12 食事処にて
「そうだ、ヴァレンタイン伯爵令嬢。先日お見舞いに伺った後に、私は二十年前の事件を調べてみたのですよ」
第一王子は、レモンパイを堪能後の私にそう話しかけた。私は首を傾げ、おうむ返しに『二十年前の事件……』と呟いた。
「ええ。貴女が毒に倒れた茶会についてです。犯人は、コルデリア第二王妃のメイドをしていた娘で、事件直後に同じ毒を飲み干して自殺したと……調書はそのようになっていましてね」
「……はあ」
「唯、気になる事が二つありましてね。今日はそれも確認できたらと思い王立学園まで来たのですよ。義肢装具士としても高明なヴェロニカ先生なら知っている事があるかもと思いましたのでね」
「まぁ、私に答えられる事かしら……エリック殿下が気になる事とは何ですの?」
「自殺したメイドは貴族年鑑に名がなかった方というのが一つ目に気になる事です」
ヴェロニカ先生は『まぁ』と口元に手をやり、ナタリーは一瞬だけ王子の顔色を伺う様な目を見せたが、直ぐに目を伏せた。そして、エリック王子は私の反応を確かめるようにこちらを伺う。
シャロンは王族のメイドがやんごとなき身分の未婚女性である事が多いという慣習自体を知らない故に無反応なのだが、その美貌がそこはかとなく理知的に見せてしまうのだから不思議なものである。膝の上にいるヤマダサンが耳を動かした後欠伸をした。
「二つ目に気になる事の前に……マットという男の義足を世話した事を覚えていますか? 確か右足だったと思います」
「ええ、覚えてますわよ。私が関わっていた技師装具型魔道具開発被験者の一人でしたわ。二十年近く前の事になります。彼は右足だけでなく、両足共義足でしたわ」
「そうでしたか。その魔道具開発の被験者はどの様に選定されたのですか?」
「私のような開発担当者達で四肢欠損情報から候補を複数人選び、その中から人物的に問題ない被験者を上の人間が選んでいましたわ。」
「問題ない被験者とは……具体的には?」
「犯罪歴がないか、魔道具を継続利用できるか、といった所かしら……」
「ヴェロニカ先生には最終決定権はなかったのですね」
「そうですわね……最終決定権というものは持っておりませんでした。殿下、そろそろ二つ目の気になる事とやらを教えて下さいませ」
「そうですね。自殺したメイドには足の不自由な兄がいました。それが件のマットです」
ヴェロニカ先生は一瞬凄みのある目を見せた後、目元を厳つい指で上品に摘んでから溜息を吐いた。それを見てエリック王子は『何か引っかかっていましたか?』と柔和な笑顔をたたえたままヴェロニカ先生に問いかける。
「そうですわね……違和感はありましたわ。被験者は彼以外、貴族年鑑に名のある方々でしたから。だから記憶に残っているとも言える訳ですが……エリック殿下は、妹が兄のためにシャロンちゃんに毒を盛って自殺したと思っていらっしゃるのですか?」
「それはまだ分かりません。先生は被験者を最終的に決定できる御仁をご存知ですか?」
「殿下、あれは国家事業でした。最終決定と申されますと、 先代の国王陛下になってしまいますわ」
ヴェロニカ先生は困り顔を隠そうとせず、しなを作った。
エリック王子はそれを伺う様に見つめると、『先生を困らせるつもりは無いのです』と微笑んだ。
「当時の議事録など残っているのでしょうか?」
「……どうでしょう。王城の図書館に残っているかも知れませんわ。私の手元にあるのは、纏める前の技術的な資料くらいで……」
「ヴェロニカ先生、今日は世間話にお付き合いいただきありがとうございました」
[きな臭い話だナ。にャ〜]
例によってヤマダサンが私にだけ聞こえる音量で話しかけた後、猫真似をしたのだった。
帰りの馬車では、エリック王子と護衛騎士、ヤマダサンを抱いた私とナタリーが向かい合わせに座った。
「これからマットという男に話を聞きに行こうと思います。その後、伯爵家までお送りしましょう」
「あの……ご一緒にその方との話を聞いても良いですか?私も何か思い出せるかも知れないですし……」
ナタリーが止めに入らないよう、記憶を取り戻せるかも……と私は敢えてチラつかせてみた。すると、ナタリーが恭しく発言する許しを求めた。
「エリック殿下。シャロン様は私が護りますので、同行のご許可をくださいませ」
