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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
3 第一王子従者(仮)の日常
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9 オリヴィエ

 私は今、帆を張った馬車の荷台に座っている。後手に縛られ、隣にはガリ王子が同じように縛られて座っている。荷台には他に七名の男女が詰まっており、ガリ王子と私を合わせて計九名だ。窮屈な事この上ない。勿論誰も文句を言わないし、私から言えようもない。


 ともあれ、王子がガリでよかった……


 街道を進む荷馬車の乗り心地は快適とは言えず、小さな異物を実に繊細に拾って揺れてくれる。思えば、従者サイラスとして乗っていた第一王子の馬車は乗り心地が良かったのだと後になって気付かされる。失ってから知る何とやらである。


 あんまり無事ではなくなってしまったが……瑠璃ちゃんはちゃんと伝えてくれただろうか?


 私の目の前にはリュカらしき青年が先程から目つきも鋭く仏頂面で座っている。どうやら先程の対応が不味かったらしい。ちょっと名前を言い当てた程度で大袈裟な……と、思うのは隣で静かに座るエリック王子のせいだろう。一方エリック王子を知っていた女の方は、口元に笑みを浮かべご満悦と言った様子だ。


 どこに行くのかな……


 街並みが物々しくなって来た。建物の窓という窓に鉄格子が付いており、ドアの外側にも鉄格子の戸が付けられているのだ。檻の中に建てた家という感じだ。そのせいなのか、街を行き交う人も囚人のように見えて来る。


 なんちゃらバイアス……って何だっけ?


 すっかり日も落ちて、街並みの中でも灯りの少ない方へ進んだ後に荷馬車はようやく停車した。リュカと思しき青年が、王子と私に降りるようにと命じた。素直に従うと、同じ荷台に乗っていた男女達と離れ、別室へと促された。私達の前にはエリック王子を知っていた女が、後ろにはリュカと思しき青年が続く。

 

「オリヴィエ。今帰ったよ」


「おぅ、アデルか」


 連れて来られた部屋には図体の大きい男がいた。ヘイワード師団長並の身長に加えて、横にも大きい。この筋肉ダルマの名がオリヴィエなのだろう。三十代前半といった風体で、赤茶けた髪を乱雑に一つ括りにし、こちらを一瞥した後、口の端を持ち上げて悪戯好きそうな黒い双眸を細めて見せた。


「ずいぶんと美形なお客様だな?」


「アルブス国の第一王子、エリック・ディオン殿下だよ」


 アデルと呼ばれた女は、顎で王子を指すのだが、わざとらしさが目に付く。オリヴィエは興味深そうにエリック王子を見て、『よく判ったな』と言いながら首を捻った。今のエリック王子は普段身に付けているような高価な衣服ではなく、地味な色合いの質素な衣服を身に纏っている。面識が無ければ第一王子だとは気が付かないだろう。


「昔、ルルーシュ辺境伯のところでお会いしたのよ」


 アデルはそう嘯くと『利用できると思わない?』と腰に手を当て、片眉を器用に持ち上げた。狙って蓮っ葉な雰囲気を出そうと頑張っているようなのだが、何とも様にならない。そんなアデルの様子は気にしていなさそうなでっかい男オリヴィエは、私の方を見て『こっちは寵童ちょうどうか?』と言った。


「ちょうどうって、何でしょうか?」


 私が首を傾げてエリック王子に小声で訊ねると『私に訊かないでくれ』と半眼で言い、取り合ってくれない。


「アンタ馬鹿じゃないの!?」


 アデルが耳を赤くしてオリヴィエを睨みつけた。その様子から、なんとなく良い意味ではないとわかった。その様子にオリヴィエは両手を叩いてゲラゲラと爆笑している。リュカ(らしき青年)は黙して語らずだ。


「あぁ、お前寵童の意味知らないんだな。……ふぅ、まあ、此処でその仕事はないから気にするな」


 ひとしきり笑い収めたオリヴィエはそう言うと私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「で、こちらの麗しい王子様を利用して何をしようとしているんだ?」


「ルルーシュ辺境伯の館潜入に使うのよ。道に迷った王子と魔導士を保護して連れて来たと言えば、問題なく入れてくれるでしょう?」


 リュカと思しき青年はアデルの言葉に口の端を釣り上げたが、オリヴィエは首を捻る。その様子が気に食わなかったらしく、アデルは『あら、何か気になる事でも?』と言い、オリヴィエを睨めつけた。


「お前を餌に潜入するのと何が違うんだ? ルルーシュ辺境伯はお前の伯父だろう?」


 アデルは顔を赤くしている。これは、羞恥とかではなく、怒りから来るものだろうか……と、私はアデルの様子を観察した。


「確実な方を取るのよっ!」


 アデルは息を吐きそう言うと、ツンとそっぽを向いた。

 私はそんな彼女の仕草に、えも言われぬ愛らしさを感じた。先程見せた安い悪役じみた所作よりもずっと良かった。何故怒り出したのか私にはわからないが……


 あれかな……ツンデレ?

 うーん……何だっけ?


