4 再会
アメリア妃との会合を終えた第一王子は、その足でもう一か所寄る所があると言いい、ラルフと私を後ろに従えて、見覚えのある建物が見える庭を訪れた。第二王妃と第三王妃の離宮は庭を移動するのが一番の近道だとか……と言うことは、コルデリア第二王妃に会うのだろう。私を殺そうとした王妃様には是非とも会わずにすませたい。
横を歩くラルフは、ジュリアン王子を抱いていた僅かな時間ですっかり消耗していた。帽子についた千切れた飾り紐がまた彼のやられ具合に拍車をかける。まあ、王位継承者候補を抱っこしていたのだ。無理もない。
ああ、私はあそこで倒れたんだなぁ……
うーん、早く詰所に戻りたい……
私は庭のど真ん中。今は椅子も机も用意されていないただ広い庭を眺めてざわつく気持ちが高まる。ラルフも同様なのか『はぁ』だの『ふぅ』だの音がして私を少し冷静にさせてくれた。
庭を抜けるとサンルームで腰掛ける女性が一人。
以前視えた時よりも金の髪はほんの少しだが艶を失い、青い双眸は捉え所がない。歳を重ねたが、見覚えがある顔だった。
コルデリア妃だ……
庭から現れた我々を見たコルデリア妃は、座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、怯えた表情を見せて部屋の中へと逃げ込んで行った。ラルフと私はお互いを見て首を傾げたが、その時エリック王子がどんな表情をしていたのかは判らない。
暫くして、サンルームから一人のメイドが出てきた。細い体は真っ直ぐで、ぴっちりと纏められた髪は、厳しそうな印象を与える。歳はコルデリア妃と同じくらいだろうか。
「エリック殿下。折角お越しいただきましたが、コルデリア妃は気分が優れないようでして……殿下の事をご認識できないかも知れません」
年嵩のメイドは第一王子に遠慮がちにそう声をかけた。
私とラルフはお互いの顔を見合わせ、我々はどうしたら良いのか確認し合った。当然ながら、お互いどうしたら良いのか解らない。
「二人共、少し待っていてくれる? 出国前に母上に挨拶しようと思ってね」
エリック王子は、こちらに向かいそう言うと奥の部屋へと消えて行く。
残されたラルフと私を一瞥したメイドは、別室へ案内しそこで待つよう伝えた後、去って行った。
「あまり歓迎されていないような……?」
「まあ、滲み出る僕のお育ちの悪さ故でしょうねぇ……王妃付きのメイドさんって大体子爵令嬢以上のやんごとなき御身分ですしねー」
私の一言に、ラルフは自虐的に語ると『あ……でも、先程の女性ならリサの事知っているかもしれませんねぇ』と言い、伸びをした。王族から解放されて少し落ち着いたらしい。私はと言えば、部屋に何か触れそうなものでもあればと調度品を眺めたりする。
ぺたぺたと触ったらさっきの女性に怒られそうだな……
「それにしても、コルデリア妃はご病気なのでしょうか?」
「さあ……僕は聞いたことありませんね。どちらかと言えば、第一王妃のエレノア妃が病気がちなイメージありますけどね」
そう言うと、ラルフは帽子を脱ぎ『あーあ、千切れちゃいましたねー』と言いながら飾り紐をこちらへ見せて笑った。
「エリックは誰にも渡さない! 出て行って!!」
そこへ聞こえる女性の大声。ラルフと私は顔を見合わせ、先程聞こえたものについて答え合わせをしようとする。
「今のは……コルデリア王妃の声でしょうか……??」
「そのように……思われますねぇ」
顔を見合わせ会話する私たちの元に、先程のメイドとは別の年若いメイドが駆込み、手を貸して欲しいと必死な様子で頼まれる。
メイドに促され行った先には王子とコルデリア妃、そして先程見た年嵩のメイド。コルデリア妃は、髪を振り乱して年嵩のメイドを打ち据えた。私が視た、若き日のコルデリア妃とはほど遠い。
「母上、落ち着いて下さい」
王子がコルデリア妃とメイドの間に入ると、今度は怯えるように自身の身体を抱きしめてその場に崩れる。
「エリックはっ……誰にも……渡さない!」
