11 ミシェル・ドランを探せ
「ルルーシュ辺境伯、そちらの御人は?」
絶妙な角度に首を傾けて、エリック殿下はオリヴィエに目を向けた。こう言うところはコルデリア妃を彷彿とさせる。オリヴィエはというと、その厳つい図体に似合わず軽やかな所作で、『アーテル国で監査官をしております、オリヴィエ・ベルトレという者です』と挨拶をして見せた。
「先触れがなく、私も少々混乱しておりまして……」
ルルーシュ辺境伯が、眉根を寄せて困り顔を作ったが、そんな遠回しな嫌味など、 筋肉ダルマはそよ風程度に感じるのか、『先触れを追い越して到着したようですね』と、飄々とした様相を崩さずに返した。
「お初にお目にかかる、ベルトレ卿。エリック・ディオンだ。私も似たようなもので、ルルーシュ辺境伯のご厚意で突然来訪した者ですよ」
エリック王子は柔和な微笑みを携え、ルルーシュ辺境伯を持ち上げて黙らせた。オリヴィエもまた、そんなエリックに倣ったのか辺境伯を持ち上げ出した。
「ルルーシュ辺境伯におかれましては、アルブス国の王族とも面識がおありとは、流石ですなぁ」
「後学のため、監査官殿にアーテルの監査方法をお伺いしたいものですね」
「勿論、構いませんよ。これから辺境伯領の財務情報を確認させて頂くところですよ。良ければ殿下もご同席されますか?」
「それは有難い話だが……良いのかな?」
エリック王子はゆっくりと辺境伯に向かい顔を傾けると、辺境伯は『そうですねえ。アーテルの財務情報を隣国のエリック殿下にお見せして宜しいと監査官殿がおっしゃるのであれば……私に断る事由はございません』と、精一杯の威嚇という感じでルルーシュ辺境伯がそう返すのだった。
「見せて構わない資料かどうか私が判断しますよ」
オリヴィエは飄々とした態度のまま、そう嘯きルルーシュ辺境伯に微笑んだ。
王族の流し目って、空気読まないし恐ろしいとアデルの後ろで控える私は思うのだった。
「アデル、暫く外すので待っていなさい」
ルルーシュ辺境伯は、部屋で唯一上から命じる事ができるアデルにそう言いエリック王子と監査官を伴い、執務室へと向かうようだ。
「かしこまりましたわ、伯父様。私は庭など散策させて頂きますわね」
アデルは淑女らしく礼を取ると、私を連れて庭へと向かう。一応事前に取り決めた通りの動きだ。アデル曰く、密かに開発を進めるのであれば、庭を抜けた別館が最適なのだとか。他は考えられないと言う。私には、その断言が怖いのだが、アデル曰く『だって、別館には地下室もあるから』との事だ。
「アデルさんは、ミシェル・ドランに会ったことあるのですか?」
「ないわ」
おおっとぉ……
「では、どうやって本人と判断するのでしょうか……?」
「あら、名前をきけば良いじゃない。大丈夫よ。」
私は瞑目した。アデルは良くも悪くもお育ちの良いご令嬢なのだろう。流石に上司のオリヴィエならドランかどうか判別できるだろう。腹を括って探すしかないと私は大きく息を吐きつつ、アデルの後をついて別館を目指して歩いた。
あれ……この花は……
雑木林と思しき木々を抜けた先に、小規模ではあるが、一昨日見た水色した花畑を見た。その先には、こじんまりした石造りの建物が見える。
「間違いなさそうね。こんな所にまでミズリモの花が咲いているなんて……」
「ミズリモ……ですか?」
アデルは、水色の花を一房手折って私に放ち『毒性のある花でね。魔法薬の原料にもなるのよ』と、忌々しそうに言うと、早足で建物に向かった。見た目は可憐な花なのだが、あくまで観賞用と言う事だろう。先を進むアデルに迷いはない。
入口に辿り着いたアデルは、ノックもせず扉を引き開けようとするが、さすがに鍵がかかっているようだ。『小賢しいわね』と言いながら胸元に手を伸ばし、鍵を取り出して開けてしまった。私は鍵を持っている事に驚きつつも黙って後ろに続く。
「昔ね……住んでいたのよ、この別館に」
アデルは私の様子を見たのだろうか、こちらを見るわけでもなく、そう言うと館に入って行った。心なしかアデルの声が震えて聞こえたような気がした。
建物内は思いの外綺麗だった。誰かが定期的に出入りしていると言う事なのだろう。庭に栽培されている毒花の事もあり、私の中で、ドランが潜んでいる可能性が増した気がした。その間にも、アデルは勝手知ったる別館という風情で、階段を登り二階へと歩を進める。
「サイラス、こっちよ。地下への隠し通路は二階にあるの」
アデルは振り返らず、私に声をかけた。
踊り場の壁に掛かった絵が目に留まる。恐らく家族だろう。両親と思しき男女の前に佇む二人の娘たち。双子のように、良く似ている。焦茶色した髪に緑色の双眸をした娘たち……二人のうちどちらか一方がアデルなのかも知れない。
私は絵に触るべきか躊躇したが、アデルを追う事を優先した。
二階の最奥にある執務室のような部屋を開けたアデルは、机の下を覗いてからそこにある何かの機構を動かした。
ドン
執務机の後方、書棚の奥で音がした。その後、アデルは書棚の本を一冊抜き出し、奥にある機構を触って左に腕を動かした。今度は大きな音は立てず、書棚がアデルの腕に引っ張られるようにして左側へとスライドした。