「ルルーシュ辺境伯の悪事を白日の下に晒して、国王陛下に訴えるのだろう? アーテル国臣下の不正を暴くのに、隣国と問題を起こすのは……どうなんだ?」


「それは……」


 オリヴィエが顎を撫でながらアデルに問うと、アデルは言葉を詰まらせた。


 この人達はレジスタンス……なのか?


 青年リュカとアデルは不服そうだが、言っている事はオリヴィエに分があると思っているのだろうか、オリヴィエに反論をしない。


「国王陛下に直訴するのに、この王子様を利用するなら話も分かるがな……まあ、この身なりじゃあ本物の王子様か怪しまれて国王陛下が時間を作ってくれるかはわからんな」


「ルルーシュ辺境伯はエリック殿下と面識があるわ!」


「ふーん。お前も辺境伯と面識あるんだろう?」


「上客の訪問と利益にならない親族の訪問は別よ! ちょっと良さげな服を着せれば何とかなるわよ!」


 ちょっと良さげな服着せて国王陛下に直訴が良さそうだと私は思ったが、口を挟む勇気はない。エリック王子も同じなのかどうなのか、黙っている。


「俺は、もう仲間を失いたくないから、悪い事をしているルルーシュ辺境伯を何とかしたい。オリヴィエ……俺たちを助けてくれないか?」


 さっきまで私達の後ろで沈黙していた青年がそう言うと、アデルは口をつぐみ、オリヴィエは首をボリボリと掻いて『そうだなぁ』と言い、エリック王子の方を見た。困ったように見えるその顔には相変わらず飄々とした雰囲気が覗く。


「なあ、王子様よ。俺たちの話を少し聞いてもらえるかな?」


 そうして、オリヴィエは王子と私に椅子をよこして座らせると、語り始めた。 



 ルルーシュ辺境伯領は、ある魔法薬の原料を生産する事で潤っているという。元々の主たる顧客はアルブス国のクザン伯爵だった。何でも、アーテルでしか育たない原料らしい。アルブス国で製造されるその魔法薬は高価で、アーテル国で出回る事はほぼ無かったのだが、三年ほど前に情勢が変わった。

 ルルーシュ辺境伯が独自に魔法薬開発を行ない、アルブス国で製造される魔法薬の劣化版をアーテル国内で流通させたのだという。


「魔力保有量を一時的に上昇させる魔法薬……ですか」


 エリック王子はオリヴィエを一瞥し、また瞑目した。オリヴィエは『そうだ』と言い、話を続けた。魔力保有量が同等のパートナーでなければ子供が授からないが、薬を飲んでことに及べば、子供を授かる確率が格段に上がるのだという。アルブス国製の薬は、主に魔力保有量が足りず、家格の良い家に嫁げない貴族の令嬢が服用する事が多いそうだ。


 それに引き換え、ルルーシュ辺境伯の作る劣化版は効能が低い事もあり、上流階級層では普及しなかった。唯、この辺境伯は開発研究を続け、その影響で領民が苦しんでいると言うのだ。


「研究開発……人体実験でもしているのですか?」


 エリック王子は目を開き、誰を見るでもなくそう呟く。


「ご明察だ。この魔法薬の弊害を王子様はご存知かな?」


「確か、生まれた子の魔力保有量が、親のそれより少ないと聞いた事がありましたね」


「もう一つあってな、薬を服用した人間の寿命を極端に削るんだ。未来を削る代償に、今の魔力保有量を上げる魔法薬だ。まともな人間は使わないが、成り上がりたい人間バカが後を絶たない」


「そんな薬が普及しているのですか?」


「今アーテルで普及している劣化版は効果が低い代わりに弊害も少ない物だがな……魔獣討伐で功を挙げたい輩とか……いるんだよ。アルブス国製の方は、恐らく少量受注生産だろうな。国が製造を禁じているかどうかは知らんが、王子様なら知っているのかな」


 私が思わず訊いてしまった質問に、オリヴィエが困った顔を崩さず答えてくれた。私のクザン伯爵評価が安定の右肩下がりだ。


「アルブス国製の副作用は酷いものだったわ。終始意識が混濁して、依存性もあるから服用し続けないと苦しむの」


 アデルがそう言うと、己が唇を噛みちぎるのではないかという勢いで噛んでいた。血が滲むのが私にも見えた。彼女の家族か親友か、身近な人が薬漬けになったのだろう。


「ルルーシュ辺境伯の所業を国王陛下に訴えて、果たしておさまるのでしょうか?」


 エリック王子は誰を見るでもなく、独り言のように呟くと、それまで黙っていた青年が声を荒げて王子の肩に手をかけた。


「だからと言って何もしないのか? お前達は一体何の為にいる?実験薬は殆どが女子供に投与されるんだ!」


 次のルルーシュ辺境伯が現れないようにする為に骨を折るのは、アーテル国王陛下になるだろう。でも、アルブス国側も何とかしないとオリヴィエ曰くバカはどこからか湧いて出てくるだろう。

 オリヴィエが『まあまあ落ち着け』と言いながら、青年リュカの手を王子から引き離す。


「クザン伯爵をルルーシュ辺境伯と一緒に蹴落とせたら良いのナ」


 思わずヤマダサン口調で独り言が漏れた私を、オリヴィエは面白そうに見つめて『先ずはルルーシュ辺境伯の研究開発を止めさせたい』と笑ったのだった。


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