そう言い、震えている。私は、コルデリア妃が嗚咽しているのだと暫くしてから気が付いた。
「大丈夫ですか?」
私は頬を赤く腫らしたメイドに声をかけて助け起こそうと駆け寄る。私を見上げる瞳には先程見せなかった怯えに似た色が見えた。『ありがとうございます』と、震える声で私に答えた。その間にも、エリック王子とラルフによってコルデリア妃は寝室へ運ばれて行った。
その間に、私はメイドを別室へ連れ出して座らせた。少し落ち着いたらしく、メイドはクロエと名乗り、コルデリアの事、自身の事を語ってくれた。
クロエ曰く、コルデリアは幼少から将来国母になるべく、ファーガス侯爵に教育されて来たのだと言う。元々そこまで高くは無かった魔力保有量を伸ばす為に学術的に根拠がない噂レベルの方法を自身に課した事もあったそうだ。そんな努力の末、得たのは第二王妃と言う地位だったが、父のファーガス侯爵は第一王妃になれないなら、せめて第一王妃より先に子を授かるようにと言っただけだとか。
コルデリア妃、そうやって育てば歪むわぁ……
クロエは、エレノア妃よりも先に王子を身ごもった事で、やっとコルデリア妃の努力が認められると思い、安心したそうだ。だが、婚約当初からアルヴィン国王陛下の寵愛は病弱なエレノア第一王妃に注がれ、エリック殿下が産まれてからも、それは変わらなかったと言う。
「エレノア妃は病弱なのですか?」
「ご婚約が決まった頃からお身体は強くなかったと聞いておりますわ。それが理由でコルデリア様が第二王妃に決まったのだとお聞きしています」
そして、アルヴィン陛下は、ある時を境にコルデリア妃の離宮を訪れなくなったと言う。
「それは、ヴィンセント第ニ王子が産まれた頃でしょうか……?」
「いいえ。その二年ほど前ですわ。コルデリア様主催のお茶会で第三王妃候補の女性が毒を盛られて倒れたのです」
それって、私の話か……
「証拠などありませんでしたが、疑いは主催者のコルデリア様に向かいました。国王陛下がそれを信じてしまわれたのでしょう……」
そこからコルデリア妃の心の支えはエリック殿下になり、彼を次期アルブス国王にする事が彼女の生きる全てになったのだとか……
何というか、因果応報という感じがする。
「エリック殿下が六つになる頃です。ファーガス侯爵領で狩猟中に数日間行方不明になられて……奇跡的に無傷で発見されたとの事ですが、それがきっかけで、コルデリア様のエリック殿下への執着が決定的になりました」
クロエはそこまで話すと、ゆっくり息を吐いた。
私は、リサやクザン伯爵の話題をどう切り出したものかとクロエの表情を伺った。
「あの……何か?」
あまりに私がじっと見ていたようで、クロエがほんの少し動揺の色を瞳に浮かべた。
私はとっさに彼女の頬に指を触れて『まだ痛そうですね』と答えたところ、彼女は真っ赤になってしまった。
「やはり、何か冷やすものを貰って来ます」
私は年若のメイドを探しにクロエから離れようとすると『平気ですわ』とかなりの勢いで返されてしまった。何故か気まずい空気が流れる。
「その……小さな頃のエリック殿下はどんな方でしたか?」
「……ええと、そうですわね……小さい頃はとても活発でしたわ。庭をよく駆け回っておられて……絵もよく描いていましたわ。」
それって、もしかしたら……何か視えるかも?
私は、やや前のめりで『絵ですか?』と、クロエに顔を近づけて訊き返したところ、彼女は飛び上がるようにして立ち上がり『ええ、そうですわ。ち、ちょっとお待ち下さいませ!』と言いながら赤い顔をして部屋を出て行った。
暫くすると、クロエは紙の筒を数本持って帰って来た。幼少期のエリック王子が描いたものだと言い、広げて見せてくれた。エリック王子は色彩豊かな絵を描く子供だったらしい。
「一枚だけ雰囲気が違う絵がありますね」
私は暗い色合いの絵を指差し紙に手が触れた時、黒く塗り潰された丸とも四角とも判別できない何かが歪み、どこかへと放り出される感覚を味わったのだった。




