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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
3 第一王子従者(仮)の日常
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3 外交に向けて

 思いがけず黒い小人に遭遇したと思ったら、第一王子の従者に抜擢されてしまった。まあ、王子がアーテル国へ外交に向かう間の期間限定従者だ。唯、目的地の途中にあると言う、クザン伯爵領に立ち寄るそうだ。私にとっては鬼門だ。拒否したい。


 第一師団長の執務室に戻り、事情を伝えた時のジャックは目を見開いたまま固まった。見かねたラルフが『あの状況では断れませんよ、お義父さん』と言って取りなしてくれたが、ショックからは立ち直れていないようだ。


「ラルフ君。どうか、どうか、シャロン様を守ってください」


 ジャックは目を赤くしてラルフの両肩を掴んで怯えさせた。ラルフが声にならない悲鳴をあげている……恐らく。


「うーん。誰にどこまで事情を話して良いのか悩ましいですね」


 第一師団の副師団長はオスカーとは対照的に柔和な印象で、ジャックと同世代の男だ。頭を掻きながらも、ジャックを落ち着かせるように椅子を勧めている。私としては、オスカーとナタリーくらいには伝えておきたい所だ。そこへ第三魔法師団長ヘイワードが現れ、副師団長に声をかける。


「既に耳にしたようだが……エリック殿下の外交で人員を融通してもらいたい。殿下がそちらの見習い師団員を従者にお望みだ」


「ええ、先程お聞きしましたよ。ちょっと事情のある子ですが良いですか?」


 ヘイワード師団長は僅かに目を細めて、『事情とは?』と言う。


「実は第二王子襲撃事件の目撃者でして、秘密裏に保護するようヴィンセント殿下から命じられています」


「そうか……わかった。第一エリック王子同様、外交中は第三師団で護衛しよう」


「ご配慮ありがとうございます」


 副師団長は柔和な笑みを浮かべたまま、ファーガス侯爵家の情報は出さず、ヘイワード師団長に私の護衛を約束させた。おいちゃん中々のやり手である。


「サイラスと言うのは仮の名かな?」


「はい、シャロン・ヴァレンタインと申します」


 私の名前を聞き、ヘイワード師団長は緑の目を僅かに大きくして驚きを露わにした。『何故男装を……』と呟くのが聞こえるに、どうやら私の事を知っているようだ。


「ロバート・ヘイワードです。道中は貴女の事を“サイラス”と呼ばせて頂きます」


 おや……言葉遣いが随分と丁寧になった。爵位によるものだろうか?

 ヘイワード師団長は随分と真面目な人のようだ。


「よろしくお願い致します」


 私がそう言い頭を下げた後愛想笑いを浮かべると、師団長は結構な勢いで踵を返し退出して行った。束ねた彼の後ろ髪が馬の尻尾のように揺れていた。




 翌日から、私はラルフについてまわり、アーテル外交準備を手伝う事になった。あまり時間は無いが、従者を担う事になるのである程度知っていないと……というジャック師匠の親心によるものだ。ラルフはアーテル外交の準備をしつつ、クザン伯爵の周辺を調べ始めていた。まあ、私も気になっている事なので、それなりに手伝う。


「アーテル国王陛下が最近即位されましてね、外交の主目的はそのお祝いなんです。」


 ラルフは私に説明しながら、アーテルの地図や歴史書を広げた。アルブス国の東側を接しており、気候はアルブス国と違って、春秋は過ごしやすいが、夏暑く、冬寒いと言う。


「ええと……アルブス国のほうはどんな気候ですか?」


 私の質問にラルフは少し驚き『ああ、記憶を無くしたのでしたね』と言いながら、アルブスの気候は年中温暖だと教えてくれた。


「実はアーテル国の事は、エリック殿下の方が詳しいんですよね。王族ですから当然と言えばそうなんですけど……ははは」


 そう言うラルフの後ろから近付く第一王子。口元に人差し指をあて、私に軽くウィンクをした。私が『そうなのですか』と言い、ラルフが頷くタイミングで王子は背後から声を発した。


「私もアメリア第三王妃から教わっているんだよ」


 ラルフは文字通り飛び上がり、奇声をあげた。

 なるほど、王子はこれがやりたかったのかと私は納得したのだった。


「エリック殿下……驚かせないで下さい。」


 ラルフは息も絶え絶えと言った様相である。


「いつも面白いから、つい……ね。サイラス、良かったら今からアメリア第三王妃に会ってみるかい?」


「アメリア第三王妃にですか?」


 私は師匠ジャックの指導に従い、困った時は相手の言う事を繰り返すという手段に訴えてみた。すると、王子は今からアメリア第三王妃に会う予定だからとラルフと私を連れて、離宮へと足を進めるのだった。手土産らしき箱を従者の私ではなく、文官のラルフに持たせている。


 回廊を抜けた先、中庭のガゼボに赤髪の女性が赤ん坊を抱いて座っていた。歳は二十代後半といったところだ。こちらに気がつくと、にっこり笑って自由になる右手を大きく振った。


「ご機嫌よう、アメリアお義母さま」


「ご機嫌よう、エリック殿下。今日はジュリアンの機嫌が良さそうだから一緒に連れて来たの」


 第三王妃アメリアはそう言って、抱いていた赤ん坊をこちらの方に見せた。よく眠っている。もちもちの赤ん坊の焦茶色したふわふわの髪は柔らかそうで、私は思わず口元が緩んだ。頬っぺたを触ると気持ちが良いに違いない。


