12 ミネルヴァ王妃
ラーウス国王妃のミネルヴァ・グラナドは、アルブス国出身だ。元はアルブスの王女であった彼女は、十七歳でラーウス国王へ嫁ぎ、今は三十五歳になった筈だ。しかし、その美貌は衰える事なくとても艶やかな王妃であった。叔母というだけあって、甥のヴィンセント王子に似ている。髪と瞳の色が二人共同じという事もあり、歳の近い親子と言われても違和感がない。
アリソンは、ジェフリー、クリス、そしてオスカーのオマケ扱いのようにして王妃と謁見を許された。ディアナは王都の研究施設に顔を出すからと言い、謁見には来なかった。謁見と言いつつ、少し大きめの応接間といった処に通された三人と精霊である。王妃は笑顔で席に座るようにと促してくれた。
「遠路ご苦労様でしたね。ところで迎えに行かれたシリウスおじさまはどちらに?」
「ラーウス、アルブスの共同研究施設で慧心の魔術師に支援を申し出られるまして、そちらにおられます」
物は言いようだなとアリソンは思いながら、ジェフリーの説明に感心した。これが、自分ならばしどろもどろで碌な説明も出来ずに終わるだろうし、オスカーなら、もう少し皮肉が含まれた内容になるだろう。契約精霊の場合は、正直に話し過ぎるので論外だ。
「まあ、おじさまは相変わらずディアナにべったりなのね。ところでクリス。今日はメイド服ではないの?」
ふぇぇぇ……
クリスがブレイク公爵家でメイド姿な事実を知るのは公爵家の自分くらいだと思っていたアリソンは、王妃の爆弾発言に驚いて目を見開いてしまう。すると、王妃と目が合ってしまう。
「あら、貴女がアリソンね」
ミネルヴァ王妃は微笑んで立ち上がり、アリソンの前まで来た。アリソンは、ど緊張で椅子から立ち上がると、頭を下げて挨拶をした。ややカラクリ仕掛けのような動きになるのは、引きこもりが故であろう。王妃はそんなアリソンの手を取ると嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ。ディアナにそっくりね。」
悪戯好きそうに目を細めて、扇で口元を押さえて笑う王妃に、ブレイク公爵の血筋を感じてアリソンは口元が引き攣った。そう言えば、ミネルヴァ王妃はアリソンの従姉妹だ……と、そこに文官姿のクリスが口を挟む。
「ミネルヴァ王妃。アリソン様をあまり怯えさせないようお願い致します。」
「まあ、相変わらず辛辣ね。可愛い子を愛でて何が悪いと言うのかしら?」
「新しい玩具を手に入れたという目で見るのを止めれば良いのです。」
どうやら、ミネルヴァ王妃とクリスは旧知の仲であるようだ。父上もアレで一応王族だったなとアリソンは微妙な笑みを浮かべつつ王妃と精霊のやり取りを黙って見守る事にした。そこへ、ジェフリーが本題へと戻すように王妃に質問した。
「ヴィンセント殿下は今どちらにおられますでしょうか?」
「娘と遊んでいるわ。中庭かしら?」
ヴィンセント王子のラーウスに婿入りに向けて外堀を埋め始めたのだろうか……にしては、何というか他人事感のある気がする。アリソンは、小首を傾げて王妃を見つめた。
「ヴィンセント殿下には、聖廟に向かうようアルヴィン国王陛下の勅命がございますので、殿下と合流後、急ぎ聖廟へ向かいたいのです。」
ジェフリーがそう言うと、ミネルヴァ王妃は『で、貴方のお名前は?』と、訊ねた。
「ジェフリー・フリンと申します」
「あら、貴方……レイモンド・フリンと関係があるの?」
「レイモンドは私の養父でございます」
それを聞いた王妃は、目を瞬かせると『あら、そうなのね。あなたもエレノア王妃とは仲が良かったのかしら?』と訊いた。
「私が養子になる頃にはエレノア王妃はもうお亡くなりになっておりまして……」
ジェフリーが珍しく言葉を濁したのだが、その様子を見た王妃は『まあ、良いわ。そろそろヴィンセント殿下のところへ参りましょう』と扇を口元にあてて応えたのだった。
ラーウスの王城は、アルブスに比べると色が多くて、可愛らしい丸みのある形状の建築物だった。アリソンはキョロキョロと見回しながら回廊を王妃達の後に続く。王妃は優雅に歩を進めるので、じっくり建物の構造を眺めつつ中庭までたどり着いた。
庭には、みどり色した鳥と遊ぶ女の子がいた。柔らかそうな水色の髪をした青い瞳の少女は、さながら絵画の中にいる住人のように神秘的な美しさだ。みどり色の鳥はぬいぐるみかと思えたが、よくよく見れば羽や脚をぱたつかせている。少女はこちらに気が付くと、『お母さま!』と大きな声で王妃に声をかけて腕をめいっぱい振っている。
「プリシラ、ヴィンセント殿下を探しに来たのだけれど、何処におられるか解るかしら?」
「この子ならわかりますわ!」
プリシラ王女は、みどり色の鳥から手を離して地面に降ろしてやった。すると、鳥はぺたぺたと庭を横切り、大きめの庭木の周りをウロウロしている。
「そこの木の上に隠れていますわ!」
プリシラ王女が鳥が根元にいる木を指差して、駆けていく。
「ヴィンセントくん、みーつけたーー!!」
……え?
「ああ、見つかったかー」
木の上から降ってくる藍色の癖毛。ヴィンセント王子である。
プリシラ王女と王子は連れ立って、こちらへと仲睦まじく歩いてくる。兄妹という雰囲気だ。王子の後ろに緑の鳥がぺたぺたと歩いている。
「ああ、皆んな無事で良かった」
王子はアリソン達に気がつくとにっこりと笑ったが、オスカーだけが苦り切った顔を作っている。暴言を吐かないように耐えている事を知るのは王子と護衛騎士だけである。ジェフリーがオスカーに口で『まあまあ』と形を作って宥めた。
「お迎えだそうよ。ヴィンセント殿下はこれからアルブスの聖廟に向かわなければならないの」
「えーーーー、行っちゃうの?!」
ミネルヴァ王妃の言葉に不服そうなプリシラ王女は、ヴィンセント王子の腕を掴んで行かないでほしいアピールを王子に見せた。
「また遊びに来るよ」
王子は少し屈むと、王女に向かってそう言った。
「……クララも行ってしまうの?」
どうやら、みどり色の鳥は名をクララと言うらしい。てっきり王女のペットかと思いきや、王子が連れてきたそうだ。
「ポスフォンの雛ですね……拾ったのですか、殿下?」
「いや、最初は卵で……運んでいるうちに孵化して、懐かれてしまったんだ」
ヴィンセント王子の説明にジェフリーは溜息を吐いた。『面倒見れない魔獣を樹海から連れてきてはいけませんよ』と、やや説教に近い口調で諭される事となり、当の王子も居心地が悪そうだ。
プリシラ王女はみどり色の雛を抱き上げて不安そうに成り行きを見守っている。
「気性の穏やかな魔獣だ。城で飼育も可能だろうな。問題はどちらの王城で暮らすかくらいでは?」
オスカーがそう言い、ジェフリーに取りなすと、ヴィンセント王子とプリシラ王女の顔が見る間に輝いた。話し合いの結果、クララはプリシラ王女のペットになったのだった。