開いた書棚の先には、下へと続く階段が見えたのだった。
「さぁ、行くわよ」
アデルは私の方を顧みてそう言うと、先に降りて行った。彼女のドレスの裾が翻り、金魚の尾のように揺らいで階下へ消えて行く。私も彼女の後に続き、階下を目指し暗闇に歩を進めると、階下で灯が燈るのが見えた。
うーん……誰もいない。
アデルは、地下室の入口付近で茫然自失という感じで佇んでいた。地下室内には、ヴァレンタイン伯爵家の一室で見かけた実験道具と思しき品がいくつか置かれている。
「そんな……ここではないとしたら、何処だと言うの?」
後ろでアデルが呟くのを聞きながら、私は何か視えてくれたらという期待を込めてあちこち触って回ったのだが、反応は無い。
「他の部屋も見ておきましょう」
私はアデルにそう言って、目についたものに触れて回りながら、階上へ戻る。そこへ、進む先から嫌な音がした。
ドスッ
もしかしてと言う悪い予感は当たるもので、階段の上部が閉じている。
私の後ろにはアデルが青白い顔で立っていた。
「こちらの仕掛けは時間式で閉じるのですか?」
「いいえ。私たちが降りた後に誰かが閉じたとしか……」
「内側から開ける方法はありますか?」
「聞いた事ないわ……」
そう言うアデルの瞳が潤んだ。泣きたいのはこちらも同様だが、片方が取り乱すともう片方は冷静になるもので、私はとりあえず息を吐いた。
「他に抜け道は?」
「わからないわ……」
アデルは浅い呼吸を繰り返す。パニック発作だろうか……私はアデルの冷たくなった手を握ると、辺りを見回して通気口の有無を確認する。その時、私の肩でダンが震えた。
“お嬢ちゃん、困ったのぃ?”
「ダン。閉じ込められたみたいで……出口探すの手伝ってくれる?」
“青いのがもうすぐ戻って来るのぃ”
「瑠璃ちゃんの事?」
“のぃ”
イエスという事か……もうすぐの感覚が私とダンであまり差がなければ良いと思いつつ、私はアデルの手を取り『大丈夫、助けが来るから』と繰り返し、彼女の頭を撫でてやった。そして、私の視界は歪み、どこかへと放り出される感覚を味わった。
此処は、ルルーシュ辺境伯の館? 入口か……?
“私”の隣には焦茶色した髪を黄色いリボンで飾る少女が見える。“私”を見て微笑んだ緑色の双眸に口元がゆっくりと動く。
“大丈夫よ”
“私”の姉はいつも真っ直ぐに立つ。根拠は無いのに自信たっぷりの姿に時に“私”は助けられるのだ。目の前に馬車が止まり、一人の青年が降りて来る。彼の細身な身体を包むのは、華美ではないものの上質とわかる趣味の良い礼服。陶器のような白い肌は女性のようで、彼のゆったりと纏めた榛色した髪は、礼服の上を滑るように揺れて後方へと靡いた。青い双眸はこちらを見た後にゆっくりと細められる。それと同時に、うっすらピンク色をした形の良い唇が左右に引き上げられて笑みを見せた。
「出迎え感謝する」
“私”は一瞬で彼の虜になった。
そして景色は暗転した。
此処は、何処なのか……?
小さめの応接室にいる“私”の前には、フードを被る男が一人、“私”と向かい合う形で座っている。
「ご所望の薬は大変依存性が高く、貴女の意識を混濁させます。本当にこの薬は貴女にとって必要なのでしょうか?」
「エリック様に釣り合う為には、必要なのです」
“私”は目の前にいるフードの男にそう話しかける。先ずエリック様に振り向いてもらわなければならない。その為には、今ある“私”の魔力保有量では足りない。
「私の両親も賛成してくれているのです」
ルルーシュ伯父様がアルブスから呼び寄せてくれた薬の開発者だと言う男。彼が納得しなければ薬は処方してもらえないと言う。“私”は必死で訴えた。
「期限を設けます。半年以内に思う効果が得られなければ、服用は止めて頂きます」
「それで構いませんわ」
“私”は自分の声が跳ね上がるのを感じた。これで“私”の想いは報われる筈だ。男の青い双眸が“私”を捉える。その瞳は、ゆっくり閉じられて、『わかりました』と男は言った。
そしてフードの男は歪み、景色が暗転した。
此処は、何処なのか……?
見えるのは白っぽい壁と茶色っぽい天井。そこに時折り覗く緑色の双眸に“私”が映り込む。手を握られると、彼女の両手と“私”の手が見えた。同じ歳だと言うのに、“私”の手は老婆のように痩せて、随分と筋張ってしまった。
「アデル……エリック様は……」
……魔力が上がっても、振り向いてはくれないのね。
「マリエル、大丈夫よ」
“私”の手に額を寄せたアデルから温かいものが溢れて私の手を濡らした。
「アデル……」
……いつも、大丈夫しか言わないのね。そんな貴女が……好きよ。
“私”は自身の頬が濡れるのを感じて目を閉じた。
気がつけば、狭い石階段でアデルの頭に手をかけていた。指に触れるには彼女の髪飾り。
妹の持ち物なのだろう。
「大丈夫なんて、わかるの?」
アデルは少し落ち着いたらしく、やや怨みがましい目をして、こちらを見上げるとそう言った。灯りを受けて彼女の緑色の瞳にオレンジ色の輝きが加わった。
「貴女も、いつも大丈夫しか言わないのでしょう」
私がそう言うと、『そんな事ない……と、思うわ』とツンとそっぽを向いてしまったのだった。




