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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
幕間
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幕間3 とある子爵令嬢の一日

 私は今、ラーウス国の外れにある小さな集落に来ている。私の故郷も田舎であったが、ここはもっと田舎だ。……というか、生活水準が低かった。私の上司にあたる五大魔術師のブレイク公爵夫人は、公爵家の人間ならば嫌がると思えるこの環境を見てから程なくして、様々な改良を加え、集落の生活水準を大幅に引上げた。お陰でこの集落における“慧心の魔術師”の人気はうなぎのぼりで、その魔術師の下で働く私にも皆良くしてくれる。


 この集落にやって来た当初は、それこそ気楽に顔を洗う水さえ手に入らない状況であったのだ。それを考えればブレイク公爵夫人の功績は大きいのだが……

 最初こそアルブス国の五大魔術師“慧心の魔術師”の下で働けると心から喜んだ私も、日を重ねて彼女の人となりを知り、ブレイク公爵夫人が魔術研究以外はまあまあ残念な人物であると理解し始めていた。


「おはようございます。」


 私は扉をノックするが、返事はない。

 再度、先ほどよりも強めにノックして声をかけても返事は返って来ない。私は溜息を吐くと、扉を一気に開く。部屋は私に用意されたものとほぼ変わらない、公爵夫人ほどの身分の方が使うのにこれは無いわ…という水準だ。部屋の半分以上をベッドが占めている。

 ベッドの上には、いつものように、大量の書き付けと本が散乱していた。魔道具の灯りがその惨状を照らす。そして……いつものように、そこでうつ伏せで横たわる女性が一人。


「ディアナ様。起きてください」


 無反応だ。これもいつも通り。


「失礼します、ディアナ様。おーきーてーくーだーさーいー!!」


 私はブレイク公爵夫人ご本人直伝の起こし方…彼女の両頬を摘み、横に目一杯引っ張りながら、お貴族様が出したりしない大きめの声をあげた。


「あふぉふぉっーとぉ」


 後ちょっと……と言った。多分。どうしてこのヒトはこれ程まで頬が伸びるのか……

 私はブレイク公爵夫人の背中に手をあてて一気に引き起こした。彼女は私よりも小柄なので容易く起こすことができる。夫人は『みゅぅぅぅ』と、謎の鳴き声をあげて私にしがみついてそのまま二度寝に入ろうとする。そうはさせない。

 私は次の手、夫人の両耳を摘んで前後に揺する。まあまあの勢いだ。


「ディーアーナーさーまー! 朝に実験するから起こしてって言ったのは貴女ですよ!!」


「みぃぃぃぃ」


 私はアルブス国の偉大な魔術師がこんな御人だとは思わなかった。これが毎朝の出来事ともなれば、流石に慣れる。


「遅くまで起きているから、朝起きられないんです!」


 ブレイク公爵夫人を力ずくで立たせると、流石に覚醒できたらしく『おはよぅ』と言い私に隠しもせずでっかい欠伸をした。私もコレにはもう慣れた。


「メリッサちゃん。ありがとね」


 私は、ふにゃりと笑う公爵夫人の身なりを整えるのを手伝いつつ『どういたしまして』と言う。

 この家を貸してくれている集落のお母さんの言葉を借りると、この人はちょっと大きめの子供そのものなのだ。部屋にあったクッキーを目を瞑ったまま咀嚼している。何でもコレで目が覚めて来るとか……ブレイク公爵夫人が数多くの助手要員応募者の中から私を選んだのは、朝起こせる体格だからという理由がメインで、魔導士としてのキャリアなんか無視なのだろうなとこの頃は強く感じる。


 その日の実験は、魔獣の住む森で行われた。

 私はブレイク公爵夫人のそばを離れないようにして、周囲に注意を払う。公爵夫人は攻撃魔法が全く使えないのだ。一度魔獣に食べられるかと思うような距離まで何もしなかった夫人に訊いて愕然としたものだ。

 そして、運悪くそこに魔獣が現れた。親とはぐれた子供のようだ。やや辿々しい足取りでこちらに向かって来た。それに気がついたラーウス国の研究員が、攻撃魔法の詠唱をしているのがわかる。ブレイク公爵夫人は全く気がついていないようで、魔木のデータを熱心に採取している。


「ディアナ様、魔獣がいますので、避難しましょう」


 私は公爵夫人の肩に手をかけてそう言うが、彼女は『うーん、もう少し待って』と言う。魔獣は待ってなどくれないと言うのに……

 更に状況を悪くさせるかのように、親魔獣が子を庇うように前に立ち塞がった。ラーウス国研究員が放った攻撃魔法が親魔獣の顔に当たる……と思いきや、輪郭が微妙に揺れて躱される。


魔獣は牙を剥き出し、ラーウス国研究員に前足を繰り出した。幼児の腕ほどある長い爪が地面を抉る。研究員は風魔法で間一髪のところ難を逃れたようで、青い顔をしているが外傷はない。

 私は公爵夫人を力ずくでその場から引き剥がし、逃げるために風魔法を私と夫人の周りに展開させた。魔獣は咆哮をあげて、一番手近な人間……公爵夫人と私に向かい突進して来る。風魔法の行使は間に合いそうにない。


「退いて下さい、ディアナ様!」


 私は風魔法を解除し、攻撃魔法の術式を描いた魔法陣に魔力を流し、魔獣に向けて放った。魔獣の左腕を捕らえた火の球は、あっさり魔獣に振り払われてしまう。


 嗚呼、ここで死んじゃうの?


 私が死を実感した瞬間、周りの景色がブレて私は遥か上空に転移させられていた。傍には真っ青な顔をしたラーウス国研究員たちと、やや申し訳なさそうな表情をした公爵夫人が佇んでいる。そして、遥か下から魔獣の咆哮が聞こえて来る。


 何て出鱈目なの……


 ブレイク公爵夫人がその場にいた研究員全てを上空に転移させたのだろう。突如当てられた強力な魔力に乱暴な運転の乗合馬車にでも乗せられた気分がする。


「ごめんなさい。咄嗟に上に送ってしまったけど……皆さんご無事ですか?」


 ブレイク公爵夫人は研究員たちにそう言うと、私たちの返答を聞く様子はなく、魔獣親子に対して転移術を行使して何処かへ飛ばしてしまった。


「ディアナ様……始めから魔獣親子に転移術をかけるだけでよろしかったのではないでしょうか?」


 私は吐き気に耐えながらそう言うと『あ、そうか……ゴメン』と、私にだけ聞こえる程度の小声で呟き、笑って誤魔化したのだった。



「これは……始めからデータの取り直しですね」


 出鱈目な魔力を使い、研究員たち全員をゆっくりと地上に降ろした公爵夫人は、先ほどの魔獣が蹂躙した魔木とデータ収集用の魔道具を見てそう言った。


 私は帰国がまたもや遠のくのを感じつつ『そうですね』と応えたのだった。




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