとう私の方にやって来た。そうして、「カンタ」攻めが始まる。
「瑠璃ちゃん、いる?」
私はダンが聞こえるくらいの大きさで声を発すると、瑠璃ちゃんが目の前に出てきた。瑠璃ちゃんに驚く人はいないようだ。
「危なくなったら、不思議布出してくれる?」
私は瑠璃ちゃんが首を縦に振った事を確認し、カタリナの唄を唄う。踊り子達は、ゆっくりと後退りするように私の周りから離れて行く。新しい反応だ。数歩離れた距離で踊り子達に囲まれる。再び「カンタ」攻めが訪れた。踊り子達は、少し興奮しているようにも見える。
もう一回唄えと言うことかな?
「いいぞ、坊主! もう一曲だ!」
私の予想を肯定するような声が広場の外から聞こえて来る。
他に知っているのは、カタリナが聴いた『誰かの生を願う唄』だけだ。駄目なら、瑠璃ちゃんの力で消えれば良いだろうと楽観的になれた。私は一息吸い込むと、あの時聴こえた唄を唄う。そこまで長くないフレーズだったから、私でも耳で覚えた音を紡ぐ事ができる。
踊り子達はその場に座ると天に両手を突き上げるポーズを取って私の唄に合わせて唱い出した。これもまた新しい反応だ。そうして一曲終わると、広場の外から歓声があがったのだった。
「北郷の唄をどこで覚えた?」
戻った私にカヴァリーニャが訊いたので『先程聴こえたものを真似た』と、応えると、彼は片眉だけ器用に持ち上げている。嘘はついていない。
「凄いな、坊主。どう見ても北郷の民じゃないのに唄えるなんてな。」
男が一人、私の肩を叩き去って行った。
ポンビーニャに後で教えて貰った話では、他所者と民を見分ける為に唄を要求し、旅の無事を祈る見返りとして、余所者からは金品を頂戴するらしい。そして、最初の二人はルールを教えるために用意されたサクラなのだと言うことも。
お祈りの押し売りみたいなものか……
「驚きました。唄と言っても、前の演舞に合うものでないといけないそうなので……」
ポンビーニャは、そう言い感心しきりだ。ちゃんと唄えなさそうな人を選んで広場に集めると言うから、やはり押し売り商法の一種みたいだ。偶々合う唄を知っていた私は幸運だったようだ。
「ポンビーニャさんは唄や演舞に詳しくないのですか?」
「……親から口伝てに教わるものなので、私やヴェントには教わる機会がなかったのです」
「そうでしたか」
カタリナは……結局遠くへ行ってしまったのか?
「知りたければ、ウチの女衆に教えを請えば良い。唄は耳で覚える物だ。こっちの坊主もな」
カヴァリーニャはポンビーニャにそう言うと、ヴェントの頭を乱雑に撫でて『先王もそうやっていたな』と呟いた。
「先王……ですか?」
そこにエリック王子が入り、カヴァリーニャは口の端を片方だけ持ち上げて笑った。
「ああ。先代のアーテル王は北郷の民と仲が良かった。それを好ましく思わない人間は王都に多そうだがね。」
「では……紛争のきっかけになった事件は、仕組まれたものでしょうか?」
王子の言葉に私は首を傾げてラルフを見上げる。私の視線に気がついたラルフが小声で『先代のアーテル王は、北郷の民に殺されたと言われているのです』と、耳打ちしてくれた。
「さあな、俺が解っているのは、先王は北郷の民を尊重していた事だけだ」
カヴァリーニャはそう言うと、儀式の余韻が残る広場へと行ってしまった。




