9 ダンの知らせ
沈黙が訪れた後に、年若の魔法師団員が展開した魔法陣の効力が失われた。光が消えて闇に引き戻されるかと思われたのだが、薄明かりに包まれた。
「朝か……」
師団員の誰かがそう呟くが、未だ公爵令嬢は動かない。彼女の腕の中にいる黒い生き物がゴソゴソと動いた。師団長が護衛騎士の肩をゆっくり押して目で『お前が様子を見に行け』と語った。
「アリソン嬢……大丈夫ですか?」
ジェフリーがアリソンに歩み寄って声をかけると、彼女は顔をあげてふにゃりと微笑み、『はい』と応えたのだった。
「で、小さいのは名前どうするんダ?」
ヤマダサンがアリソンの膝に飛び乗り、自分よりひとまわり小さな黒い生き物を咥えて持ち上げた。熊が鮭を咥える要領だ。黒い短毛種の仔犬を彷彿とさせる姿の使い魔は、脚をばたつかせている。
「……名前?」
「ふぉふひんふぁふぁはアリソンふぁふぁふぁふぁはえふへふんふぁフォ(ご主人様はアリソンだから名前付けるんだゾ)」
ヤマダサンの言葉を話半分で聞きながら、アリソンは首を傾げて黒い仔犬の姿をした使い魔を見つめた。黒い仔犬はアリソンを上目遣いの角度で見上げている。
えーと……
「ヤマダサンも一応ご主人様だよね……?」
アリソンは、手書きの魔法陣をヤマダサンに見せる。
ヤマダサンは、使い魔を地面に降ろすと、それの前脚を舐めて傷を治癒してやると魔法陣を見てから頭を振った。黒犬は短かめな尻尾を左右にぴこぴこと振ってそんなヤマダサンの顔に鼻を押し当ててスンスンと鳴らしている。どうやらヤマダサンに懐いているようだ。
「ン〜、そのつもりなら書き損じだナ。ご主人様はアリソンだゾ」
えぇぇぇぇぇ……?!
自分とヤマダサンの複数を主人にする事で、 使い魔契約の力押しを成功させたと思っていたアリソンだった。描き上げた使い魔契約用の魔法陣には、その為の僅かな細工を自ら入れていた筈なのだ。改めて魔法陣を見直すと、アリソンと契約できなかった場合に、今度はヤマダサンとの使い魔契約を試行する記述になっている。
…………書き損じ。
アリソンは魔法陣を見てガックリと項垂れた。実はとんでもなく危ない橋を渡っていた事に今更ながら気が付き、ぷるぷると震えた。あまりの衝撃に、ジェフリーが跪いてアリソンの傍であたふたしている事にさえ気が付かない。そこへ、黒犬が魔法陣の上に乗りかかるようにアリソンの顔に飛びついた。
「み゛ぃ。」
「だ、大丈夫ですか?」
アリソンの顔に張り付いた黒犬をジェフリーが引き離すと、脚をばたつかせて不機嫌な様子だ。一方ジェフリーは、先程まで命のやり取りをしていた魔獣の落差にどう処理すべきかわからず、黒犬を摘み上げたまま途方にくれていた。
***
公爵令嬢と友人の青いやり取りを遠巻きに見守っていたオスカーが『……何をやっているのやら』とやや揶揄いを含んで独りごちて、溜息を吐いた矢先、彼の眼前に羽が出現した。
「……ダン?」
オスカーが羽を手に取ると、ダンからの伝言が解り、苦い顔をして『面倒臭ぇ』と呟いた。小声であった事もあるのだが、彼の子爵らしくない言葉使いを指摘してくれる人間は近くにいない。
それは、第一師団の見習い師団員に扮していた筈のヴァレンタイン伯爵令嬢が、エリック第一王子の外交に強制連行された上に、アーテル国のよくわからない僻地を彷徨っているという頭の痛くなる事この上ない内容であった。
オスカーは眉間にに皺を寄せつつ、目元を指で摘んだ。
何をしているんだ、あの伯爵令嬢は……
ともあれ第一王子と帯同している筈の第三魔法師団長に伯爵令嬢を回収してもらう他ないだろう。羽を使い追跡魔法を駆使すれば、ダンがいる処(ヴァレンタイン伯爵令嬢のいる処)まで辿り着ける筈だ。
オスカーは、公爵令嬢と護衛騎士を捨て置き、魔法師団員に転移魔法陣と、ヘイワード師団長宛の手紙を用意をさせるのだった。
こうして、第一王子と従者の捜索に奔走している第三魔法師団長の元へ、オスカーの手紙(ダンの羽同封)が届く事となった。




