13 ファーガス侯爵の提案
義足のマットからは陰謀めいた情報を得ることができなかったエリック王子だが、私の方は自分がどうやって毒を盛られたのかが解った。第二王子を襲ったファーガス侯爵家やコルデリア王妃と血縁関係である第一王子に説明するつもりは毛頭無い訳だが、まだ解らない事が残っている。
リサの部屋にあった小瓶は一体どこへ行ってしまったのだろう……
マットが見せた妹の遺品は服と髪飾りだけで小瓶は無かった。エリック王子が他にはないか確認していたので、あの小瓶がマットの手に渡った後に売ってしまったとか言う話ではなさそうだ。帰りの馬車の中で、ヤマダサンを尻尾を指でくるくると遊ばせながら私は思考に沈む。
誰かがリサの部屋から小瓶を回収したっていう事だよね……
「ヴァレンタイン伯爵令嬢。どう思われましたか?」
私は首をコテンと傾げて第一王子を見た。聞いてなかったのだ。
「彼は貴女の殺害未遂に関わっているかどうか……何か気がつく事ありましたか?」
「あの男性については特に……毒物はメイドの部屋から見つかったのでしょうか?」
「調書には書かれて無かったですね。別の隠し場所があったか、或いはメイドも共犯者に殺されたか……」
ガリ王子……当てちゃった。
「どうやって彼女が犯人とわかったのでしょうか? てっきり毒物を所持していたのかと思いましたわ」
私からの指摘に、王子は顎に手をやり思案顔だ。彼の榛色した髪がサラリと揺れた。
「殿下がカフェで仰っていた……一つ目に気になった事についてですが……彼女はどういう経緯で王妃のメイドになったのでしょう?」
私は小首を傾げて自分の頬に手をあてて独り言のように言うと、王子は目を見開き『確かに』と言い頷いた。
お互い様なんだけど……どこか小芝居くさいのなぁガリ王子。
如何にも記憶力の良いこの王子が、ヴェロニカ先生にマットの事を確認する際微妙に間違えて先生に訂正させていたのを思い出した。
「今日は貴女に会えて良かった。何かわかったら連絡します」
王子はそう言い爽やかに微笑むと、二人と一匹を送り届けた後、ヴァレンタイン伯爵家から去って行ったのだった。
王子との再会から三日後、私はファーガス侯爵家を訪れていた。
ヤマダサンを連れて行くのは難しいとナタリーに言われ、泣く泣くやわらかボディを手放し侯爵家に到着したのだが、一緒に来たナタリーとも到着早々引き離され、見覚えある部屋へと通されたのだった。
此処は……第二王子を殺そうとした人達のいた部屋……
見覚えのある調度品と配置にヤマダサンやハムちゃんから聞かされた事を改めて知らされる事になった。既に伯爵家へ帰りたい。
「ヴァレンタイン伯爵令嬢。呼びつけて悪かったね」
そこに、既視感を覚える声の人物がシャロンに声をかけた。白髪を後ろに撫で付け、遠目にも上質と判る服を纏う老人。この老人がファーガス侯爵だろう。老け込んではいるが、ヴァレンタイン伯爵に援助を持ちかけた侯爵の面影が残っている。コルデリア王妃の双眸はこの男譲りなのだろう。
シャロンは師匠から習った通り、格上の異性に向けた礼を取った。
「ヴァレンタイン伯爵の容体は如何かな?」
「皆さまに気をかけて頂いておりますが、襲撃事件から意識不明のまま眠り続けております」
私はナタリーと用意した台詞をそのまま使う。ナタリーの演技指導通り、伏目がちである。
……大当たり。
ファーガス侯爵の履物にある紋様に見覚えがあった。左手の中指に陣取る指輪もだ。今日のローブは襲撃犯達が見たものとは異なるようだ。
「そうか。それは残念な事だ」
「お心遣い感謝いたします」
私は既視感の正体が解った。魔法師団の一室で、襲撃犯の剣に触れた時、侯爵の声を既に聞いていたのだ。自分の呼吸が僅かに浅くなった事を感じていた。
「もし……このままヴァレンタイン伯爵が目覚める事なく死ぬようであれば、ヴァレンタイン伯爵家は貴族年鑑から抹消される訳だが……伯爵令嬢は養子縁組にご興味がおありかな?」
……凄いな、ナタリー。
ナタリーはファーガス侯爵家からの招待状を受け取った際、想定質問と回答を用意してきれた。彼女は、護衛に支障ないようにと、灰色の魔法師団長から第二王子襲撃の裏でファーガス侯爵家の人間が動いている事を伝えられていたのだ。
元魔法師団で諜報活動ばかりしていたナタリーは、ファーガス侯爵がシャロンを目の届きやすい所に置くと読んでいたのだ。そして、侯爵の息がかかった縁者に嫁がせるか、養子にさせるだろうとシャロンに説明していたのだった。
シャロンは伏目がちにしていた瞳を開き、ファーガス侯爵を見つめた後、再び下の方を見る。これもナタリーの指導によるものだ。
「養子縁組にございますか?」
質問を繰り返し、相手に解説させる。これもまたナタリーの指導によるものである。
「長年付き合いのあるヴァレンタイン伯爵の愛娘が貴族の地位を失う様をみすみす傍観するというのは……私も気が咎めてね。王都からは離れるが、クザン伯爵が養子縁組に前向きに検討したいと言ってくれた」
「……お心遣い恐縮です」
「もしヴァレンタイン伯爵がこのまま死亡するような事態になれば、今日の事を思い出すと良いだろう。僻地の養子縁組申請書の到着が遅延するなど……よくある話だからね」
私がゆっくりとファーガス侯爵に礼を取ると、侯爵は青い目を少し細めて頷くのだった。
「シャロン様、ファーガス侯爵は何とおっしゃっていたのですか?」
ヴァレンタイン伯爵家へ帰る道すがら、ナタリーが私に問いかける。
「私の身を案じて、クザン伯爵家の養子縁組を薦めて下さったの。お父様にもしもの事あれば、考えてみるようにと……」
「まあ! 素晴らしい!!」
ナタリーは目を輝かせ、嬉しそうに己の両手を合わせた。
白々しいと言うこと勿れ。ファーガス侯爵家の用意してくれた馬車の中にいるのだ。そしてナタリーは続ける。
「ご主人様がご無事であれば良いのですが……もう何日も目を覚まされず……このままお亡くなりになられたとしたら、残されたシャロン様がどうなってしまうか……私はそれが心配で心配で……」
ナタリーは鼻をかんだ。
「ナタリー……気にかけてくれてありがとう」
「シャロン様、もったいないお言葉でございます」
ナタリーは再び鼻を噛んだ。
御者がどこまで聞いているかは謎だが、やや白々しい小芝居はヴァレンタイン伯爵家に戻るまで続けられた。