 第三王子って……産まれて間もないのね。


「今日は私と外交に帯同する者達を連れて来ました。アーテルの慣習など知っていると良い事を教えてやってください。」


「まあ。知っておくと良いことねえ……」


 アメリア妃は第三王子ジュリアンをゆっくり揺らしながら『そうねえ、そうねえ』と一緒に揺れる。一緒に彼女の赤い巻毛がふわふわと舞った。


「国王陛下には巻き込まれないよう気をつけて。かなりの破天荒だから」


 暫く考えた後に、役に立つのか微妙な情報を提供した。その時、ジュリアン王子はぐずり始め、アメリア妃は『あらあら、どうしたの?』と王子のご機嫌を取ろうと立ち上がりあやし始める。私はといえば、泣き出したジュリアン王子の頬をぺしぺしと叩いた藤色した小人を凝視していた。

 

 今度は藤色……


 目が合った藤色の小人は、ジュリアン王子の頬を申し訳程度に撫でてアメリア妃の後ろに隠れてしまった。もちろんジュリアン王子は泣いたままだ。


「ああ、そうだ。今日はお約束したアーテル国の本を持ってきました」


 エリック王子はそう言うと、ラルフに持たせていた箱からかなり古びた本を取り出して、テーブルの上に置いた。


「まあ。“暁に哭く夜鷹”ね。私も小さい頃に読んだわ。ありがとうエリック殿下」


 アメリア妃はコルデリア妃とは対照的に、表情豊かに眉間や目尻に皺を寄せて笑う女性であった。藤色の小人がまたジュリアン王子に何かしようとしているが、誰も気がつく様子はない。


「あ、ちょっとジュリアンをお願いね」


 アメリア妃はラルフに息子ジュリアンを託して本を手に取った。ジュリアン王子は再び眠ったようで大人しい。ラルフはおっかなびっくりの様相で王子を抱え、藤色の小人はラルフに興味が移ったらしく、彼の帽子に付いた飾りをいじって遊んでいる。


「そうそう……この話、小さな頃は好きになれなかったの。終わりが悲しいから嫌だったのね。不幸な少年が飢えたまま凍えて死ぬのを不条理に思っていたのね」


アメリア妃はそう言って、最後の方にある頁を開き呟いた。そこには夜空と星……そして鳥の絵が描かれている。どうやら悲しい物語なのだろう。


「そうでしたか……それではこの本は持ち帰りましょう。代わりにアーテルから別の本を持ち帰って来るようにいたしましょう」


「あら。折角持って来てくれたのに悪いわ……それに、今はその話の良さがわかる歳になったのよ」


 アメリア妃は本を持ち帰ろうとするエリック王子を制すように、本を取り上げてそう言った。その時、ジュリアン王子が再びぐずり始め『あら、いけない』と言って今度は私に本を渡し……そして私はラルフからジュリアン王子を取り上げるアメリア妃を見ながら視界が揺らぐのを感じた。





 此処は……どこなのだろう?

 王城では見たことのない古い建物の中。天井は比べ物にならない程低く、剥き出しの梁は堅牢さとは程遠い。窓から刺す明かりが小さな部屋を照らし、小さな手が本のページを繰る。字は読めないが、そこに描かれた深くて暗い青と、赤を混ぜた色合いが気に入っていた。此処にある“私”の少ない娯楽だ。


「ファビアン、またその本読むのか?外で遊ぼうぜ」


 物音がしたと思いきや、一人の男の子が“私”に声をかけ近づいて来る。明るい茶色の絵の具に一滴だけ緑を落としたような瞳に映る子供が今の“私”だ。少年の出してくれた手を掴み、本はそのままに外へと駆け出す。ずっと部屋の中にいた“私”には、日の光が眩しい。どこからなのか香ばしい香りがする。

 “私”の手を引く男の子は足が速く、途端に脚がもつれる感覚を覚えた。


「待って、リュカ!速いよ……」


 前を行く茶色の頭が揺れて景色が暗転した。





 此処は……先程とは異なる場所。白壁は高く、部屋を彩る調度品や足元の絨毯の柔らかさが、さっきまで視えた場所とは全く違う世界に連れて来られたと思わせる。そこへ大きな音を立てて開く扉の音。


「エリック!」


 声のする方を向くと同時に誰かに抱き込まれる。『よかった、無事なのね!』と頭の上で女の声がする。周りを見回そうにも、がっちり抱き抱えられて動けない。“私”は声の主にされるがまま、彼女が身につける上質なドレスに散りばめられた意匠を凝らした刺繍を見つめるのだった。


「コルデリア、エリックは事故で混乱している。休ませてあげなさい」


 その声に、私の視界は広がり、私を抱きしめた女の姿をようやく見る事ができた。金色の艶やかな髪に青い双眸。そして、その青の瞳に捉えられた“私”。女が何かを恐れるように此方を見るように“私”も怯えた瞳をたたえている事だろう。自分の鼓動が聴こえるようだ。

 女が“私”から視線を外して向く方向へ“私”もまた目をやる。そこには、白の混じる金髪を後ろに撫でつけたローブを羽織る初老の男が佇む。決して友好的でも敵対視もされていない。私の怯えが隣の女に伝わったのか、それとも女の恐れが私を怯えさせたのか……

 男はゆっくりと“私”に近づき『色は同じか……服を整えさせよう』と言い、また離れて行った。


 初老の男と入れ替わるように制服に身を包む女性達が“私”に近づく姿が徐々に揺らぎ、暗転した。





 私の手には“暁に哭く夜鷹”の絵本があった。夜の闇と暁を描いた挿絵を気にいていたのは……エリック王子?


「サイラス……君? その本、片付けるからもらえるかな?」


 横にいたラルフが箱を広げて中に本を入れてくれとばかりこちらを見つめていた。その帽子の飾りはいつの間にか取れてなくなり、ジュリアン王子の手に握られていたのだった。

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