幕間6 レッツ減量
「ルルーシュ嬢。あの……私、何か悪いことしたのでしょうか……?」
ミシェル・ドラン伯爵は午前の執務を終えて早々にアデル嬢に引っ張られるようにして庭に連れ出されていた。ずり落ちる眼鏡を手の甲で元に戻す。
ルルーシュ辺境伯が更迭され、最初は混乱していた使用人やルルーシュ辺境伯の部下達だが、領主代行となったドランの仕事振りに一定の評価をしてくれているらしく、表向き友好的な関係を築けている。……と、ドランは信じている。
アデルは半眼でドランを見つめ彼のお腹周りを指して『これよ!』と言う。
「……これ、ですか?」
ドランが首を傾げる。自分に指を向けられても何のことだかさっぱりわからない。首を傾げた拍子に眼鏡がずり落ちる。
「貴方、その情け無い体型のまま陞爵式に出席するつもりじゃないでしょうね?!」
どうやらアデルはドランのぽっちゃりボディが気に食わないらしい。ドランとて好き好んでこの体型を維持している訳ではない。ドランは『はあ……』と曖昧に応えつつ、ずり落ちる眼鏡を定位置へ戻した。
「体調管理ができていないのよ! いい事、陞爵式までに何とかするわよ!」
そんな……無茶な。
ドランは愕然とした。ただでさえ辺境伯領主代行としての仕事とルルーシュ前辺境伯の裏稼業の後始末で日々忙殺されているというのに、せっかく維持している体型を変えろときた。陞爵式と言うが、そんな式開催されるかどうかも怪しい。何せあのオリヴィエが一方的にドランを伯爵に仕立てて王都へ帰ってしまったのだから……
かくして、ドランの体型改造生活がスタートした。
朝食は、ぬるめの水になり、空きっ腹を抱えてアデルが考案した謎の体操を行う。
昼食は病人食のようなスープに変わり、執務の空き時間に庭をひたすら走る苦行が加えられた。
夕食の内容は以前とほぼ変わらないが、量が全体的に減らされた。
そんな生活が数日間続いた後、執務室で仕事をしていたドランは淑女らしからぬ足音を上げて突進して来たアデルに凄い形相で睨みつけられていた。
こ、こ、恐い……
一体今度は何を言いに来たのやら、ドランは自然と唾を飲み込んでいた。娘ほど歳の離れた令嬢に睨まれ、ガマの油が噴き出る思いを味わっていた。
「貴方……病気なんでしょう?! 何で黙っていたのよ!!」
はい……?
首を捻る前にドランの眼鏡は定位置から離れ、鼻に引っかかる。アデルの剣幕に眼鏡が恐れ慄いているようにさえ思える。ドランは眼鏡を外して『一体何のお話でしょうか……?』と声を震わせないよう注意しながら言った。
「その体型よ! あれだけ体調管理されて一向に変化が無いなんて事あると思って? 何の病気か白状しなさい!!」
ああ……なるほど。
ドランには原因が直ぐ分かったのだが、白状するとアデルが激怒するのだろうなと戦々恐々とした。いっそ隠れてつまみ食いをしていると言うのが良いだろうか……とも考えるが、それも怒られてしまうから恐い。兎に角アデルが恐い。
「えっと……やはり私の年齢ではなかなか効果が出ないものかと存じます」
「……そう言うものかしら?」
アデルは疑いの目をドランに向けるが、流石に彼女もそれ以上は追求して来なかったので、ドランは安堵の溜息を漏らした。
「それにしても、貴方……その眼鏡も直した方がいいわ。式典中に落ちてしまう何て事になりかねないもの」
「眼鏡……ですか?」
ドランは机の上に置いた眼鏡に目を向ける。これはルルーシュ辺境伯に会う前、オリヴィエの指示で敢えてずり落ちやすく細工をした眼鏡だ。ドランの体型とて同じ……ルルーシュ辺境伯に御し易い印象を与える為に色々工夫した成果なのだ。
「オリヴィエに言われたのよ。陞爵式までに貴方の見目を出来るだけ良くしておくようにって」
「えええぇぇぇっ!」
ドランの叫びにアデルのみならず、近くにいた使用人たちも驚いたようで『どうされましたか、伯爵?』と、数名が執務室に押し寄せる事になった。
そんな事、自分に直接言ってくれれば良いのに……
ドランは溜息を吐いて、執務机から薬包紙に包まれた薬を取り出しアデルに差し出した。
「これは?」
「私がオリヴィエさまからの指示で服用していた薬です」
「何よ! やっぱりどこか悪いんじゃないの!」
アデルはドランの襟首を掴みかかる勢いで顔を近づけ、伯爵は『ヒィィ』と悲鳴を上げさせた。
「……いえ、そのぉ、代謝機能を抑制する薬でして……要は太り易くする薬ですね」
「なんですってぇぇぇぇぇぇっ!!」
今度はアデルが叫ぶ事になり、更に多くの使用人が執務室へ押しかける事になり、やっぱり女性の方が声が通るのだなとドランは思うのだった。そして、ドランが薬の服用をやめると、彼はあっという間に痩せて、アデルを満足させたのだった。
後日ドラン伯爵に会ったリュカを、大層仰天させたのはまた別の話。




