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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
3 第一王子従者(仮)の日常
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8 反政府組織

「君も少し寝なさい」


 エリック王子はそう言うと、自身の身に付けたマントに包まり床に転がった。ジャックに習った淑女の作法には無いが、私も王子行方不明に巻き込まれて、夜通し動き疲労していた。狭い室内を見れば椅子が四脚ある。並べてその上に横になり、胎児のように丸まり眠る事にしたのだった。

 夢は……見なかったと思う。




 ガッ


「サイラス」


 ガッ


「起きてくれないか?」


 ガッ




 五月蝿い……

 私は昔から寝起きが悪いのだ、微睡む時間をくれなければ……



 昔からなどと……記憶などないくせに。




 ガッ


 目の前には、男の足が二本。見上げると、目を眇め、やや不機嫌そうな顔をした第一王子が私を見下ろしていた。そんな顔もできるのかと、笑ってしまわないよう私は顔をを背けて目を擦った。


「……ファビアン王子」


 あ……間違えた。


「おはようございます」


 私が上体を起こすと、エリック王子は先ほどまで枕のポジションにあった椅子を自分の方へと引き寄せて座ると『何故そんな寝方をする』と言いながら、首や肩を回してボキボキと関節を鳴らした。私の言い間違いを指摘する気はないらしい。


「床は不衛生かと……」


「そこじゃないよ。何故出入口を塞いで寝ているのかと訊いたのだよ、サイラス」


「王子が出て行く時に気がつくようにと……」


「……君はヘイワード師団長に言われて私を追って来たのでは無いのか?」


「ヘイワード師団長、ですか?」


 私が首を傾げると、王子は『まあ、今更どちらでも良い』と言いながら、立ち上がり伸びをした。


「将軍との約束はちゃんと覚えているよ。私はこの外交中に消える事にしたから、後はよしなに……」


 何を言っているのか、ガリ王子。


「私はそろそろ行くよ。君は……ヘイワード師団長に従えば良い」


 エリック王子はそう言い、扉を開けた。外はすっかり明るくなっていた。

 師団長には特に何も言われていないのだが、どうしたものか。王子は次第にその姿を徐々に小さくして行く。


”困ったのぃ?“


 肩の上に潜む毛玉が震えた。起きたのだろう。


「うん。師団長やラルフに、心配しなくて良いとだけ伝えられたらと思って」


”ふむ。伝われば良いのかのぃ?“


「えっと、はい」


 ダンは肩からゆっくり降りて、羽を一枚自分で毟るとそれを放った。


“お使いよろしくのぃ”


 そう言うダンの傍にはいつの間にか現れた瑠璃ちゃんが非常に不本意という顔で、ダンの羽を握って浮かんでいた……と、思ったら手品のように消えた。私は、ウトウトし始めたダンを手に建物を出て、エリック王子の後ろを追いかける事にしたのだった。


 先を歩くエリック王子は特に急いでもいないが、私を待つでもなかった。私が後ろにいると気がついているけれど振り返る様子はない。


 森を抜けると、明け方に見た花畑が広がっていた。どうやら白い花ではなく、水色だったようだ。畦道を歩いて行く王子の背を私は追いかけた。どうやら王子は畦道の先に見える街道に出ようとしているらしい。街道には荷馬車が行き交う様子が見える。辺りを見回すが、クザン伯爵の館は見えない。私は、道中もう少し外の様子を見ておけば良かったなと今更ながら思った。


 どのくらい歩いただろう、日が傾き、空が赤くなる頃にエリック王子は再び街道を外れたうらぶれた建物に向かっていた。ここにも水色の花畑が広がっているのだが、今は夕日を浴びて、ピンク色にも見える。


 私は目の前にある、この建物に見覚えがあった。

 


『待って、リュカ!速いよ……』



 此処は、以前に絵本が視せた景色と同じだ。

 やはりエリック王子は、ファビアン少年だったのだろうか?


 エリック王子が建物の中へと歩を進める様子を見て、私はついて行くべきなのか逡巡し、暫し建物の前で立ち尽くしていた。


「アルブス国の魔導士がこんな僻地で何をしている?」


 背後から聞こえる大きな声に振り返ると、私の見覚えある顔があった。

 歳は二十代後半くらい、明るい茶色の絵の具に一滴だけ緑を落としたような瞳と、日の光を浴びて輝く茶色の髪。それは先ほどまで私が頭に浮かべていた人物……の、何年か先の姿だ。


「……リュカ」


 私の呟きを聞き取れたらしく、男は眉を顰め『何者だ、お前』と凄んで見せた。よく見れば、男の後ろには数名の男女がいる。帯剣している男は剣に手をかけて好戦的な様子だ。そんな中、焦茶の髪をした若い女が一歩前へと出た。緑色の瞳に夕陽が差し込み、それは生き生きとした橙色に光った。


「あなた……アルブス国の魔導士ね? そういえば、国王陛下の戴冠式典にアルブス国の王位継承者が出席すると言う話だったわね。あなた……斥候なのかしら?」


 女は橙色にギラついた瞳をこちらに向け、口の端を片方だけ上げて見せた。歳は十代後半くらいだろうか……その間にも男女は私の周囲を取り囲むように足を運んでいるのが判る。

 こんな時だが、若しくはこんな時だからなのか、私は我が家の女中、ナタリーに魔術か剣術を教えてもらうべきだったと心から思う。ダンスとかピアノとか、唄とか……こう言う事態で役に立つ気がしない。彼女は今頃どうしているのやら……


「サイラス、未だ居たのか」


 宜しくないタイミングで建物から出て来たエリック王子が、私に声をかけた。その髪色は、私の見慣れた榛色だ。


「へぇ……これはとんでもない拾い物かも知れないわね」


 女は嬉しそうに目を細めてエリック王子を見つめて『我々とご同行願いますわ、エリック・ディオン殿下』と言い微笑んだのだった。


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