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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
3 第一王子従者(仮)の日常
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13 急転直下

 ドスッ


 地下室に再び嫌な音が響いた。


「今の音は、何でしょう?」


 アデルと見つめ合い首を傾げたドランは、上を見て首を捻り、その拍子に彼の眼鏡がずり落ちそうになり、彼はそれを手の甲で持ち上げた。


「また、入口が閉じられたのでしょうか?」


 私がそう言うと、アデルが席を立ち上がり『見に行くわよ!』と言いながら私の手を引いた。ドランが調剤薬の原料と思しき薬草を手で弄ぶのを止め、再び手の甲で眼鏡を持ち上げつつ私たちの後に続いた。


 そして、私の言葉通りに階段の上部は再び閉じられていた。

 流石に二度目ともなればアデルも落ち着いたものだが、ドランはそうも行かないようで、青い顔をして『どうしましょう』と、閉じられた階段の口を眺めている。


「下の部屋へ戻りましょうか。抜け道らしい物もさっき見つかりましたし……」


「そうね、そうしましょう!」


 私とアデルがそう言うと、ドランは『抜け道ですか?』と言いながら首を傾げた拍子に眼鏡がずり落ちた。その様子を見た私は、こうも頻繁にずり落ちる眼鏡で余計目が悪くなりそうだと思うのだった。



 地下室に戻ったアデルが、再び魔法陣に魔力を込めると、石壁が開かれて廊下が露わになった。ドランは『えええぇ、こんな所に魔法陣が?』とずり落ちる眼鏡を手の甲で持ち上げては床に顔を近づけている。どうやら彼の眼鏡はあまり役に立っていないようだ。


「ほらっ、行くわよ二人とも!」


 アデルが腰に手をあてて、私とドランを急かした。ドランは『ええと、ハイ』と言いながらアデルに従い、私もその後に続いた。廊下は長く、アデルが指先に出現させた炎では終わりが見えなかったのだが、地面に見覚えのある模様が描かれている。


「あれも、魔法陣ですかね?」


「そうね」


 私の問いにアデルはそう言うと、手をかざして魔法陣に魔力を込めた。すると、後方の石壁が閉じて廊下に三人が残された。


「先程の魔法陣と同じですね」


 ドランが眼鏡を外して床に顔を近づけるとそう言った。もう、ドランの眼鏡に意味は無さそうだなと私は思った。


 気を取り直して先を進む私達だが、廊下は思いの外長い。ぽっちゃりボディのドランには辛いようで、息が切れている。


「アデルさん、少し休みませんか?」


 私が前をどんどん進むアデルにそう声をかけると、私の後ろを歩くドランは僅かに喜色を覗かせる。振り返ったアデルは、そんなドランと私を見て『仕方無いわね』と言い何故かそっぽを向いた。


 これがツンだろうか……?


 ドランは余程消耗していたらしく、ふうふうと音を立てながら地面に腰をドンと下ろしてしまい、その拍子で彼の役に立たない眼鏡がとうとう転がり落ちてしまった。丁度私の方へ転がったドランの眼鏡を拾おうと私が屈み、年季の入ったフレームに手が触れた時に私の視界は歪み、何処かへと放り出される感覚を味わうのだった。





 此処は、なんだか見覚えがある……

 目の前には、一度も話した事はないが“私”のよく知る人物がいる。魔法薬学の権威で、五大魔術師の一人。彼ならば“私”の願いを叶えてくれるかも知れない。期待を持って彼を見る“私”を彼の穏やかな青い双眸が見つめ返す。


「貴方の望みは叶えられません。魔力保有量を上げる薬は、お渡しできない」


「ヴァレンタイン伯爵。金ならば、準備をしました。僕は、愛する人と添い遂げたいのです」


「お相手は、男爵令嬢でしたね。魔力量を一時的に上げた代償はその女性ひとの寿命です。私の妻はね……七年前に死にました。まだ三十にも届かないうちに痩せ細り亡くなりましたよ。それは貴方の望む未来では無いでしょう?」


 青い双眸は変わらず“私”を見つめ『薬に頼らなくても一緒に同じ時を過ごす事はできます』と静かに言う。だが、“私”はもう後戻りはできない。伯爵の姿が歪み、景色が暗転した。





