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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
3 第一王子従者(仮)の日常
50/128

14 裏帳簿の行方


 何という日だ……


 ジルベール・ルルーシュは、苛立ちを隠しながら監査官と隣国の王子を先導していた。行き先は、公の辺境伯としての執務室だ。


 隣国の王子、しかも次期アルブス王に最も高位置にいる人物がジルベールの治める辺境伯領を訪れるという知らせは、青天の霹靂と言いながらも、嬉しい知らせであった。それが今朝の出来事。

 その後、王子の来訪とほぼ同じに訪れたアーテル国中央から来た監査官。

 ルブラン公爵から何の報せも無いとは、自分も随分軽く見られたものだとジルベールは苛立つ。表には出せない事が、彼の胃を締め付けるのだった。それに慣らされていると解ると更に苛立ちも増す。悪循環である。


 目に触れさせたく無いものは、目の届かない場所に。祖父の代以前より連綿と引き継がれてきた経営の教えに従い、これから向かう執務室には公の辺境伯として行う事業に関する資料のみだ。監査官が部屋を引っ掻き回して何か探そうと試みたとして、辺境伯の立場を危うくする類の情報は得られない。余計な事を漏らしそうな、別館に囲っているドラン男爵には監査の間、隠し部屋に籠らせるよう指示を出した。

 あとは、この監査官をやり過ごせば、問題など起こり得ない。


 執務室に入り『さあ、何の資料から確認されますか?』と、不遜な態度の監査官に伝えれば、執務室にいる秘書官たちが書類を集めては監査官と隣国の王子に見せていく。


 オリヴィエと名乗ったこの監査官、見れば北郷の色が濃く見える男だ。中央で宰相職を勤めるルブラン公爵に勝てる影響力などあろう筈もない。この男がいる間だけやり過ごせさえすれば、何の問題も起こりようがない。ジルベールは、当初あった緊張感から徐々に解放されつつあった。


「ふむ……合いませんな」


 その時、件の監査官がとある資料を眺めた後そう呟き、秘書官達をざわつかせた。


「合わないとは?」


  隣国の王子(エリック)が監査官の方に首を傾けてそう言うと、秘書官達のざわめきがすっと収まった。


「これはルルーシュ辺境伯領と隣接する領地から入手した通行税収支ですがね、こちらの資料と辺境伯の資料に食い違いがあるように思えましてね」


「どれ、見せてもらって宜しいかな?」


「ええ、問題ないですよ」


 ジルベールが目を通す前に、エリック王子に資料が渡ったかと思いきや『ふむ、確かに合わないですね』と言い、秘書官達の顔を更に青白くさせた。


「何かの間違いでは……? そちら、私にも拝見させて下さいませ」


 ジルベールは、冷たくなった指先を揉みながら、監査官オリヴィエの持つ資料と己が辺境伯領の資料を見比べる。確かに税分類が辺境伯側の収支内容と食い違う。


「我が領はアルブス国とも隣接しております。アルブス側へ取引もありますので、食い違いの原因はそちらの分と入り繰りが出ているのかと……或いは、監査官がお持ちになった隣接領地の資料に間違いがあったか……」


 ジルベールは胃を締め付けられながらも、それもこれも、中央の監査官を制御しきれていないルブラン公爵の怠慢だと苛立ちを募らせていた。


「ふむ、ではアルブス側の隣接領地から必要な資料を取り寄せようか」


 エリック王子がそう言うと、監査官は破顔して『それは大変ありがたい』と言い出す始末。ジルベールは更に沸き起こる苛立ちを隠しながら、困り顔を作っては、本来の監査範囲を逸脱してはいないかと取りなそうとする。


「先ずは、手前どもアーテル側の領地資料を検めるべきでございましょう」


 ルルーシュ辺境伯の声に秘書官達が打たれたかのように、資料を引っ掻き回し始める。

 その間を縫うように素早い動きで監査官はジルベールの執務机に向かい、腕を組んで腰をかけた。



ガコン



「おや……今のは何でしょうかね?」


 監査官はそう言い首を捻り、彼の後方にある書棚を見た。

 王子も『何かそちらで音がしましたね』と言い、秘書官達は真っ青な顔でジルベールを見るもの六割、監察官を見るもの三割、残り一割は王子を見つめると言った状況だ。


「うん、この辺りかな……」


 監査官は、迷いなく地下への仕掛けを隠す本に手をかけて、奥の仕掛けを起動したのだ。止める間も無く、ジルベールは信じられないものを見たように固まった。ジルベールは知る由もないが、彼の部下達も同様であった。


 先程まで書棚が置かれていた場所の奥に下へと続く階段が出現したのだ。

 この仕掛けを知るのは、ジルベール自身と彼の限られた側近くらいなものだが、監査官はいとも容易くこの仕掛けを起動させた。


「おや、これは見事な仕掛けですね。ルルーシュ辺境伯、差し支えなければご案内いただけますかな?」


 エリック王子が優雅に微笑むが、ジルベールにはそれに返す余裕はもう残っていなかった。そして、そこに聞こえてくる男女の声。


「あら、ここから上に向かえるみたいね」


「あぁ、良かった外に出れそうですね」


 ジルベールは、耳鳴りがしていた。視界も狭くなったように感じる。監査官は『中に誰かいるようですね』と言いながら、階下を覗いた。


「……あら? 皆さまご機嫌よう」


 そこに、監査官の手を取り現れたのは、庭へ散歩に行くと館を出たジルベールの姪アデルとその侍女、そして小太り眼鏡のドラン男爵だった。




 ***




 時は少々遡り半刻ほど前の事、休憩を終えたアデルと侍女役の私とドラン男爵の三人は、休憩場所の傍で、新たな隠し部屋を見つけていた。別館の地下室で見つけた魔法陣と似た代物が今度は壁に描かれていたのだ。案の定、アデルが発見次第起動させた。


