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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
5 第一王子の外遊
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2 結界魔導士

 ドラン伯爵達三名が応接室へと向かい、暫くして執務室からまあまあの轟音が響き、私とラルフは顔を見合わせた。周りの使用人や文官達もざわついているが、魔法師団員達がそれを落ち着かせる。


「……今のは、何でしょうか?」


「……何でしょうか?」


 私もラルフもお互いが満足できる回答を持ち合わせていない。こんな実の無さそうなやり取りすらも何だか懐かしい。そんな私達がいるところへ応接室の方向から歩いてくる人影が四名。


「早速でしたね」


 エリック王子がそう言うと、ドラン伯爵は目をしょぼつかせて『はぁ、そうみたいですね……』と、小さめの声で応える。彼の眼鏡は鼻に何とか留まっており、見た目に哀れな事この上ない。ヘイワード師団長は相変わらず無言だ。そして、ドラン伯爵の後方には、細身の女性が付き従い、私達の脇を通り過ぎて階段を登って行く。


「……あれがお客様ですか。殿下たち御三方は訪問を予想していたご様子でしたが……」


 ラルフがそう言うのを聞きつつ、私は客人じょせいの後姿を目で追いかける。後ろでひとつに縛った深緑の髪が歩く度に左右に揺れて華奢な首筋とうなじが見え隠れする。その肌はやや褐色がかっていて、どこか筋肉ダルマの監査官オリヴィエを彷彿とさせた。どうやら四人は辺境伯の執務室を目指しているようだ。


彼らが執務室の中に消えてから暫くすると、何故かラルフが執務室へと呼び出される。


「何でしょうか……ねぇ?」


 ラルフはやや引き攣った顔をしながら、執務室へと消えていった。私は話し相手を失い、彼の帰りを待つのだった。



 ラルフが執務室へ消えて半刻ほど経過しただろうか……文官ラルフはドラン伯爵に負けず劣らずげっそりした顔色で執務室から出てきた。


「……大丈夫ですか?」


 何があったのやら、ラルフはしおしおになっている。彼は疲れた顔を引き攣らせつつ『大変な事になりました』とだけ言うと、がっくりと項垂れる。


「……大変な事ですか?」


 困った時は相手の言う事を繰り返す……思えばジャックとナタリーは便利な処世術を教えてくれたものだ。心の中でだけ私が二人に感謝していると、ラルフが続けた。


「僕、エリック殿下の外交メンバーから外されました」


「あら」


 帰れるなら、めでたい話なのではなかろうか……毎日のようにナタリーに会いたいと言っていた男だ。


「……でもって、ルルーシュ辺境伯のふりして王都まで連行される事になりました」


「……はい?」


「詳しくはこれから説明して貰えるので……どうぞ」


「……はい?」


 ラルフは執務室をノックしてから開くと、私を促した。次の方どうぞ的な何かであろうか……ラルフの様子からは嫌な予感がする。

 執務室には、先程見かけた女性の他に魔法師団員も数名いた。執務室自体は狭くないが、まあまあの賑わいである。私は魔法師団員が控える位置を背にする形で着席を促された。


「サイラス、君に伝えておく事がある」


 エリック王子が口を開くと、ドラン伯爵が続きを任されたように話し始めた。


「ええと……先程ルルーシュ元辺境伯の秘書官だった一人が、元辺境伯殺害を試みてアルブス国魔法師団員に阻止されました」


 先程聞こえた轟音の正体コトだろうか?


「中央には元辺境伯が更迭されると困る人物がいてね、その人物は内通者を秘書官としてルルーシュ元辺境伯の側に置いていたようです」


 私は黙って相槌を打って、ドラン伯爵の言葉を待った。


「怪しい人間は、ある程度わかっていたから元辺境伯ルルーシュと隔離しておいたら……早速動いてくれたと言う次第なのですよ」


「はあ」


 一緒に幽閉された秘書官は怪しくない人達だったと言う事かな……?


 ドラン伯爵はずり落ちる眼鏡を手の甲で戻して溜息を吐いた。そうして机の上に置かれていたのであろう、紙を一枚持ち上げた。


「これはオリヴィエ……監査官……からの依頼書で、エリック・ディオンアルブス国第二王子にルルーシュ元辺境伯を王都まで連行して欲しいとあって……殿下はそれを()()承諾されるそうです」


 ……半分。


「ルルーシュ元辺境伯に道中死なれても困るからね、代わり身を立てて王都まで連行して、王都到着後に魔法師団員の使う転移魔法陣を使って元辺境伯を呼び寄せようと思っている」


 エリック王子がそう言うと、隣のヘイワード師団長に頬笑みかけた。ヘイワード師団長は無反応だ。


「代わり身が……ラルフなのですか?」


 それでラルフは表向き外交から外されて、ルルーシュ辺境伯のふりして王都まで連行される事になったと言った訳だ。やっと理解できた。

 私がそう言うと、エリック王子は目を細めて『そうなんだ』と、言いながら微笑む。


「道中の安全を考えると、身代わりを立てずに王都到着後に転移魔法陣を使って頂く方が良いのですが……此処の安全面についても問題はありますので……この様な結果になりました」


 しょぼくれたドラン伯爵がそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……はあ」


「道中ラルフの事は内密に頼むよ」


「分かりました」


 私がエリック王子の言葉に頷くと、王子は満足そうにしたのだが、隣のヘイワード師団長はやや不愉快そうな空気を醸し出した。もしや半日近く続いた三人の話し合いとはこの事だったのか?

 ドラン伯爵は再びずり落ちてしまった眼鏡を手の甲で持ち上げる。


「監査官……さま……も殿下の身の安全を考慮して、王都までの道案内兼結界魔導士を派遣してくださって……」


 ドラン伯爵はそこまで言うと、細身の女性に目をやる。それに促されるようにして女性は立ち上がった。


「ポンビーニャとお呼びください」


 少し高い声だ。やや吊り目をした緑色の双眸が私を見据えた後、頭を下げた。後ろに纏められた彼女の深緑色をした髪がさらりと前に垂れ下がり、再び元の位置へと戻って行く。


「サイラスです。よろしくお願いします」


 私も彼女と同様に立ち上がると頭を下げた。ジャックの教える礼とは少し違い、相手の所作に寄せた。ポンビーニャは、私の反応に何故かキョトンとした顔を見せた。その表情から、彼女は十代後半くらいに見えた。



 そして翌日。ドラン伯爵とアデル嬢に見送られ、私を入れたエリック王子一行は再びアーテル国王都に向かい旅立ったのだった。


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