11 お迎え
「おや、ヤマダサンもいたんだね」
突如転移して来たブレイク公爵はニッコリ笑いながら、野営地にやってきた。使い魔たちと契約精霊以外は、全員唖然としている。それを知ってかどうなのか、ブレイク公爵は悠然とアリソンに歩み寄り『元気そうだね』と言い、愛娘の頭を撫でた。
「父上、どうして此処に?」
「うん、ちょっとお使いを頼まれてね」
ブレイク公爵が目を細めてはにかむので、アリソンには嫌な予感しかしなかった。ササキサンが彼女の腕の中でもそもそと動いた。
「ヴィンセント王子がラーウス国で保護されているから、君達にお迎えに行ってもらいたくてね」
ええぇ……
アリソンの憤り筋がみゅみゅと動き、オスカーが苦い顔をした。かたや、護衛騎士は安堵の表情を浮かべた。人柄の差であろうか……
「今はラーウス国で賓客として迎えられているよ。ミネルヴァ王妃に気に入られて、ラーウス王城を出られないみたいでね」
「はぁ……」
「だから、迎えに行ってあげてくれるかい?」
どう言う状況なのか……?
アリソンは眉間に皺を寄せて考え込む。オスカーは頭を掻きむしる勢いでかきあげ、ジェフリーは首を傾げて『ミネルヴァ王妃がヴィンセント殿下を気に入ると王城を出れないのですか?』と、言った。
「ミネルヴァ王妃はヴィンセント王子の叔母につあたる方でね……命を狙われるくらいなら、ラーウスの子になれば良いと囲い込まれたそうだよ。ラーウスには、十一歳になる姫がいるから、ヴィンセント王子を婿入りさせたいかもね。」
うええぇ……
眉間の皺が一段深くなったアリソンと、深めの溜息を吐くオスカー。そして苦笑いのジェフリーを見回したブレイク公爵は『皆んなで迎えに行けば、流石の王妃も一旦はヴィンセント王子を解放してくれるだろう』と、はにかんだ。
アリソンは、ラーウスの王城までどの位かかるかを考えていた。恐らく、アルブスの王城を出て此処まで到達した日数の倍近くかかるのではないだろうか……オスカーも同じ事を考えているようだ。目元を指で摘んで頭を振っている。暴言吐きたくて仕方がないようにも見える。
そして、王子と合流した後は、再び聖廟前まで戻らなければならない。道のりが長くて目頭が熱くなる。
「父上……転移術で、ラーウスの母上のいる処まで皆と移動できますか?」
母上が何処にいるのか謎だが、少しは時間短縮できるだろうと、アリソンが確認してみたのだ。それを聞いたブレイク公爵は再びはにかんだ。アリソンは嫌な予感しかしない。
「構わないよ。ディアナは、ここから南西に進んだラーウス国との国境辺りで、魔木のサンプルデータをせっせと採集中だね」
「先ずはそちらに行って、王城まで移動か……」
オスカーの語尾は萎んだ。彼が『面倒臭せぇ』という言葉を飲み込んだのを知るジェフリーは苦笑いだ。
「じゃあ、早速行こうか」
ブレイク公爵は、言い返す隙を与えずに転移術を起動展開して、野営地にいる全員を転移させたのだった。
そして五分後。ブレイク公爵は、公爵夫人ディアナに説教されていた。夫人にセイザの体制を取らされた所を見るに、彼女の怒りも窺い知れよう。
「あんまりです、ブレイク公爵……我々が集めたデータが台無しです。」
ブレイク公爵夫人の若い助手は項垂れた。ラーウス国の研究員達も意気消沈という感じだ。そんな様子に、転移術でいきなり彼らの貴重なサンプルに突っ込んで破壊してしまったアリソン一行もいたたまれない。年若い魔法師団員はアリソンと同じでモジモジしている。
「すまない、ディアナ。データ収集は私も責任を持って手伝うから」
あー……
アリソンは、眉間に憤り筋をこさえて不満を表した。本当はラーウス国の王城近くへ転移させる事もできたのに、この父は、母の傍にいたいから、わざと転移術でデータを破壊したのではなかろうか……あの微笑みは……確信犯だ。
「アリソン、今日はこちらで泊まって明日王城へ行きましょうね」
公爵夫人はアリソンに向かいそう言うと、微笑んだ後、ブレイク公爵に向かいこう言った。
「明日、私が戻るまでにこの惨状を直しておいて下さいね」
ぴぃ……。
普段怒らない人ほど怖いと言うが、これは……怖い。アリソンは先程まで父親に憤っていた事を忘れて、彼に同情した。
「僕は留守番かい?」
ブレイク公爵が哀しそうな顔をするが、公爵夫人は『そうね、貴方がやらかした遅れを取り戻して頂かないとね』と、にべも無い。
「メリッサちゃん、皆さんを村の皆さんに紹介して来てくれる? 私はもう少しこの方とお話がありますから」
「……は、はい」
ふわふわした茶色の髪を後ろに束ねた助手に促されて、アリソン一行はブレイク公爵夫妻の修羅場から脱する事ができたのだった。
「ブレイク公爵……大丈夫でしょうか?」
ジェフリーが遠慮がちにアリソンに訊ねたが、答えはアリソンにもわからない。微妙に笑いつつ『多分』としか答えられなかった。腕の中にいたササキサンがアリソンの頬を舐めた。
「まあ、よく解らないが、公爵が羽目を外し過ぎたようだな。夫婦の事は夫婦で解決してもらおう。我々の方は、慧心の魔術師が同行してくれるなら、道中快適だろうよ」
オスカーが、的を得た指摘をした後に『まあ、公爵の気持ちも解らなくは無いがね……』と言った。
「あ〜豆大福食い損ねたナ」
ヤマダサンはいつだってブレない。と、アリソンは思った。
「豆大福なら、今度作りましょうか?」
若い助手がそうヤマダサンに言うと、『やっタ!』と、ヤマダサンが尻尾をぴこぴこ動かした。それにつられたのかササキサンが『ふしゅう!』と鳴いた。
「ありがとうございます」
アリソンが礼を言うと、助手の娘は青い目を輝かせて『私も好きなんです、豆大福』と、答えた。豆大福はブレイク公爵家では時々見かけるお菓子だが、知っている人は少ない。恐らく母上から作り方を教わったのだろう……と、アリソンは思った。
「あ、ご挨拶が遅くなり失礼しました。私、ブレイク公爵夫人の助手で、メリッサ・ブラッドショウと申します」
ふぇ……。
アリソンと護衛騎士、そして師団長がお互いの顔を見合わせたのだった。