うーん……ナタリーは猪突猛進なのね。釣れた。
頼むぅ、ガリ王子ぃぃ。一緒に連れて行ってー。
「貴女は……随分思い切りの良いご令嬢なのですね。良いでしょう」
「ありがとうございます!」
私はヤマダサンを抱え直すと微笑んだ。猫好きのマッチョ王子には効果覿面ヤマダサンだが、ガリ王子はさらりと流した。
辿り着いたマットの住処は、王都郊外の食事処だった。
王子と護衛騎士の身なりが良すぎて浮いている事を指摘した上で、ナタリーが顔繋ぎ役を買って出た。そして、ナタリーがシャロンを伴い店の中へ入る。
「いらっしゃい」
厨房の奥から痩せた男が顔を出すと、私たち二人に声をかける。
ヤマダサンは……帰路の馬車に乗ってから私の腕の中で寝ている。
「こんにちは。実はちょっと身分の高い方が此方に入りたいと仰っていてね。早めに店仕舞してもらう事できるかしら?」
ナタリーが早速マットと思しき男に声をかける。男はやや鼻白むと『身分の高い方って?』と、質問を返す。
「ヴェロニカ先生……パトリック・オーウェン子爵の友人です。」
ナタリーがそう言いながら、たおやかな微笑みを見せるとマットはあっさり了承してくれた。客が疎らであった事もあるかもしれない。
パトリックって言うのね……ムキムキ姐さん。
ナタリーからの合図を受けた王子と護衛騎士が入ってくると、明らかに身分の高い二人の佇まいにマットは顔を引き攣らせた。王子がゆっくりとマットに椅子をすすめるとマットは少し落ち着いたらしく、口火を切った。
「あの……何の御用で?」
「妹さんの死の真相を追う者ですよ」
「私は何も知らない……です」
眉根を寄せたマットに対し、エリック王子はどこまでも悠然としていて、それがマットにはいい方に働いているようだ。口が重そうな男ながら、王子の質問に淡々と答えていく。
「あなたがお使いの義足は、どなたが工面してくれたのでしょうか?」
「国からの頂き物……です。実験に協力したら無償でくれると言う話で……協力しました」
「その国からは、妹さんの死について何と聞きました?」
「……或る身分の高い方の命を狙い、失敗して自殺したと……」
「あなたはそれを信じているのですか?」
「信じるも信じないも……質問する事など許されない身分ですから……」
「妹さんはあなたに何か残していないですか?」
「ええと、特にこれといっては……国から妹の持ち物が返されたけど……価値のあるような品ではない……です。」
「それを見せて貰えますか?」
「……あ、あぁ、はい」
マットは奥に引っ込み暫くしてからヤマダサンが五匹は入りそうな箱を手に現れた。
……妹さんの遺品か。
……ちょこっと触らせてもらえればなぁ。
こっそりヤマダサンを椅子に乗せた私は、『手伝いましょう』とマットに声をかけた。
「え、でも……そんなに入ってないんだ。大丈夫だよ」
断られてしまい、マットの様子を伺うしかなくなったので、箱の中から何が出てくるかナタリーと一緒にじっと見つめる。その間にマットは箱から、一張羅と思しきワンピースと、髪飾りを取り出し、テーブルの上に広げて見せた。
王子はワンピースのポケットの中に何も入っていないことを確認し、髪飾りを手に取り掌の上で弄んだ。不審な所は見当たらないようだ。とりあえず触れればと覗き込みながら私は徐々に距離を狭めることにした。
「シャロン様、見覚えがあるのですか?」
ナタリーが顔を輝かせて此方を向く。その様子を見たエリック王子が、手に持った髪飾りを私に『どうです?』と言いながら手渡した。
その時、手にした髪飾りが歪み、また何処かへと放り出される感覚を味わった。
此処は……先程入った食事処の前か。
「すまない。苦労をかける」
壮年の男の目に映る娘が“私”だ。男の隣には心配そうな顔をしている女、女の隣には両手に杖を握る青年がいた。
「行ってきます。父さん、母さん、お兄ちゃん」
“私”は母から貰った一張羅を着込み、城へ行く。少しでもおかしくないようにと、母が仕立て直してくれたのがわかり、母の心遣いが嬉しい。家族に会えなくなる訳ではない。でも、しばらくは逢えないだろう。
