4 非武装地
樹海というのは平和なのか……それとも結界魔導士の結界術が優れているのか、はたまたドラン伯爵が用意したという薬草の効果なのか……魔獣に遭遇する事なく二日が過ぎた。野営準備をする魔王師団員たちも、拍子抜けと言う感想を持っている事が目に見えてわかる。
「これは、ドラン伯爵のところに残したメンバーの方が大変だったかも知れないな」
魔法師団員の一人が言った独り言が私の耳にも入る。そのくらい意外な結果と言う事なのだろう。
「ドラン伯爵は……あんな感じですが、一応魔法薬学分野では優れた方です。こんな薬草の使い方をご存知とは、私も助かりました」
あんな感じとは、やはり皆あんな感じと言う印象なのだろうか……
ポンビーニャがそう応えると、偽元辺境伯が『ホント……ドラン伯爵には感謝です』とフードを被ったまま小声で言う。ラルフは事情を知らない他の文官や見習い師団員達から離され、エリック王子と師団長の傍を離れないようにと師団長に命じられていた。私もそうなのだが……どうも、師団長はクザン伯爵の館から勝手に消えた私やガリ王子から目を離さないと心に決めたらしい。今も私の視界には師団長が時折見える。
「ポンビーニャさんはドラン伯爵と長い付き合いなのですか?」
ラルフが世間話の延長と言う雰囲気で結界魔導士にそう訊ねた。クザン伯爵の館でも、その呑気な雰囲気で一見どうでも良さそうなゴシップ情報も入手して来たのだろう。
「いえ……私はお名前だけ知っていました。付き合いが長いのは、オリヴィエさまです」
「オリヴィエさま?」
「ルルーシュ元辺境伯を更迭された監査官のお名前ですよ」
首を傾げたラルフに私が捕捉した。
「ああ、そうなんですねー。僕会えなかったからな……後で会えるかなー?」
「そうですね……後で会えると思います」
謎の多い監査官だ。アーテル国王陛下から権限委譲されたと言うが、元々高位の貴族なのだろうか……
「オリヴィエ監査官ってどんな方ですか?」
まるで私の心を読んだようにして、ラルフが再びポンビーニャに訊ねた。彼の纏う雰囲気に絆されると、ついうっかり色々と喋ってしまうのだろうなと私は思うのだった。
「そう……ですね。……色々と破天荒な方……でしょうか」
筋肉ダルマ情報が抜けている。
ポンビーニャは、そう言った後に何かを思い出したかのように口元を緩めた。
「おっ、何か面白いエピソードがありそうですねー」
ニコニコ顔のラルフにそう言われると、ポンビーニャは頭をふるふると横に振り『そんな事は……』と、濁した。彼女も筋肉ダルマ体型をつけ忘れたと思ったのではなかろうか。
「楽しそうだね」
ラルフとポンビーニャそして私の輪に、エリック王子が入って来ると、ポンビーニャはたちまちいつもの真面目な顔に戻ってしまった。
「えー。そうですか?」
ラルフが呑気な口調で王子に応えていると、ヘイワード師団長までこっちへ来てしまった。
「明日から非武装地に入るが、顔役とはいつ会えそうだろうか?」
師団長はポンビーニャにそう訊くと、彼女は表情を崩さずに『明日の午後には』と返すのだった。
「あー。では、この薬草の香りともそろそろお別れなんですねー」
ラルフがそう言うと、ポンビーニャは少し口元を緩めて『気に入ったのですか?』と、言うのだった。
それは樹海を抜けて、寂れた街道を進み始めてから暫くして起きた。
魔法師団員達がやや緊張しているのが護送用の馬車内からでも解る。魔法師団員が師団長に停車した護送馬車の外から声をかけた。街道上に追剥がいて、襲われている人がいると言う。
「ポンビーニャ、君ならどう対応する?」
王子は向かいに座る魔導士に目を向けてそう訊ねると、ポンビーニャは『確認して参ります』と言って立ち上がり、護送馬車を降りて魔法師団員と共に前方へと消えて行った。
「……ところでラルフ。君はベルトレと言う家名に心当たりあるかな?」
「ベルトレ……ですか?中央の監査官と言う方ですよね。流石にアーテル国の貴族年鑑は見たことがないので何とも……」
「そうか……もしかしたら君なら知っているかと思ったが。仕方ないね」
王子はそれだけ言うと、外の様子を見るでもなく瞑目した。一応ポンビーニャを外して確認したかったようである。
「……はは、すみません。記憶の限りですが、アーテル国の侯爵位以上にベルトレと言う家名はありませんでしたよ」
……偽名って事かな?