 此処は、どこなのか……

 “私”は街道を馬車で行く。アーテル国馴染みの仕入先から魔法薬を受け取り、アルブスにいる鉛白の魔術師へ納品する。貴族籍を失った私に、鉛白の魔術師が人知れず与えてくれた仕事だ。肌触りの悪い布地や、不便に思えた魔法に頼れない人々との生活にも慣れて来たし、昔は全く興味を持っていなかった魔法薬にも随分と詳しくなった。


 ミズリモの花が街道を彩る。アーテルでも知っている人が少ないようだが、実はアーテル国を潤す毒花だ。


 “私”は長い間懐に入れたままの手紙を取り出して、己から放出した炎でそれを塵にした。焦げた匂いが僅かにしたが、風に運ばれてすぐに消えた。そこに書かれていた内容は今でも覚えている。“私”が愛した人は、伯爵令息ではなくなった“私”を愛せないと告げた手紙。未練がましくも、処分するまで三年近く掛かってしまった。


 何処からかいい匂いがする。夕食の支度をしているのだろうか。

 夕日が歪み、景色が暗転した。





 此処は、ヴァレンタイン伯爵家の執務室。

 “私”はすっかり憔悴した鉛白の魔術師を見つめる。青い双眸は硬く閉じられ、彼は長い溜息を吐いた。


「ミハエル君。今の事は私の中だけに留めるから、決して人前で言ってはいけないよ」


 鉛白の魔術師はそう言うと“私”をこれ以上にない程真っ直ぐ見つめた。


「ですが……」


 兄から極秘にと使いを頼まれて購入した薬。兄からは媚薬の一種と聞かされていたが、後で商会の人間から猛毒と教えてもらったのだ。一体どこで使おうと言うのか……“私”が誰にも言えないうちに、アルブス国上流階級に流れたヴァレンタイン伯爵令嬢殺害未遂の一報。調査は父がいる魔法師団が主導していると聞く。魔法師団には兄もいる。ここから浮かび上がる“私”の想像を思い過ごしと笑える人が果たしてどれ程いるのか……


「アルブスを離れなさい。懇意にしている魔法薬学研究者がアーテルにいる。紹介状を書こう」


 鉛白の魔術師は用意した紹介状を私に握らせた。彼の瞳には“私”が映る。


「これを受け取りなさい。そして、必ず幸せになりなさい」


 彼の瞳が歪み、景色が暗転した。





 此処は、どこだろう……

 制服に身を包む男女。“私”は師に言いつけられた資料を運び目的の教室を目指す。気をつけて運ばないと取り落としてしまいそうだ。と、思った矢先に資料が一枚二枚と次々風に乗って舞ってしまう。


 “私”にはそれが魔法によるものとわかったが、気が付かない体で拾い集めた。大方暇を持て余している貴族の悪戯だ。溜まった鬱憤を、自分より弱い相手を叩く事で晴らす。“私”も昔はそうした事をしたものだ。


「兄ちゃん、手伝おうか?」


 そこに居合わせた青年が“私”に声をかける。赤茶の髪を乱雑に縛り、制服は着崩れている。悪戯好きそうな顔をしているが、先程の魔法は彼ではない。もっと昔の“私”に似た誰かの仕業だ。青年の黒い瞳に“私”を映す。


「ありがとうございます。でも、あと少しで終わりそうです」


 “私”が青年に礼を言いつつ、資料を集め終えると再び風が起こり、再び資料が舞った。そして、後ろの方から男の叫びが聞こえた。身分の高そうな男が虫でも追い払うようにくるくると回転しながら私の前で膝をついた。


「大丈夫ですか?」


 “私”がそう言うと、男は顔を引き攣らせて足早に去って行った。先程の悪戯の主は彼なのだろう。昔の“私”もあんな感じだった。流石に何度も手で拾い集めるのも難儀だ。“私”はこっそり風を起こして資料を一箇所に集めようとした。


 その時静かに風が起き、まるで時間が巻き戻ったかのように資料は綺麗に揃えられた。

 “私”は此処では異端に見える赤茶い髪の青年を見つめた。


「おっと、バレたか?」


 顔をくしゃりと歪めて笑う青年が歪み、そして暗転した。





 私は眼鏡を手に取り、ドランへ渡すと彼は『ああ、ありがとう』と礼を言った。


「どういたしまして」


 私はドランにそう返して立ち上がる。私の父は……ヴァレンタイン伯爵は、青い目をしていたのだな……と、この時初めて気づいたのだった。


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