心配をかけてはいけない。笑って“私”は三人に向かい大きく手を振り、踵を返して早足で乗合馬車を捕まえに歩を進めた。荷物らしい荷物もない。身軽なのだと思うと孤独感が増した。行き交う人の姿がぼやけて、両の頬を温かいものが触れた後、“私”の頬を冷ました。
早足で進む景色が揺らぎ、そして暗転した。
此処は……とても豪華で大きな部屋。高貴な身分の女性の部屋だろう。
部屋の片付けをする手が二つ。鏡の前を横切る時に見えたメイド姿の娘…… “私”なのだろう。煌びやかなドレスの数々に“私”の心は踊る。こんな世界で働けるなどと、夢のようだ。“私”は本当に運がいい。
「リサ」
そこへ“私”の主人が声をかける。
振り向けば、美しい貴婦人が佇んでいる。手入れの行き届いた金の髪、深い青色をした双眸、陶器のようにつやのある白い肌……物語に出てくるお姫様が実際にいるならこの人の事だろう。そう、この人は王太子の妃にあたる人……正真正銘のお姫様だ。
「リサ。午後に庭でお茶会があるの。準備をお願いね。この薬を一滴私のカップに入れて、席の右に薔薇を、その他の席にはそれぞれ種類の違う花を飾ってくださる?」
“私”は手渡された美しい小瓶を見て、主人を見た。
「あの……これは?」
「喉に良いという薬よ。今日は少し熱っぽくて……せっかく来てくださる方達に心配はかけたく無いから、内緒で薬を飲んでおきたいの。終わったら……そうね、今日は下がって良いわ」
主人は薔薇色の艶やかな唇を少しあげて微笑んだ。“私”は主人の美しさに見惚れ、返事が遅くなってしまう。
「あの……この薬はどちらにお返ししておきましょうか?」
「明日返してくれれば良いわ。……そうね、あなたも使ってみなさい」
「あ……ありがとうございます」
“私”は主人の優しさに心が満たされ、幸せという感覚を味わった。嬉しい。自分の運の良さに、唯々神に感謝する。
「使わせていただきます」
“私”がそう言うと、主人は青い瞳を細め、ゆっくり両の口角を持ち上げて微笑んだ。
そして、彼女の姿が揺らいだ後、暗転した。
此処は……小さな部屋。簡素で必要最低限の家具が置かれた飾り気のない部屋だ。
城務めの下働きに用意された寝るためだけの部屋だ。こんな昼日中に部屋に戻って来る下働きなどおらず、宿舎に入り誰かに会う事もなく部屋に戻ってきた。
“私”は運がいい。真面目な働きぶりを認めてもらい、下働きからメイドになり、そしてメイドの中でも格式高いとされる王家の人のお世話をする役目をもらえた。しかし、今日の“私”は思いのほか早く仕事を終えてしまい、手持ち無沙汰だ。
ポケットから美しい造形の小瓶を取り出し、洗面台の隅に置く。洗面台の上にかけられた、くすんだ鏡に映る平凡な“私”が先程まで居た夢の世界から物凄い力で現実に引き戻してくれる。それは時々“私”を落ち込ませる。こんな時間を持て余した時なんかがそうだ。
下を向けば、美しい姫さまの名残が洗面台の隅で輝いて見える。そこで“私”は姫さまの言葉を思い出す。
“あなたも使ってみなさい”
喉に良いとされる薬だと姫さまは言っていた。小瓶を開けると僅かに甘い香りがした。蜂蜜でも入っているのだろうか?
せめてお茶に入れてみよう。姫さまが飲むような高級なお茶ではなく、宿舎内にある下働き向けの賄い食堂でお茶を貰うだけ…それでも良い。“私”は食堂でお茶を一杯貰い、部屋に戻った。こんな美しい小瓶を持っている所を宿舎内で見られたら……きっと盗みを働いたのだと誤解されるからだ。そう、明日姫さまに返すまでの間だけ、美しい小瓶を見て楽しむのだ。
「コルデリア様、ありがとうございます」
お茶に一滴薬を入れて、“私”は幸せを噛み締めるようにお茶を飲み干した。
そうして、くすんだ天井を見ながら、暗転した。
気がつけば私は髪飾りを手に、マットの店に戻っていた。
「昔に似たような品を見たように思ったのですが……気のせいみたいです」
そう言い、私は髪飾りを王子に返した。
ついでにテーブルに手を置くふりをしてリサの一張羅の裾に手を触れるが、何も起こらない。
「これ……お母様のものを仕立て直したのですか?」
マットにそう言うと、マットは『ああ、昔母が着ていたから……』と一張羅を見つめてそう言った。
「妹さん、嬉しかったでしょうね」
そう言ってみたが、マットはそれ以上語ることは無かった。




