13 共同研究
ヴィンセント王子と約十日振りに再開できたアリソン達は、聖廟へと戻る前に、ミネルヴァ王妃の勧めで、ラーウス国の研究施設を見学する事になった。そこで熱烈歓迎を受けたのは、王子ではなく実はアリソンであった。研究所員だろうか、皆王子に目もくれず、アリソンに声をかけて来る。きっと慧心の魔術師の影響なのだとアリソンは確信した。外見も母娘でまあまあ似ているのだ。
「どうやら囲い込まれようとしているのはブレイク公爵令嬢の方だな」
オスカーの一言に苦い顔を作ったのはジェフリーであった。ヴィンセント王子は何故かウンウンと頷きながら護衛騎士の肩を叩く。肩を叩かれた護衛騎士は、渋面を作りつつ『我々は、殿下がミネルヴァ王妃に気に入られて城から出ること叶わないとお聞きしてラーウス国王城まで来たのですが……』とボソっと呟いた。
「凄いな、慧心の魔術師はラーウスでも大人気なのだな。叔母上には私は要らんからブレイク公爵令嬢を寄越せと言われたよ」
……えぇぇぇ?!
アリソンの眉間にやや深めの皺が刻まれた。オスカーは吹き出しそうになるのを堪えたらしく、微妙に口を引くつかせ『それで、王妃には何と?』と訊ねた。
「うん、ブレイク公爵が愛娘を渡す筈がないとお応えしたよ」
アリソンの眉間に刻まれた皺がほんの少し薄らいだ。ジェフリーの顔も柔らかくなった事に残念令嬢は気が付かなかった。オスカーは口の端をあげながら、『どうやらブレイク公爵に担がれたみたいだな』と言い、肩をすくめるのだった。
「あら、いらっしゃい」
そして、研究施設を訪れたアリソン一行を当たり前のように迎えたのは、ブレイク公爵夫人であった。彼女の傍には、コーラルに近いピンク色の髪をした超絶美人がぱっと華ぐような微笑みを浮かべていた。年歳は……ミネルヴァ王妃やブレイク公爵夫人と同じくらいだろうか……
「やあ、ブレイク公爵夫人。王都に来ていたのですね。今日は、共同研究施設を見学して良いとミネルヴァ王妃が許可してくださいましてね」
ヴィンセント王子は爽やかに笑うと、公爵夫人へ護衛騎士と魔法師団長を紹介した。
「ええと、こちらはラーウス国側の共同研究を統括しているフェリシア様です」
「皆さまにお会いできて光栄ですわ」
ディアナの紹介を受けて、超絶美人は、花が咲き誇りそうな笑みを深めては研究内容について説明してくれた。
「共同研究のテーマですが、とある事象の関連性を調べています」
「関連性ですか?」
アリソンがキョトンとすると、フェリシアは頷くと続けた。
「王の健康と樹海の活性状況に関連があるのか調べております。先王から現在のラーウス国王陛下に王位継承がスムーズに行われなかった二十数年前に、ラーウス国領の樹海で魔獣が大量発生した事が研究を始めるきっかけでした」
「魔獣の大量発生ですか?」
ジェフリーが眉を顰めた。
「ええ。隣国のアルブスは平和だと言うのに、ラーウスだけがどうして…と。ラーウス国内の歴史書を紐解くと、圧政を強いていた王政時も、樹海が荒れていた事がわかりました。反対に、賢王とされる時代は、魔獣の問題は殆ど無い事もわかりましたの」
オスカーが面白そうと言いたげに目を細めた。ヴィンセント王子は『なるほど』と、相槌を打つとフェリシアに続きを促した。
「王の健康状態が樹海に与える影響を調べようとデータ収集と分析をしています。ブレイク公爵夫人には、特に収集と分析の手法について支援して頂いています」
ブレイク公爵夫人は、史実を基に纏めた傾向について、因果関係の仮説をたてては樹海でデータを集めているのだという。
「母上……その仮説検証では、ラーウス国王陛下には何をしてもらうのですか……?」
アリソンが質問すると、フェリシアが瑠璃色の双眸を瞬かせた後『お母さまの若い頃にそっくりですわね』と、微笑んだ。ブレイク公爵夫人は目を眇めて、それ以上言わないように牽制しているようにも見受けられる。
「王の健康状況を主としているので、王都でフェリシアにデータ取りをお願いしているわね」
「……では、昨日の父上が壊したデータ分は、分析対象から外れてしまうのですか?」
やってしもうたぞ案件である……
ディアナはアリソンの頭をくしゃくしゃと少しだけ乱雑に撫でると『大丈夫よ』と言って、先程とは打って変わって、優しい顔になった。
「アルブス国側も比較対象として調べているから、全部無駄という事はないのよ」
アリソンは、少し安堵した。
「気になるのはアルブス国王陛下のほうなのだけれど……」
フェリシアは顎に手をやり、ディアナが苦笑いだ。アリソンは首を傾げて二人を見つめた。
「アルブス国側の樹海がね……活性化しているの。悪い方にね」
ディアナはそれだけ言うと、再びアリソンの頭をくしゃくしゃと撫でた。
ブレイク公爵夫人がどの程度知っているか不明だが、アルブスの王が重篤という事実は、隣国には未だ伏せてあるのだろう。アリソン達見学御一行は、神妙な顔で『そうですか』とだけ言うのだった。