 隠し部屋は、外側から鍵をかけられた部屋だった。壁の代わりとばかりに鉄格子がはめられている。いかにも牢屋と言った部屋の中には若い娘達十数名と数名の子供がいたのだ。


「これは一体?」


 ドランは突如出現した牢屋に驚きながらも、中にいる娘達の様子がおかしいと気がついたようで『これは薬で朦朧としているようですね』と落ちそうな眼鏡を手の甲で引き上げた。娘達は、突如現れた私たちに驚く様子もなく、唯々大人しく呆けている。


「この娘達って、貴方の魔法薬開発の実験台なんじゃないの?」


「ええぇ? ……そうなのですか?」


「あら、研究者の立場で知らなかったとでも言うの?」


「副作用を減らす研究とか、品質を上げない様に工夫はしてましたけど、検証に他人を巻き込んだりは……」


 ドランは抜け道の存在も、娘達の存在も知らなかったと言う主張らしい。まぁ、先程視えた情報によると、オリヴィエとは古くからの知り合いのようだから内通者で間違いはないだろう。


「それにしても……皆綺麗な服着ていますよね」


 私がそう言うと、アデルとドランは言い合いを止めて娘達の様子を改めて確認した。


「辺境伯の愛妾かしら……? にしてはちょっと多すぎない? ……男の子もいるし。まさかっ!? そう言う趣味もあるって事??」


「ルルーシュ嬢……そこは人身売買等を考えた方が自然なのでは……」


 ドランは目を眇めてそう言うと、鉄格子の側にいる娘に再び声をかけるものの、反応は芳しくない。


「ドランさん、気付け薬なんてありませんか?」


 私の問いに、ドランは『うーん、庭園にある材料を調合すれば……まあ』と答えた。一旦外に出てオリヴィエ達と合流した方が良さそうだ。



ガコン



「今の音は……何でしょうか?」


 不安そうなドランに『新たな仕掛けでは……?』と私が応えると、アデルが付いてきなさいとばかりに颯爽とドランと私の先を進んだのだった。


 程なくして、廊下の終点が見えた。右手に階段が見える。


「あら、ここから上に向かえるみたいね」


「あぁ、良かった外に出れそうですね」


 階段を上ると、『中に誰かいるようですね』と、ちょっぴり懐かしい気がする声がした後、赤茶の髪をした筋肉ダルマがこちらを面白そうに見下ろしていた。彼の肩付近には、小豆色した小人が浮いている。


 オリヴィエがニヤニヤしながらアデルに手を貸すと、彼女はその手に優雅に自身の手を重ねて外に出ると、微笑んで『……あら? 皆さまご機嫌よう』と言った。


 ルルーシュ辺境伯はしばらく見ないうちに随分と白くなったようだ。それ以上に白い顔した辺境伯の部下らしき人々に、相変わらずのガリ王子、黙して語らずのリュカが後ろに控えている。


「アデル。一体どう言う事だ?」


 ルルーシュ辺境伯は、小さめの声でそう言う。


「あら、伯父様。懐かしくなって別館にお邪魔しましたの。そうしたら、地下でドラン男爵とお会いしましてね。それよりも伯父様、地下にいる娘達と子供達は一体どこのどなた? 話しかけてもお返事がないし、ドラン男爵もご存知ないって仰るし……」


 アデルはそこまで言うと、ルルーシュ辺境伯を見つめた。口元は笑っているのだが、目が笑っていない。


「娘達に子供達ですか?」


 オリヴィエがアデルの言葉に反応すると、辺境伯は弾かれたように顔を上げてオリヴィエを見た。


「ええ、牢の中に二十数名ほど……」


 これにはリュカが反応し、エリック王子がそれを目で制した。

 ルルーシュ辺境伯は、白い顔のまま『あれらは……罪人にございます』と言った。商売人のような表情は抜け落ちて影も形も無い。


「皆さまとても綺麗なお召し物でしたわ。それにとっても美形揃いで……」


 アデルは口元を扇子で隠してそう言い『ご覧になられては?』と、オリヴィエの方を見た。


「アデル、口を慎みなさい」


 ルルーシュ辺境伯は緑の双眸をぎらつかせてアデルにそう言うと、仕掛けを閉めたいのか、ずいとアデルの前に出る。


「女子供二十数名とは……この“お花代”ですかな、辺境伯?」


 オリヴィエはいつの間にか手にしていた本を広げて見せた。


「……そ……れ……は………………」


 ルルーシュ辺境伯は膝から崩れ落ちた。

 エリック王子は『監査官殿、それは?』と訊ねた。


「裏帳簿というヤツでしょうね」


 オリヴィエはそう言うと小豆色の小人と目配せをした後、破顔して見せたのだった。



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