10 潜入計画
「エリック殿下、ようこそおいで下さいました!」
「こちらこそ、急な来訪に応じてくれた事、感謝するよ」
私の心配を他所に、ルルーシュ辺境伯自ら出迎えに立ち、エリック王子の訪問に歓迎ムードだ。アデルと同じ緑の双眸を輝かせて王子を中へと案内するその様子は、伯爵と言うよりは商売人と言われた方が違和感がない。
私は侍女に扮して、ドレスを身に纏ったアデルの後ろを静々と歩かされている。そして、私の着ていた魔導師団見習い用の制服は、リュカが身につけている。身体は収まっているものの、手足が寸足らずでぱっつんぱっつん状態だ。彼は年齢的にも既に見習感はなかったのだが、オリヴィエの『大丈夫だろ』という一言に誰も異論を唱えなかったのだ。
幸いルルーシュ辺境伯はエリック王子のお相手に夢中のようで、こちらの方には目もくれようとしない。
そんな事で大丈夫なのか、ルルーシュ辺境伯よ……
外交に向かう王子を保護したアデル嬢がルルーシュ辺境伯の館に送るという筋書きで、王子を使い、館内に潜入までは出来た。私が思うよりもあっさりと事が運んで気持ちが悪いくらいだ。
「だから言ったでしょ。辺境伯は俗物だから、王子が来ると判れば喜んで迎え入れるって」
アデルが少しだけ振り返り、持っている扇子で口元を隠して、私にだけ見えるように微笑んで見せたのだった。
時は約一日程前まで遡る。
その頃、エリック王子と私は後手を縛られたまま、オリヴィエのちょっと長い話を聞かされていた。
「ルルーシュ辺境伯を引き摺り下ろす算段をしている事情はわかりました。利用されようとしている身としては、今後どう動こうとしているのか教えてもらいたいですね」
ひとしきり話を聞いたエリック王子はそう言うと、オリヴィエに対していつもの上品な微笑みを浮かべた。
「そうだな。先ずは……」
オリヴィエは指を王子と私に向けて軽く左右に二、三回振った。と、思ったら後手に縛られていた私の拘束が外れた。どうやら王子も同様らしい。
ん……君は?
私の腕には、小豆色した小人がくっ付いていた。
目が合ったと思いきや、私の腕から離れてオリヴィエの傍へ飛んで行った。オリヴィエはと言えば、『面白い拾い物だな……まあ、それは後にしよう』と呟き、ニヤッと私に向けて笑ってみせた。
「今後の計画だが、大きくは二つあってな……一つ目は、ルルーシュ辺境伯の館内に囲われている劣化版を開発した魔法薬研究者を捕獲する」
そこでオリヴィエは一息つく。
王子は両手を解しながら『二つ目とは?』と、オリヴィエを促す。
「その後は辺境伯の館内にあるであろう……裏帳簿の入手……だな」
えーと……
「辺境伯側に内通者は?」
エリック王子が私が訊きたい事を代弁してくれた。
研究者といっても、誰か分からなくて全然無関係な人を拉致してしまいそうだし、裏帳簿などと言う黒い品は辺境伯本人か相当身近な人でないとどこに隠しているか分からない気がする。見つけたとして、暗号化されている場合の解読にも骨が折れそうだ。
「まぁ、内通者が魔法研究開発者だな。ミシェル・ドランと言う男だ」
……それは聞いた事のある名前だ。
ラルフが言っていた、私の天敵クザン伯爵の弟かも知れない人の名と同じではないか……
「ミシェル・ドランとは信頼のおける人物なのかな?」
「問題ない。俺の部下だ。後な、俺は中央から来た監査官だ」
「成程……」
エリック王子がミシェル・ドランの名を忘れているとも思い難いのだが、彼はそれ以上ミシェルの事を訊こうとしなかった。
「では、具体的な潜入方法と私の役回りを伺おう」
あーあ……
なんてやり取りがあった訳だ。そして、王子に一生懸命、辺境伯領の紹介をしている最中に執事らしき男が辺境伯にひっそり声をかける。
「……少々失礼致します。急な客人の来訪があったようです」
そう言うと、辺境伯は明らかに余裕を失った様子で、応接室を後にする。
ドアを閉める直前に『何でこのタイミングで……』と言う辺境伯の声が僅かに漏れ聞こえた。
そうして応接室で待つ事暫し。辺境伯は微妙な表情を浮かべて帰って来た。その後ろには、赤茶けた髪を纏めた筋肉ダルマのアーテル国監査官のオリヴィエがいた。




