幕間5 オリヴィエの置き土産
「よう、リュカ」
いつもの飄々とした態度で、オリヴィエがリュカに声をかけた。リュカは『ああ、どうした?』と言いながら、保護された女子供の身元確認作業手を止めて監査官に目を向けた。
「俺はそろそろ王都へ戻るから挨拶にな。全員の身元は分かりそうか?」
そう言うと、オリヴィエは裏帳簿らしき本を手にヒラヒラと動かして見せた。
「自警団に声をかけているが、自警団員が居ない地域から連れて来られていたら……ちょっと時間がかかりそうだな」
「そうか。戸籍登録義務を設けた方が良いって事だなぁ。まあ、後は任せる」
オリヴィエはそう言うと、リュカの肩を叩き広間を出て行く。その時、王子様の従者がこの男を探していた事を思い出したリュカは、彼に声をかけた。
「おい、新しい領主代行がお前を探しているらしいぞ。執務室にいるとさ」
「ああ、それならもう大丈夫だ。ちゃんと伝言を残してあるからな。それにミシェルとは王都でまた会うはずだ。美形の王子様とその従者ともな」
オリヴィエはリュカの方を振り返り破顔すると、手を振り、再び踵を返して広間を離れていく。
不思議な男だ。
思えば、あの大男が現れてから事態が一気に動いた気がする。リュカが自警団などと言うものを組織したきっかけを与えたのも、アデルと言う辺境伯に繋がる令嬢と引き合わせてくれたのも、きっかけはあの男であった。
ふらりとやって来て、ふらりといなくなるのだなとリュカは赤茶の髪をした大男の後姿が見えなくなるのを見送った。
***
物心ついた頃は分かっていなかったが、リュカの周囲では子供が定期的にいなくなった。それが年頃になった娘や、顔立ちが良い子供だとはっきりわかるようになった頃、リュカは生まれ育った孤児院を既に出て、行商の真似事を始めていた。
リュカも最初は引き取り手が見つかったのだろうと良きように解釈していたのだが、周囲の者は身請け先を知らないと言う。辺境伯領を離れる機会が増える程、ルルーシュ辺境伯領で行方知れずになる女子供の多さが際立つ事に気付かされたのだ。それは本当に雲を掴むようなところから始まった。
どうも割の良い仕事の話を持ちかけられたとか、親の借金が原因で売られたとか、耳にする理由は様々だが、いなくなってしまう人間に共通していたのは、気にかける人間が殆どいない事だった。疑問を持つ仲間を少しずつ増やして、一匹狼同志のコミュニティから情報を集め続け、十数年かけて作った情報網でも拾える事実は殆どなかったのだ。
その間にリュカが関わった仲間と親しい女子供の中で行方知れずになる者もそこそこの数いた。そんな行方知れずの女子供が、薬の実験体として使い潰されているという噂は、ここ一、二年程前に広がり始めたものだ。
そして、辺境伯領で製造される薬の噂がリュカの耳にも入るようになった頃、声をかけて来た男がオリヴィエだった。
「よう、兄ちゃん。王都は初めてかい?」
辺境伯領から離れ、王都に来ていた時だ。行商人が多くいる食事処で、大量に飲み食いする大男の姿は兎に角目立っていた。アーテルで珍しい浅黒い肌も、彼の存在を際立たせた。オリヴィエはリュカに一杯奢ると、その時はどこから来たのだとか他愛のない話をしていなくなった。
次にオリヴィエに出会ったのは、ルルーシュ辺境伯領近くの宿場町だ。リュカの事を覚えていたようで、その時も酒を交わし行商の話などをしていた。酒の力も手伝い、リュカは辺境伯領の行方不明になる女子供たちの話をした。
「へえ。随分調べているんだな」
オリヴィエは感心すると、散歩に付き合えと言い、関所に近い道へとリュカを連れて行った。そして、関所を守る男達に話しかけて何かを見せた後に『明日また来る』と、言いリュカと共にその場を後にした。
「一体何だったんだ?」
「明日上手くいけば、いなくなった女子供の謎が解けるかも知れん」
リュカの疑問に、オリヴィエはそう応え、飄々とした表情を崩さぬまま『明日も散歩に付き合え』と言ったのだった。リュカが翌日もオリヴィエの散歩に付き合う事にしたのは、興味半分だった。
これは一体何だ……
オリヴィエとの再会を果たした翌日、再び散歩に付き合わされたリュカは、関所の傍に停められた馬車内から出て来た者達の異様さに驚愕した。
美しい着物を着る女子供達。皆、何処を見ているのか意識が朦朧としているらしく、碌に受け答えもできない状態だ。その中に、リュカの知る娘もいた。
「おい、どうした?」
娘は虚ろな瞳にリュカを映し、口をパクパクと動かしたが言葉は出てこなかった。肩を掴み振ってみても反応は鈍いままだ。リュカに医術の心得があれば、娘の瞳孔が随分と開いている事に気がついた事だろう。
「薬の影響で話ができないようだな」
オリヴィエは関所の男達に話すと、関所の男達は、御者らしき行商人の男を連れて来た。
行商人は、自分は何も知らないのだと繰り返してリュカを苛立たせたが、オリヴィエの方は飄々とした姿勢を崩さず『これを与えたな?』と、行商人の荷物から薬包紙を取り出して見せると、男の口をこじ開けて薬を飲み込ませた。
咳き込んだ男は、涙と鼻水まみれになりながら、ひたすら命令には逆らえないのだと言い続けた後、泥酔したように自分で立っている事ができなくなった。
「これを此処にいる全員に与えて、暫く安静にさせてくれ」
オリヴィエは懐から別の薬包紙を取り出しリュカに手渡した。そして、行商人の荷から水を取り出し使えとばかりに並べた。『アンタ一体何者なんだ?』と言うリュカの問いに、彼は悪戯好きそうな表情で自分は王都から来た監査官だと応えたのだった。
***
「ひきゃぁぁぁっっ!」
リュカがオリヴィエとの出会いに思いを馳せていたところに、女の悲鳴かと思うような悲鳴が僅かに聞こえ、広間にいる使用人たちがざわついた。
ああ、またかとリュカは思った。悲鳴の主は、優秀な魔法薬学研究者かつオリヴィエの部下だと言う貴族籍のぽっちゃり男だろう。信用できない訳ではないのだが、その姿は頼りない事この上ない。貴族藉の人とは到底思えない男だ。恐らくオリヴィエの残した伝言とやらを聞き終えて、卒倒したのだろう……
何を聞かされたのかは知らないが、無茶振りされた事は想像がつく。
まあ、後を任されたのだ。あの男も自分も出来る事をするだけだ。必要ならオリヴィエにしたように、あの男にも手を貸せばいい。
リュカはそう思うと、笑みを浮かべて囚われていた女子供の身元確認作業に戻るのだった。