私はドラン伯爵が監査官に対して、とても丁寧な物言いを崩さない様子に、侯爵位以上の貴族だと当たりを付けていたので、そんな感想がぽっと出た。一方王子は『へえ、そうなんだ』と、瞑目したまま呟いた。
そういえば、あの監査官は小豆色の小人を連れていたな……
私が物思いに耽りつつ外の様子を小さな窓から覗くと、丁度ポンビーニャが戻ってくるところであった。
「殿下。非武装地の顔役が向こうから来てくれましたので、顔合わせをお願いします」
「わかった。何か言ってはいけない事はあるのかな?」
エリック王子は目を開けてポンビーニャに訊ねながら、護送車の外へと歩を進めるので、私も後に続こうとする。
「サイラス……何処へ行く?」
師団長が滅多に開かない口を開くと、私を目力で金縛りにでもかけようかと言うようにして見つめている。
「師団長も顔合わせした方が宜しいのでは? 私が王子と一緒に行動した方が護りやすいと思いますので。」
私がそう言うと、師団長はその大きな図体に似合わない素早さで馬車を降りて、私に手を出した。
「……手を」
どうやら降りるのに手を貸してくれるらしい。師団長の掌に私の手を重ねると、体重が軽くなったような心持ちが一瞬した後、地面にたどり着いた。後ろでラルフも続こうとするが、流石に師団長は手を貸さず、王子の後に続いて進んで行く。
「馬車に一人のところを襲われたくないですもんね。早く行きましょ。」
ラルフはそう言ってフードを目深に被り直して、私を促したのだった。
背の高い師団長を目印に進むと、ポンビーニャと王子達の前に、師団長に負けず劣らず背の高い壮年の男が立ちはだかっていた。その双眸は王子を捉えている。
「ポンビーニャ。こちらの方がお前の客人か?」
男が口を開く。特段大きな声ではないのだが、良く通る声だ。彼の後ろには、バツが悪いと言う顔をした男が二人、居心地悪そうにしている。少し離れた場所には、二人の男達より裕福そうな身なりをした男が地面に尻を付けて此方の様子を恐る恐ると言う体で見つめている。
「はい。非武装地からバルデ領まで通して貰いたく、ご挨拶をと」
ポンビーニャと知己らしい。このでっかい男が顔役なのだろう。『そうか』と、言うと踵を返して居心地の悪そうな男達二人の方に向かう。
「……で、お前達は何者だ?」
蛇に睨まれた蛙のように、二人は固まっている。
「……エスパンターリョです」
「……ファルカォンです。」
「そうか。俺はカヴァリーニャだ。そして此処は非武装地だ。案内人になりたければついて来い。悪さがしたいのならナゴの中でやっておけ」
それを聞いた二人は、脱兎の如く走り去った。なかなかのスピードで、もうその姿は小さい。それを見送るでもなく、カヴァリーニャは地面に座り込んだままの男をその腕力でもって一気に立ち上がらせると、良い案内人を紹介してやると言い、彼の部下と思しき近くの男達の方へ行くよう促した。
助け起こされた男が礼を言うと、何でもないと言う仕草で軽く手を振ると再び王子の前に戻って来た。
「俺はカヴァリーニャだ。客人の名前は聞かない方が良いかな?」
「いいえ大丈夫ですよ。私はエリック・ディオンです」
「そうか。よろしくな。此処を通るのにその馬車と身なりを何とかした方が良いな。ポンビーニャに用意させると良い」
それだけ言うと、顔役カヴァリーニャは去っていく。入れ替わりに彼の部下であろう男女が数名ポンビーニャに歩み寄る。
「……もしかして、馬車は通行料ってヤツでしょうか……?」
左隣のラルフがそう言うと、右隣の師団長が『それだけで済めば良いが』とぼそっと呟くと渋めな表情を見せたが、見上げた私と目が合った事に気が付くと直ぐにいつもの表情を作った。
その後ポンビーニャ経由で一行に配られた、見た目にかなりくたびれた衣服を見て、ラルフは『身ぐるみも剥がされちゃうのかぁ……』と、項垂れるのだった。




