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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
3 第一王子従者(仮)の日常
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5 絵から視えるもの

 此処は……どこだろう?

 緑の中を進み、庭の小道に出てきたのだろうか。走る“私”はお目当ての人を見つけて更に加速する。足音に気がついた彼女がこちらを振り返り、そして微笑む。


「ご機嫌よう、エリック殿下」


「エレノア様、遊ぼう!」


 屈んだ彼女の優しい緑色した瞳には幼い“私”が映る。日の光を浴びてエレノア様の焦茶の髪が金色に光って見えた。“私”のもう一人の母上。


「エリック殿下、第二王妃の離宮からここまで一人で来たのですか?」


「うん!」


 見れば、エレノア様の隣には赤い髪の男が一人。“私”がここまで一人で来た事に驚いたと目を大きく開き、“私”を高く抱き上げて頭を撫でてくれた。“私”のもう一人の父上。


「今日はね、クッキーを持ってきたんだ! 皆で一緒に食べよう!」


 “私”がそう言うと、二人は優しく微笑みを返してくれて、それが“私”を幸せにしてくれる。

 

 二人の笑顔が歪み暗転した。





 此処は……“私”が暮らす離宮だ。

 赤髪が“私”の鼻をくすぐる。もう一人の父上に背負われて帰ってきたのだ。


「まあ、エリック殿下……心配したのですよ」


 メイドのクロエは“私”を見つけて駆け寄り、赤髪の男から“私”を受け取ると『レイモンド様、ありがとうございます』と言った。“私”は『また遊ぼう』ともう一人の父上に手を振る。彼は破顔して、手を振り返してくれた。


 離宮には金色の髪をした“私”の母上が待っていた。

 

「エリック。エレノア様と遊んで頂いたの?」


 青い母上の瞳に“私”が映り込む。

 “私”は頷くと、母上の口元がゆっくりと微笑みの形を作って『それは良かったわね』と言い、“私”の髪を撫でて整えた。


「では、何かお礼をしなければね」


 そう言う母上の口元を見つめながら“私”の視界は暗転した。




 此処は……どこだろう。

 “私”の目の前には金色の髪をした母上がいつもの微笑みをたたえている。


「今日はエレノア様にお礼をしましょう」


 そう言うと、母上はクッキーを包んだ箱を二つ“私”に手渡した。一つは目の前の母上を思わせる青いリボンが、もう一つにはエレノアの優しい眼差しを思わせる緑色したリボンがかけられている。


「貴方の瞳の色をしたリボンをかけたの。エレノア様も気に入ってくれると思うわ。貴方にはエレノア様の緑色よ」


「母上、ありがとうございます!」


 “私”は母上に見送られ、庭の中を抜けていつもの小道を目指して駆ける。緑色の瞳をした優しいエレノア様はきっと喜んでくれる。エレノア様には“私”の青、“私”にはエレノア様の緑を……また二人で一緒に食べるのだ。


 緑を抜けると、いつものようにエレノア様がいた。“私”が駆け寄ると、エレノア様が振り返り、そして微笑んだ。


「ご機嫌よう、エリック殿下。」


「エレノア様、これあげる!」


 “私”は青いリボンがかけられた箱をエレノア様に差し出すと、エレノア様は嬉しそうに微笑んで、箱を受け取って『ありがとう、エリック殿下』と言い、“私”の頭を撫でてくれた。


「クッキーね。一緒に食べましょうね」


 エレノア様がそう言ったので、“私”はエレノア様色のリボンがかけられた箱を見せて『一緒に食べよう!』と言い、二人で笑い合った。


 そして……クッキーを食べたエレノア様は口をはくはくと動かして“私”に手を伸ばし、そのまま倒れた。


「エレノア様?」


 エレノア様は動かない。“私”はどうしたらいいのか解らない。手から力が抜けてしまい、持っていた箱が地面に落ちた。それでもエレノア様は動かない。


「……助けて……」


 やっと出た小さな声。喉の奥が熱くて、息が出来ない。

 息を吸い込むと思いの外大きな音で喉が鳴った。声が出せないのに、“私”の目からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。


「エレノア!?」


 そこに現れたのは、赤髪をしたもう一人の父上。

 “私”はもう一度精一杯の声を振り絞る。


「けて……助けて……!」


 赤髪の父上はエレノア様を軽々と持ち上げ、必死で追いかける私をあっという間に引き離して館の中へと消えた。

 二人の後を追いながら、“私”はずっと恐いと思っていた。エレノア様がいつもと違う。優しい緑色の瞳は見えない。笑ってくれない。このままいなくなってしまうかも知れない。お腹が、喉が、さっきからずっと痛くてたまらない。


「……何があった?」


 赤髪の父上はエレノア様を寝台に横たえ、息を切らして追いついた“私”に背を向け、窓の外を見るようにしてそう言った。

 “私”は何を言えばいいのか、『クッキーを』と話そうとしたら、また涙が溢れ、喉からひゅーひゅーと音がした。そして、いつの間にか“私”の前には赤髪の父上が屈んでいた。時々ぼやけるその瞳に映る“私”が見えて、赤髪の父上もエレノア様と同じ緑色だと気が付いた。


「いいか、忘れるな」


 そう言い、赤髪の父上は“私”を強く抱きしめた。

 赤い髪が“私”の顔を撫でる。


「これは、お前のせいでは無い。……これだけは、忘れるな」


 そうして景色が暗転した。





 黒い丸に四角、黒に塗り潰された中に青と緑色が少し見える。暗い色をした絵。

 もしやこれは……クッキーなのか?


 気がつけば、私は色彩豊かな絵の中からひときわ暗い絵に手を触れていた。隣にはクロエが座っている。そこにラルフとエリック王子が戻って来た。


「サイラス君、それは?」


 ラルフが不思議そうに首を傾げる。エリック王子は無反応だ。


「エリック殿下が昔描いた絵だそうです」


 私がそう言うと、ラルフは『へぇー、そうなんですね』と言い絵を覗き込むのだが、エリック王子は相変わらず無反応だ。


「エリック殿下は覚えていますか?」


 私が訊くと、エリック王子はいつもの微笑みを浮かべて『小さな頃の事はあまり覚えていないんだ』と言うのだった。

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